【5】

「お兄様、最近とても楽しそうですね」

柔らかい茶の髪を揺らす少女の言葉にルルーシュは驚き首を傾げる。
それを見ながら、少女は楽しそうに笑って言った。

「ふふっ、気付いてらっしゃらなかったんですか?」

ルルーシュは変わらず首を傾げながら、少女の手の中の色紙が鶴の形を象っていくのをぼんやりと見つめる。

「誰か良い方と巡り合われたのでしょうか…妬けてしまいますね」
「そんな人居るわけないだろう。俺はナナリーが一番大切だよ」
「まあ、お兄様ったら」

くすくす、と真っ白な部屋に笑い声が反響した。
言葉の通り、ルルーシュにとってナナリーは一番大切な存在だった。
目に入れても痛くない、というか。ナナリーにはいつだって隠しごとなどできないし、しようとも思わない。

「でもやっぱり気付いてらっしゃらないだけです。きっと、とても大切な人が出来ていると思いますよ…私の次に」
「ナナリーの次に?」
「ええ、私の次に。もうしばらくの間は、私だけのお兄様なんです」
「もうしばらくなんて。俺は一生お前の傍にいるのに」
「それはダメです!だって、お兄様にはお兄様に似た優しくて綺麗で頭の良い子を後世に残していただかなくては」
「ナ、ナナリーそれはちょっと突拍子もないというか…」
「そんなことありません。そして私も、いつか素敵なお嫁さんになるんです」
「え」
「…まあ、お兄様。妬いてらっしゃるんですか?」
「いや、そんなことは」
「ふふっ、隠しても無駄ですよ、お兄様」

私は、お兄様のことならなんでもわかるんです、とイタズラに微笑む妹に曖昧に微笑み返した。
やはり勘の良いナナリーには、ちょっとした隠し事も出来そうに無い。

(とても大切な人、か)

ルルーシュには心当たりがなかった。
ルルーシュの日常は、変わらず平穏で平凡だった。


…枢木スザクの描く絵のモデルになったこと以外は。




+++




時間とは早く過ぎるもので、最初にスザクがルルーシュに触れたあの日から既に1週間が経っていた。
その間、二人は放課後あの教室に集まっては触れ、触れられ、描き、描かれる関係を保ち続けている。
それ以上の関係も行為もない。当たり前だ。
初めからそういった関係ではないのだから。
おかしかったのは、初めだけ。心音が不規則な音をたてたのは一度きり。
だからルルーシュはそれを偶然か気のせいだと思うことにした。思うより他なかった。

それにしても…とルルーシュはカンバスに向かうスザクを見る。
真剣な顔。普段の幼さなどどこにも見当たらない。
さぞかしモテるだろうに、絵を描く以外のことに全く興味がないと見える。
だから大学生の放課後なんて普通の学生が遊びに使いこむであろう時間をルルーシュと過ごすのだろうし、ルルーシュもそんなスザクを手伝ってやりたいと思う。
スザクは年上なのに、手伝ってやりたいなんておかしな話だ。
けれどそう思ってしまうほどには、スザクはどこか純粋な子供のようなところがあった。
そういった諸々の感情のもとにスザクを好ましく思っているということにルルーシュ自身も気付いていた。

「少し休憩しよっか」

筆を置いて微笑むスザクに頷く。
ごく自然な体勢であるとはいえ、時刻は午後7時。
ルルーシュがここへ来てから悠に3時間が経過していた。
1日5時間。
週にして約30時間を二人はここでこうして過ごしている。
30時間とは短いようで長く、長いようで短い時間だった。

「どうだ?書けそうか?」
「ん…まだ本調子とまではいかないけど、前よりは大分書けてる気がするよ」

短いようで長い時間はルルーシュにスザクへの敬語を取り払わせ、スザクに絵を描く感覚をわずかながらも取り戻させた。

「あとどれくらいで完成する予定なんだ?」
「…それは」

急に止まったスザクの手を見つめる。
まだ不安定なスザクに、そういうつもりがないとはいえ完成を急かすような言葉を吐くなんて不謹慎だという事実に気付きルルーシュは慌てた。

「すまない。急かしてるわけじゃないから」
「うん、わかってる。ごめん違うんだ。そうだよね、描いてたらちゃんと終わりが来るんだよなぁって」

そんなことに気付かなかったなんておかしな話だよね、とスザクは笑った。
その顔が悲しそうに見えたのはルルーシュの気のせいだったのだろうか。
ルルーシュが、そう思いたかっただけなのかもしれない。
ルルーシュはほんの少しだけスザクと離れがたいと、思っているから。

(この感情の根源が何か、未だ答えなど見つかってはいないけれど・・・)

伺うように、答えを探すように見つめ直しても、やはりスザクの顔に悲しげな表情は見当たらない。
しかしその代わり、エメラルドがいつの間にかじっとルルーシュを見つめているのに気付いた。



目が、合う。



「ルルーシュ…触ってもいい?」


1週間、同じ問い掛けを受けていたというのに、何故か今だけは意味が違うような…言葉に乗せられた感情が違うような気がして、ルルーシュはすぐに答えることができなかった。


「……っ」

僅かな逡巡のあと半ば本能的に頷くと、啄むような優しいキスが髪に額に頬に降り注ぐ。
どうすればいいのかと固まるルルーシュの髪に、優しく手が添えられたかと思った次の瞬間…、噛みつくように唇が重なった。

「ん…っ!」

思考はただひたすら混乱を続けていた。
働かない頭で、何故スザクと自分がこんなことをしているんだろうと思った。
スザクは絵を描くためにルルーシュと居て、ルルーシュは絵を描かれるためにスザクと居る。
その関係が、全てだ。全てであったはずだった。
それに、自分達は互いに男で年上で年下で…あぁ他にもちっぽけな理由なんてたくさん浮かぶのだけれど。





この瞬間ルルーシュの中で芽生えた触れた熱への悦びと、終わりが来ることへの誤魔化しようのない痛みだけが――今、ここにある真実だった。





やはり、近付かなければ良かったんだ。
近付かなければ、知らずに済んだ。
そうだ最初から・・・



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