Tales of Rebell

□〜歯車〜
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◆◇◆◇◆

駆けて走って
やっと辿り着いた騒ぎの現場には

痛みにうめく人々の声と
…濃い血の匂いが漂っていた

「―…酷い…」

走った際に流れ出た汗もそのままに、スタンは凄惨なその様子に苦しそうに表情を歪め、辺りを見回していく

和やかなはずのドーム内の空気には似つかわしくない鉄の臭い
ささやかな緑に覆われていたはずの地面は、無惨にも踏み荒らされて中の土を剥き出していた…

倒れる人々の傍らには、鎌や鍬といった地上の民に与えられた僅かな刃物が散らばっている
幸い死者はいないようだが…地面には何人もの人々が、血を流しながら無惨に打ち捨てられ、苦しんでいる

そして

その血で塗られた大地の中心には、一人の少年が佇んでいた

「―……彼が?」

天上人…なのだろう

新月の夜を思わせる、全ての光を拒否するような黒髪
その隙間から見えるのは、もの憂げな深い紫の瞳

「おい、貴様」

「……!」

ふ―…とその瞳がこちらへと向けられる
そして反論を許さない、威圧的な言葉がスタンの鼓膜を震わせた

「…貴様は、僕に何を求める?」

「―…何を…?」

尋ねられた言葉の意味がわからず、スタンが返答に窮すると
フワリ…と少年のマントが宙を漂い、銀に輝く不思議な形をした剣の切っ先がスタンの喉元の延長線で据えられた

「貴様はこいつらと同じように僕の命を求めるのか?それとも―…」

僕ノ声ニ応エテクレルノカ?

声にはならなかったが、確かに少年の口はそう言っていた

そして―…スタンは思い出す
ここに来る最中に聞こえた不思議な声の存在を

「じゃああれは…あの声は、キミが呼んでいたものなのか―…っ!?」

―…刹那!


ギィン!

淀んでいた空気が殺気によって急激に動き、真っ直ぐにスタンの喉元へと銀色の軌跡を描いて、少年の剣が突き出されたのだ

「―…くっ!」

とっさにスタンは落ちていた鍬を掴み上げるとその柄を、向かってくる銀の刃へと思い切り叩き付けた

だが…
所詮粗末な木製の柄

金属の相手にはならず、アッサリと砕けて木片を撒き散らし地面へと落ちた

…それでも僅かには刃の軌道を反らす事は出来たようで

「…ふん。悪くないな」

「―……あっ…危なかっ…た…」

…スタンの首筋スレスレ
実質、薄皮一枚程度の距離を銀の刃は空気のみを切り裂きながら通り過ぎていった

感じた風圧
鋭く空気が裂かれる音
そして…少年が小さく笑う気配

「無鉄砲ともいうが―…天上人が現れた現場に来る度胸。そして偶然にせよ、僕の刃をかわした事。…悪くはない」

「なっ…何が…?」

初めて感じた体が震えるほどの殺気
そして自分は死への一線を越えかけていたのだと認識したところで、スタンの体はズルズルと地面へ崩れ落ちていく
いわゆる『腰が抜けた』という状態だ

「貴様、名は何という」

「…スタン。スタン・エルロン…」

この少年は明らかにスタンよりも年下なはずなのに、絶対的な力の差
そして逆らえない何かを感じて

「スタン、ね」

反芻するように小さく名を呟かれただけで、スタンの体はビクンと跳ねる

…あまりにも格が違いすぎるのだ

「本能だろうが、慢心せずに相手の力量を感じ取る事も出来るようだ。オマケに『声』も聞こえていた。…素質はあるようだな」

パチンと音を立てて銀の剣を鞘へと収め、少年は綺麗に整った顔立ちを満足そうなものに変化させる

「僕と共に来るがいい、スタン。貴様という歯車を、僕は待ちわびていた」

「歯車―…?」

その時の少年が見せた笑顔は本心からのものだったのか

「僕の名は、リオン・マグナス」

その神秘的ともいえる雰囲気を携えた少年に対し

「リオン…」

不覚にもスタンの胸は甘く鼓動した

「貴様にしか出来ない役割がある。僕と天上世界に来るんだ。全てはそこで―…」

「待って!お兄ちゃんを連れて行かないで!」

リオンの腕がスタンへと伸ばされかけたその時

二人の間に割って入ってきたのは悲痛に叫ぶ声と、小さな少女の体だった
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