-庭球-under story@

□我、君想ふ
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色恋舞う風身に纏い


徒然なる時…


街眺める時も





我、君想ふ





「あっぢぃー…」

強い日差しがテニスコートに降り注ぐ。
一歩外へ出れば、気怠い空気が体に纏わり付き、中々離れずにいるこの季節。
出るだけで暑いのだから、今、桜の前で汗を浮かべている部員達の暑さなど、全く動いていない桜には想像が付かない事だろう。
扇子片手にベンチに座り、日焼け防止の為なのか、深く帽子を被りながら、部員達を観察する。

「ったく…何でこんなに暑いのよ…。梅雨は何処に行ったのよ、梅雨は」

本来ならば、暑い日ではなく、雨でじめじめしている季節のはず…。にも関わらず、雨を感じさせない程の真っ青な空。
桜は空を仰ぎ見ながら、扇子で風を送り続ける。
テニスコートに響く声援。それをエールと軽く受け取る部員達。
煩くて、桜は怪訝な表情をしながら、世話しなく右手を動かす。

(なぁーんかつまらない)

特にいいことなんかない。
今日は桜にとって特別な日。それなのに、「おめでとう」と言ってくれたのは、同じクラスの友達だけ。
別に、自分の誕生日を言い触らしてまで言われたいとは思わない。
でも、言ってもらいたい人は曖昧で、誕生日を知っているのか解らない。
繋ぎ留めて置かないと、すぐ自分の元を離れて言ってしまいそうな人。
そんな人が、知っているとは桜は思わなかった。
でも、一言言ってほしい。
その一言で、桜の幸せが満たされる。
その一言でどれほど嬉しいか…。

(ったく…親衛隊の声援に笑顔で答えちゃって…。くそッ…格好良いからムカつく…)

さりげなく浮かべる笑みも格好良くて…。

いつも浮かべている笑みも格好良くて…。

試合の時に見せる不適な笑みも素敵で…。

見せる笑顔すべてが素敵で格好良くて…。

桜は堕ちていく。

でも、他の子に見せている笑顔は嫌いで…。
生まれる物は独占欲。
目の前に居る人は、例えるなら風。
身軽で、何処にでも行ける。行ってしまう人。
掴み所が全くない人。
掴んでも、繋ぎ留めていなければ、すぐ離れて行ってしまうな人。
そんな人を捕まえるなんて、至難の業。
桜は目の前に居る人に視線を送りながら、幸せを一つ吐き出した。

「はぁ…。忍足の馬鹿野郎」

桜はそう呟くと、何かを諦めた様に、瞳を揺すり、ベンチから立ち上がった。
そして、そのまま、足を部室へと運んだ。


* * *


「あれ…?桜何処行ったん?」

ふと視線を向けた先には、いるはずの子がいない。
先程までは確かにいたのに…。帽子を深く被っていた故、桜が忍足と視線合う事なく、だけど忍足も桜を見ていた。
乱打を終えた二人は、ネット際に立ち、滴る汗を拭き取る。
相方の岳人に問い掛ける。

「さぁ?暑ぃから部室に行ったんじゃねぇの?日焼けしたくなさそうだったし」

「それもそうやな…」

桜を瞳に写せないのは何だか寂しい。
帽子を被りながら扇子で仰いでいる桜は何だか可愛くて…。見ていて飽きない。
物悲しさが心に留まる。
忍足は、名残惜しそうに桜が座っていたベンチに視線を向けている。
そんな相方を見ていて、岳人は小さく溜め息をつく。見るに見兼ねたのか、岳人は重々しく口を開いた。

「なぁ侑士…、さっさと告っちまえばいいじゃん」

「………」

「侑士なら告る位簡単だろ…?」

「…そうでもないんよ」

切なそうな表情を浮かべながら、忍足は岳人に視線を戻した。
告白なんて、忍足に取ったら単純な行為かも知れない。
それでも、一歩踏み出せない自分がいるのは、深く好きになり過ぎて…。
今まで、こんなに好きな子に巡り会った事などない。
壊れそうで触れるのも恐いなんて初めてで…。
どうしていいか解らない。
自分の気持ちの扱い方が全く解らない。
どう扱えば良いのか…。
どう接すれば良いのか…。
戸惑うばかりで…。
告白したら、桜を壊してしまいそうな気がして…。
憶測でしかないこの気持ち、どう計ればいいのか…。

(壊したくあらへん。触れるのが怖い…)

ガラス細工を扱うように、大切に、大切に扱わないといけない気がして…。
触れたいのに…。
あの細い体を抱きしめたいのに、恐くて出来ない。

(こないな事を恋に臆病なんて言うんやろか…)

臆病の他に何があると言うのか…。

触れたい。
触りたい。
抱きしめたい。

願っても、実行に移される事はなかった。
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