Tales of Rebell
□〜歯車〜
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〜歯車〜
―…地上は死に瀕していた
外殻に空の全てを覆い尽され、残った大地は雪と氷に閉ざされた死の世界
…だが、地上では人々が細々と生き延び続けている
いや…生かされていると言うべきか
天上人が作った『ドーム』と呼ばれる、半球を型どった囲いの中での苦しい生活
大きな街をまるまる2つは飲み込めそうな広さを持ち、内部には地上では見れなくなった緑をも有する
その中では雪も
凍えるような寒さも感じない
この地上で生活するための唯一の場所
何故そんなものがあるのかというと、理由は簡単だ
独裁者・支配者というものは、とにかく自分よりも身分の低い者を欲しがる
つまりは生かさず殺さず…『飼い殺し』・『生殺し』
…というやつだ
必要があれば天上人は地上のドームへと降りてきて、屋敷や工場で働かせるため
または自らの奴隷を得るために
地上の民では持ち得ない力を行使し、無理矢理に地上の人々を連れ帰っていた
そしてそのドームの上空だけは外殻に穴が空けられており、僅かな太陽の光と限られた青い空を何とか拝む事が出来た
地上の民が得られるささやかな世界
―…この物語は、その世界で一人の青年と少年が出会う事から動き出す
◆◇◆◇◆
………
――…カサカサッ
「ぁ……あぁ〜っ!?こらポテ!せっかく収穫した野菜をかじっちゃダメだって!」
気の抜けたような柔らかな声が、ドーム内の暖かい空気を優しく震わせてゆく。
「お前のはこっち。ちゃんと用意してやっただろ?」
一番日光の当たる箇所に作られている簡素な畑の中を、ふわふわと長い金髪を揺らした青年が走り回っており、その足元には人参をくわえた真っ白な兎が大きな紅い瞳を不思議そうに丸め首を傾げるように青年へ振り向く。
「…しょーがないなぁ。リリスには内緒だぞ?」
透き通るような青い瞳を優しく細め、困ったように眉を寄せながらも楽しそうに笑い声を上げた青年は、『内緒だ』と唇に指を当てた。
そして、ふ…と外殻に覆われた空を見上げる。
「うーん…」
あの外殻の上には、どんな世界があるんだろう。
さぞかし大きな野菜が育つんだろうなー。
…などと考える辺り、この青年の脳天気―…いやいや、純粋さが伺える。
「天上人…か」
小さな頃から、天上人に連れて行かれる人々をたくさん見てきた。
目の前で血を流された事もあった。
「でも…何だか…」
全部が全部、悪い人じゃないと思うんだ
そう言っては、妹のリリスにいつも怒鳴り返されてしまう。
『お兄ちゃんはお人好しな上に、警戒心ってものが無さすぎるの!』
…そう言われてしまっては、言い返す言葉もない。
「でもさ」
機会があれば
いい天上人と出会う事があれば
「あの空に近い世界を旅してみたいなー」
畑仕事に使う鍬を地面に立て、その柄に顎を乗せたままぼんやりと上を見ていた青年は、それはそれは楽しそうに微笑んだ。
―…のだが
「―…お兄ちゃんっ!!」
「うわぁっ!?」
背後から猛烈な勢いで届いた怒鳴り声に、青年―…
名をスタン・エルロンは、ビックリした拍子に顎をしこたま鍬の柄に打ち付けてしまい、涙目になってその場にしゃがみ込んだ。
「もー!お昼なのに戻って来ないと思ったら、またぼーっとして!…心配したんだからね!」
「いててて…。ご…ごめんよ、リリス…」
おそらくお昼の準備をしていたのであろう。
エプロン姿に銀のお玉を手にしたリリスは腕を組むと、怒ってますオーラを撒き散らしながら座り込むスタンへ大きなため息を吐く。
「…またポテちゃんにお野菜あげちゃって。お兄ちゃんてば、兎相手にもお人好しよね」
「…ごめん」
「いいの、もう。そんなに落ち込まれたら、なんだか怒る気失せちゃった」
ペシ
とスタンの頭を軽くお玉で叩くと、ポテを抱き上げてリリスは踵を返す。
「早くお野菜持って帰ってご飯にしよ?せっかく作ったの冷めちゃうよ」
「…はいはい。ごめんね?いつも―…」
気の強い妹は、とてもしっかりした子に育ってくれて。
怒られた事に困ったように笑いながら、スタンが野菜の入った籠に手をかけた瞬間―…
「きゃああぁぁあぁあぁぁっ!!」
絹を裂いたような悲鳴が、和やかな雰囲気のドーム内に響き渡ったのだった。