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□箱の中
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その瞬間、折原臨也は恐怖した。
まるでこの世界が自分一人になってしまったように思えた。


秘書役である矢霧波江には休暇をだしており、おそらく愛する弟のストーキング中なのだろう。
逆にこれは好都合かもしれない。池袋を我が物顔で掻き混ぜる臨也の顔が真っ青に染まっていることに気づかれたら確実に馬鹿にされる。
そうでなくとも有能な秘書が彼を良く言うことなどない。

しかもここは仕事の依頼人と会うために訪れたビジネスホテルだ。
その上、たった今取り引きを終え帰宅しようとした矢先。
エレベーターという小さい箱の中なのだ。
そこで彼は運悪く自然災害に見舞われた。


長い、長すぎないか。
時間など計っているはずがないが、30分は経っている気がする。
閉鎖された空間は臨也の精神を蝕む。
思考は負の方向ばかりに行く。
俺はここで死ぬのではないか。もうすぐこの箱の中の酸素が無くなるのではないか。
いつもの冷静な折原臨也らしくないことなど分かっているが、回転の早い脳に追い詰められる。

携帯。
コートの右ポケットだ。
彼の恐怖はピークに達し、無意識に携帯電話を手にとり素早く発信履歴の1番目の番号に繋げた。

機械的な音が耳の奥で響き、永遠とも感じられる時間が流れる。
誰でも良い。臨也はその番号の主が誰なのかを確認していなかった。
この携帯はプライベート用だから仕事相手に繋がることはないはずだ。
誰か。


「…ああ?誰だてめぇ」

やっと繋がった電話から聞こえた声は、慣れ親しみすぎた低い声。
臨也は自分の失態に気づき息をのんだ。

「さっきから何回も何回も俺も暇じゃねぇんだよ
これイタズラ電話だよな?そうだよな?
じゃあ俺に殺されても文句は言えねぇってわけだ」

物騒な単語が並べられる中、臨也の有能な頭は数秒でパニックから持ち直しすごいスピードで回転し始めた。

そうだった。
仕事相手が少し遅れると連絡が入り、それまでの暇潰しのつもりだった。
強大な力でまた壊された携帯を買い替えたばかりだと知り、早速何回も所謂ワン切りしていたのだった。

平和島静雄その男に。


「無視か?俺を無視すんのか?礼儀ってやつを小学生の時に習っただろうがよし殺す」

落ち着け。静雄を馬鹿にするつもりだったんだ。
俺ならできる。いつもと同じように。

「…し、静ちゃ…ん
…やあ、こんな時にもすごく元気そうだねハハハ」

「ノミ蟲…か…?……!!
てめぇのせいで気分がわりぃ吐き気がするよっててめぇは死刑だ」

めりめりという音が聞こえた気がする。

「ま、まって!静ちゃん、
ねえ!」

携帯に向かって叫ぶ。

「怖いんだ、お願い、た…すけて静ちゃん助けて!」

頭が真っ白だ。ただ恐怖だけが募ってゆく。
静ちゃんの化け物じみた力ならこの状況を打破できるかも。

「あ゛ぁ?何か知らねぇがてめぇを助けるわけねぇだろ死ね」

当たり前だ。俺達は天敵でいつもお互いの寝首を狙っている。
そんなことはわかっているのだけど。

拒絶されることがこんなにも苦しい。

「ねえっお願い…死んじゃうよ俺、しずちゃ」

一粒流れ落ちると塞きを切ったかのように次々溢れる。
なんて情けないんだろう。まるで自分が自分じゃないみたいだ。

「さっきので閉じ込められちゃっ、もう俺だめだよこわい…君がいないと俺、」

「お、おいいざ「大丈夫ですか!?」

若い男がいとも簡単にエレベーターを開けて臨也と目が合う。
反射的に携帯の電源ボタンを押した。

「あ、あはは俺閉所恐怖症で暗所恐怖症しかもパニック障害の合わせ技で―」

必死の言い訳は突っ込み所が満載のものだった。

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