カーテン越しに、太陽がじわりじわりと私の背中を焼き付けていた。
何もかもが白い病室。
差し込む光りまでもが、清潔過ぎて無機質なその色を強調し、
目を閉じた俄雨の寝顔だけが、ここでは唯一とも呼べる色彩だった。
彼の頬に唇を寄せても、昔とは違い、その肌に赤が移って滲むことはなかったが、
表情という変化を失っているとしても、私の唇には確かに彼の熱が残る。
そのことを私はきちんと理解していたから、俄雨をこんな姿にした張本人である雷光が、居場所なさそうに怖ず怖ずと病室に入って来た時も、
私から穏やかな微笑みを向けてやることくらい、何の苦にもならなかった。
『呪文』
何も言わずに俄雨の傍らに立った雷光は、その顔を覗き込んだだけで触れようとしなかったから、
私が代わりに、雷光の右手と、俄雨の左手を掴んでやった。
細いけれど凛とした俄雨の脈と、安定したようで迷いの消えない雷光の脈が、私の体内で絡まり合う。
俄雨に直接触れたがらない雷光も、落ち着いて目を伏せて、
私を介して俄雨を感じるのなら不安はないみたいだった。
一命を取り留めた俄雨だけど、もしもこのまま目を覚まさずに死を迎えることになったら、罪を問われるのは雷光なのだろうか。
自分の恋人、人に殺されるくらいなら、いっそこの手でと思ったこともある。
弱々しくも絶えず繰り返される呼吸。
唇を私のそれで塞ぎ、生まれた時から始まったカウントダウンの続きを、横取りしてしまうような。
そんな、私にしか出来ない、世界で一番綺麗な人殺しなら、罪を問われても本望だ。
そうしたら私は、分刀に処分されるのかなと、以前一度だけ雷光に話したことがあるが、
“それが、お前と俄雨の幸せを奪った私への復讐となるのかい?”
と、雷光が真顔で返して来たものだから、私は実行する気を失った。
俄雨を無くしかけているのは雷光だって同じはずなのに、怒りの矛先を自分以外のどこにもあてられない彼を、
少しだけかわいそうだと思った。
だって本当は、彼は復讐されるどころか、感謝されてしかるべき存在だというのに、
本人がそれに気付けずに、もがき苦しんでいるだなんて。
だってそうだ、雷光の過去を他言して、約束をやぶったはずの俄雨を殺さないでいてくれたのは、他の誰でもない、雷光なのだから。
俄雨を生かしてくれたこと、本当は、誰よりも感謝している。
でも私は、雷光を楽にしてあげられる“ありがとう”の呪文を手に握りしめたまま、放そうとは僅かにも思わなかった。
罪を感じるべきなのは、本当は、約束をやぶった俄雨と、雷光を縛り付けたままにしている私だけで、雷光じゃない。
私が雷光を解放してあげないから、彼は今も、私の手を取るたびに、
傷付けた俄雨ではない、今を苦しむ私の為に、消え入りそうな笑顔を見せる。
それは過去を後悔する罪人の顔だ。
でももしも、私が呪文を唱えて、雷光の罪が消えてしまったら。
私の罪も消えて、ただ俄雨が自業自得の傷を負っただけになってしまうわけで、それだけはあってはならない。
私は俄雨が好きで、でも、俄雨の好きな雷光も好き。
私は復讐をしたいんじゃなくて、三人同じで居たいから、雷光を楽にしてあげない。
ほら、雷光の手を握ったまま、脈打つ度に握り潰しかけてしまう呪文と、
その罪悪感に埋もれる私
目を覚ませない俄雨
俄雨を傷付けたことに苦しむ雷光
これで皆、お揃い。
大好きだから、公平に居たい。
約束。
俄雨の目が覚めたら、私は唱えるよ。
そしたら、
笑い方を思い出した俄雨
それを見て微笑む雷光と
そして私。
やっぱりお揃い。
この真っ白な世界、吹き抜ける風が、背に負った太陽の熱をさらってくれるのを待ちながら、再び笑い合える日を夢見続ける。
邪魔するものなど何も無い。
各々が各々を咎めつつ
もうしばらくはこうして
三人仲良く手を繋いだまま。
fin.