-庭球-under story@

□想い、擦れ違って…。
1ページ/7ページ


出会えた事すら奇跡なのに…。





想い、擦れ違って…。





席替え。

それは、気になる人の隣に、近くに座れるかなと、乙女達がざわめき出す一大行事。
がっかりする者。小さくガッツポーズをする者様々で。好きな人の隣になったら、次の席替えなんて無くなればいいと思うのが普通。
しかし、此処に約一名、緊張で何も考えられない女子がいる。
その女子は、全クラスの女子が狙っていた特等席をあっさりと勝ち取り、クラスの女子から妬みや羨望の目を向けられる事となってしまった。
しかし当の本人は、そんな事気にしていられる余裕なんてない。周りの目に気付いている余裕なんてない。
自分の身に降りかかったこの状況を、どう潜り抜けて行けば良いのかと、思考をぐるぐる張り巡らしている。それでも、困惑していて思うように思考が働かない。

(この席じゃ、あたしの心臓持たないよぉー…)

席替えをしたのはいい。
けれど、隣にきた男子が間違いだった。いや、間違いではないのだけど、彼女が思い描いていたのとは全く違っていたのだ。
このクラスの席順はくじ引きで決まる。だから、くじ運が悪い桜は、『遠くで見詰めて居られればいい』なんてと欲をかく事なく、気楽に考えていた。


しかしまさかこんな結果になろうとは…。


未だに心臓バクバクで、顔を上げられない桜。
隣には、あの帝王様俺様の跡部景吾がいる。
すぐ隣にいる状況で、落ち着けと言う方が無理だ。
だって相手はあの名高い跡部景吾様。誰もが恋い焦がれ、誰もが憧れる。しかも、跡部は桜の想い人。
キャーキャーと騒ぎ立てるファンとは違い、桜は純粋に跡部に恋心を抱いている。格好良い止まりなら、友達と騒ぎ放題。しかし、本気で恋をしていると、騒いでいる自分が恥ずかしくなり、公の場で騒げなくなる。だから、席が隣同士になった事だって、友人には悶えながら話すしかない。
格好良くて頭も良くて、運動も出来るし、家はお金持ちと来た。けど、跡部はそれだけじゃない。誰よりも優しい人だと、桜は思っている。

(跡部君…覚えてないだろうけどなぁ…)

チラリと跡部を視界の端に写す。
一度だけ。前に一度だけ、跡部と会話をした事がある。
桜が彼氏に振られて落ち込んで、一人放課後の教室で泣きそうになって、泣き顔を見られたくなくて顔を隠していた。
三年も付き合っていた彼氏に、あっさり浮気されて、あっさり捨てられてしまったのだ。
最低の別れ方。そして最低だった元カレ。でも、そんなすぐに忘れられる訳なくて、机に突っ伏していた桜に、たまたま通り掛かった跡部が話し掛けた。

「神崎?」

聞こえた声に驚き、桜は勢い良く頭を上げた。そして、呼び掛けた跡部に視線を向けた。

「跡部君…」

跡部に呼ばれた事を驚きながらも、桜は冷静に接する。
それまで、お互いに話すような仲ではなかった。寧ろ、同じクラスなのに、一回も口を利いた事がなかった二人。
ただ単に、桜が跡部を少しだけ、ほんの少し怖がっていただけ。
あまり目立つ方ではない桜からしてみたら、有名人の跡部は雲の上の人に等しい存在だった。だから自ら話し掛けにはいかないし、向こうからも話し掛けてくる事なんてなかった。
今回、話し掛けて来た事が不思議な位だ。

「まだ帰らねぇのか?」

「うん…ちょっとね」

全く意識していなかった時だから、普通に話せる。
少し、傷付いた様な桜の無理な笑顔に、跡部はちょっとねの意味を理解した。
特に何ともないんだけど、悲しい事があったから考えているだけ。跡部にはそう伝わった。
だから自ずと、傷付けない言葉を掛けなくてはいけないと悟った。

「まぁ…なんだ…。何があったかはしらねぇが、元気出せよ」

「え…?」

跡部の突然の励ましの言葉に、桜は目を丸くして驚いた。
まさかそんな事を言われると思わなかった桜は、一瞬、何を言われているのか理解できなかった。
こんな事を言う人だったか?と、過去の跡部を思い返すが、あまり話をした事がないから、普段からこんな事を言っているのかさえ解らない。
けど、女子に人気があるのは、こういうのがあるからだろうか?と考えたら、言っているのかも知れないという結論が出て来た。
今まで、怖い人だと思っていたから、負のイメージが払拭された。

「じゃぁな。俺部活行くからよ」

桜の驚いた顔を見て、跡部は慌てて視線を逸らして、その場から立ち去ってしまった。
はっとした桜も、慌てて立ち上がり、お礼を口にする。

「ありがとぉ!」

聞こえているか解らないけれど、元気付けてくれようとしていた事が嬉しかったから。だからお礼はしっかり言っておかないと。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ