Tales of Rebell

□〜歯車〜
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「―…今のは!?」

突然の悲鳴に慌ててスタンが顔を上げると、リリスも同じようにこちらを見ていて…
僅かに青ざめた脅えた表情のまま、強く胸元のポテを抱き締めている

「…まさか…っ!」

「天上人だ!天上人が現れたぞ!」

「何だって!?」

叫びながら転がるように現れた男は、このドーム内の住人だった
おそらく伝達係として、そこら中を走り回っているのだろう

「早くリリスちゃんと家に戻るんだ!すでに何人かが切りつけられた!外にいては危険だ!」

「そんな…っ!」

また…天上人による犠牲者が増えてしまうのか
また、地上の仲間達の血を見なければならないのか…

このドーム内にいる人間の全部が全部、スタンのように穏やかな性格をしているわけではなかった
血の気が多い
とでも言えばいいのか…

とにかく天上人を殴るなり殺すなりして、日頃からの恨みつらみを晴らそうとする奴らもいるのだ
おそらく―…現れた天上人にそれを実行して、返り打ちにされてしまったのだろう

「お兄ちゃん…」

「リリス―…先に家に戻るんだ。それで絶対に姿を見せるな!窓から顔を出してもダメだからな!?」

「ちょっと―…お兄ちゃん!?待って!」

「スタン君!?」

リリスを―…ドーム内の仲間を守らなくてはいけない
スタンはそう考えると、リリスの制止の声を振りきって一気に駆け出していく

畑の畝を飛び込え
土や石の剥き出しになった舗装の悪い地面をひたすら駆けて
バランスを崩して倒れても、土を拭うのもそこそこに立ち上がり再度足を動かす
天上人から逃げるためであろう人々の群れをすり抜けながら、スタンは一人走った

自らの荒い呼吸
地上の仲間の悲鳴や怒声に、泣き声
そして激しく鼓動する心臓

それらの音や声がスタンの耳を支配する

前へ
…先へ

―…少しでも速く!

そして―…ふと

『誰か…気付いて下さい』

耳に入ってきた不思議な声に、スタンは砂煙を上げてブレーキをかけながら足を止めた

『どなたか僕の声に応えて下さい。お願いします』

「……誰?」

何かの壁越しに言われているような、少し聞き取り辛い小さな小さな声
だがそれは明確な意思を持ち、誰ともわからぬ相手に訴え続けているのだ

『お願いします。僕の声が聞こえる方がいたら…!』

「だから…誰?」

辺りをキョロキョロと見渡し、スタンは必死に声の主を探す

もしかしたら、この騒ぎのせいで怪我をして動けなくなった人がいるのかもしれない
何か切迫した状況であったなら大変な事になってしまう

「もしもーし?誰かいるんですか?」

家の陰
木の根元
茂みの中
果てには簡素な水路の中まで

…探してみたが、一向に声の主は見つけられない

その時―…

『お願いします…っ!どうかこちらへ…!僕は天上の御方の側にいます…!』

「なっ…何だってんだよ、もー!」

他の逃げ惑う人々にこの声は届いていないのか、足を止めるものは誰もいない
それがさらにスタンの好奇心と興味を強く煽った

「…とにかく行ってみるしかないか」

この声の持ち主は、どうやら現れた天上人のすぐ側にいるみたいだから
誰が助けを求めているのならば、自分が何とかするしかない

天上人にも
地上の仲間達にも
これ以上の無駄な血を流して欲しくなどないから

「…天上人…か。くそっ…!」

フッと素早く息を吸うと、スタンは強く地を蹴った

翻る金の髪
青い瞳は力強く、そして澄んだ色のまま真っ直ぐ前を見据えて

俺が行ったところで何が出来るってわけじゃないかもしれない
だけど…

だけど少しでも…

「っ…俺の力が役に立つのなら―…」

どうか皆、無事でいてくれ―…!



そして

その思いを胸に、再び走り出したスタンは出会ってしまう

騒ぎの中心であろう天上人の少年と

不思議な声の持ち主に


錆ついて動けずにいた歯車が

新たな力を得て力強く廻り出した

運命の瞬間だった―…
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