「そこでですね、雷光さんは敵に向かって――」
「うん」
興奮気味に仕種を交えて語る俄雨に、私は生返事を返すことしか出来ずにいる。
テーブルを挟んだ向こう側の熱は渡りきる前に冷めて沈んで、こちらには届かない。
冷ましている原因は私にあるに違いはなく、でも彼を見ているふりをしながら一度も目を合わせていないことに気付かない俄雨も不思議。
退屈なわけじゃないんだよなんて、俄雨の声を聞きながらも私が会話するのは彼を越した向こうに見える白い壁。
その間で楽しそうに揺れる髪と大きく開かれた漆黒の目の輝きは、私が自分勝手に妨げられるようなものでもなかったけれど、私は自分の意思でわざと彼にエピソードの全部を話させた。
ただ、
「私もいたよ?その場に」
の一言を言いたかったがために。
『one's cup of tea』
「……え?」
「だからさ、居たんだって、私もその場に」
だから、今聞いた話の全部を私は知っていた。
それはもう事細かに、全部。
熱せられた空気、興奮が一気に冷めるのが手に取るように分かった。
私はこの瞬間がとても好きだ。
違う誰かと幸せな時間を過ごしていた人間を私の元に引きずり戻す、そんな感じが、とても心地良い。
「今の話で一番分かったことは雷光の素晴らしさじゃなくて、俄雨の目に私は映らないってことだね」
既知だと思いながら、どこか批難めいた口調になるのは止められない。
怒っているわけではなくて、私はただ悪戯がしたいだけ。
全部話を聞き終わってから言うことでもないけどねと付け加えて笑うと、彼は少し焦ったように口を開き、そのまま押し黙って何も言わなくなる。
抱えたファイルを悲鳴が聞こえてきそうなほど歪ませる様子を目にして、悪戯を成功させた子供のように私の胸の内に喜びが沸き上がった。
反面、否定しようにも否定しきれない気持ちを握った手の平に留めている自分…。
分かっている。
彼の世界は雷光でできていて、私じゃない。
今までも、そしてこれからも恐らく変わることはない。
ただ不思議なことに、抱く感情は嫉妬や彼に対する嫌悪よりも、いつも心配の方が強い。
不満は、こういうちょっとした意地悪で満足に変えている分で、表に出さなくてすむ程度には何とかなっているみたいだ。
それはそれで……虚しいけれど。