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□呪文
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 カーテン越しに、太陽がじわりじわりと私の背中を焼き付けていた。


 何もかもが白い病室。

 差し込む光りまでもが、清潔過ぎて無機質なその色を強調し、

目を閉じた俄雨の寝顔だけが、ここでは唯一とも呼べる色彩だった。


 彼の頬に唇を寄せても、昔とは違い、その肌に赤が移って滲むことはなかったが、

表情という変化を失っているとしても、私の唇には確かに彼の熱が残る。



 そのことを私はきちんと理解していたから、俄雨をこんな姿にした張本人である雷光が、居場所なさそうに怖ず怖ずと病室に入って来た時も、

私から穏やかな微笑みを向けてやることくらい、何の苦にもならなかった。







『呪文』








 何も言わずに俄雨の傍らに立った雷光は、その顔を覗き込んだだけで触れようとしなかったから、


私が代わりに、雷光の右手と、俄雨の左手を掴んでやった。



 細いけれど凛とした俄雨の脈と、安定したようで迷いの消えない雷光の脈が、私の体内で絡まり合う。



 俄雨に直接触れたがらない雷光も、落ち着いて目を伏せて、

私を介して俄雨を感じるのなら不安はないみたいだった。






 一命を取り留めた俄雨だけど、もしもこのまま目を覚まさずに死を迎えることになったら、罪を問われるのは雷光なのだろうか。



 自分の恋人、人に殺されるくらいなら、いっそこの手でと思ったこともある。



 弱々しくも絶えず繰り返される呼吸。



 唇を私のそれで塞ぎ、生まれた時から始まったカウントダウンの続きを、横取りしてしまうような。


 そんな、私にしか出来ない、世界で一番綺麗な人殺しなら、罪を問われても本望だ。






 そうしたら私は、分刀に処分されるのかなと、以前一度だけ雷光に話したことがあるが、



“それが、お前と俄雨の幸せを奪った私への復讐となるのかい?”



と、雷光が真顔で返して来たものだから、私は実行する気を失った。


 俄雨を無くしかけているのは雷光だって同じはずなのに、怒りの矛先を自分以外のどこにもあてられない彼を、


少しだけかわいそうだと思った。




 だって本当は、彼は復讐されるどころか、感謝されてしかるべき存在だというのに、

本人がそれに気付けずに、もがき苦しんでいるだなんて。



 だってそうだ、雷光の過去を他言して、約束をやぶったはずの俄雨を殺さないでいてくれたのは、他の誰でもない、雷光なのだから。



 俄雨を生かしてくれたこと、本当は、誰よりも感謝している。



 でも私は、雷光を楽にしてあげられる“ありがとう”の呪文を手に握りしめたまま、放そうとは僅かにも思わなかった。



 罪を感じるべきなのは、本当は、約束をやぶった俄雨と、雷光を縛り付けたままにしている私だけで、雷光じゃない。



 私が雷光を解放してあげないから、彼は今も、私の手を取るたびに、


傷付けた俄雨ではない、今を苦しむ私の為に、消え入りそうな笑顔を見せる。



 それは過去を後悔する罪人の顔だ。





 でももしも、私が呪文を唱えて、雷光の罪が消えてしまったら。


 私の罪も消えて、ただ俄雨が自業自得の傷を負っただけになってしまうわけで、それだけはあってはならない。




 私は俄雨が好きで、でも、俄雨の好きな雷光も好き。



 私は復讐をしたいんじゃなくて、三人同じで居たいから、雷光を楽にしてあげない。


 ほら、雷光の手を握ったまま、脈打つ度に握り潰しかけてしまう呪文と、



その罪悪感に埋もれる私


目を覚ませない俄雨


俄雨を傷付けたことに苦しむ雷光




これで皆、お揃い。




 大好きだから、公平に居たい。



 約束。


 俄雨の目が覚めたら、私は唱えるよ。




 そしたら、





笑い方を思い出した俄雨


それを見て微笑む雷光と


そして私。




 やっぱりお揃い。



 この真っ白な世界、吹き抜ける風が、背に負った太陽の熱をさらってくれるのを待ちながら、再び笑い合える日を夢見続ける。




 邪魔するものなど何も無い。


 
 各々が各々を咎めつつ


 もうしばらくはこうして


 
 
 三人仲良く手を繋いだまま。




fin.

 

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