dream

□one's cup of tea
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 私は心持ちわざとらしく、大袈裟に話を続けた。
「あーあ、不安だよ。俄雨の将来と、雷光に彼女が出来た時のことを考えると」
「か…っ!」
 言葉の前半はどうやら彼の耳には届かなかったらしい。
 ガタと音をたてて身を乗り出した俄雨は、だからといってどうすることも出来ずに再び腰を下ろした。
 カップの中で揺れる紅茶を見て久しぶりにその存在を思いだし、冷めて苦みを増した薄茶色の液体に口をつける。
 彼女という単語自体に何を想像したか、又はある種の嫉妬か、何に対してかは分からないけれど綺麗に紅潮する彼をカップの向こうに見て、その表情は苦手だと思った。
 彼が見せる反応は少女が男に見せる姿そのままだけれど、なんと言うか…羨ましかった。
 彼が雷光に向けるような眼差しを私にくれるような人がいたら、どんなに幸せだろう……。
「俄雨はさ、どんな女の子が好きなの?」
「な…っ」
 俄雨は無意識にテーブルに手をつき、しかし立ち上がることは我慢した。
「心配してるんだよ。そんなだったら一生恋人出来なそうだから」
「ぼ、僕にとっての雷光さんって存在を理解してくれる人ならいいんじゃないですか…?」
 彼は半ばむきになって苦し紛れにそう言った。
 逃げともつかない屁理屈。
 本心であることは、真っ直ぐ私を見据えた彼の目が語っている。
 居るわけない、そんな、自分を一番に思ってくれない人を好きになる人間。
 そう口に出しかけて、頭では否定していることが酷く腹立たしい。
「…例えば私とか?」
 自分で言ったくせ残る後味は非常に苦いもので、私はすごく後悔をした。
 目の前で顔を赤らめている少年が、そんな含みを持たせて言うはずがないのに。
 今初めて私の気持ちを知ったって顔を隠しもしないで、私が投げ掛けてきた今までの会話はいったい何のためにあったのだろう……。
 相手が私でなく雷光だったら、彼ももっと違う展開を見せたかもしれない、いや、見せたのだろう。
「あーあ、雷光には勝てないか」
「でも」
「でも、俄雨は私と雷光なら、雷光の方が好き」
 余計な言い訳を口にしかけた彼に少し苛立って、極端な比べ方で黙らせた。
 煽るような断定した言い方も、俄雨は否定しない。
 その反応も、私は言葉を投げ掛ける前から知っていた。
 冷めた紅茶のように口に残る嫌悪感にも、慣れ始めている自分を見つけて苦い笑いが込み上げた。
 勝敗は分かりきっていたはずだ。
 雷光に心酔する彼を好きになった時すでに私の負けは決まっていて、男だとか女だとかは関係ない、あの眼差しを手に入れられないなら私は敗者だ。
「……ゴメンなさい」
「別に。ここで否定されたら幻滅するところだったし」
 俯かれても、これが私の考えなのだから仕方ない。
 例え優しい嘘だとしても、偽りを言えてしまう程度の感情を私は信じない。
 そんな簡単でつまらない想いなら、無い方がマシだ。
「はっきり言ってくれて良かった」
 ただ、諦める気も無い。
いつか私が彼の唯一になれる日まで――
「良いよ。雷光に命懸ける俄雨に、私が命かけてあげる」
 私が報われる日が、例え来ないかもしれなくても。
 これが私の選んだ在り方だ。




fin





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