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□まもりたい
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蒸し暑い夜。
真っ暗闇の中を自転車で走る。


「寛、永四郎君知りん?」


夜中、音楽を聞いていると、母親部屋に入って聞いてきた。

「あい?」
「うちに帰ってぃないってぃ、永四郎君ぬあんまーが」

永四郎が…?

「……?」
「学校でぃぬーかあったの?」
首を振る。
永四郎が居なくなるなんて、考えられなかった。
部活でも普通にしてたし、帰りも普通に帰ったし…。

「あんまー、わん行ってぃくる!」



止まらない汗は恐怖から来ていたのかもしれない。
永四郎を失うことがこんなにも怖いとは思わなかった。
ただ機械的に自転車を漕ぎながら、彼の居そうなところをまわる。


人の居ない街。

波の音だけがする浜。

道場の周りも、永四郎の家も見た。


学校にたどり着いた頃には、時計はもう5時だった。

「わんもうち帰らんと…」

自転車を停めて、フェンスを乗り越える。
ここが最後だと思いつつ、諦めたくない気持ちもあって…泣きそうになった。

「……永四郎…」
「……!?」

滲んだ景色に映ったのは、プールサイドに座る永四郎。
つい名前を呼ぶと、こっちに顔を向ける。
前髪が乱れているのはわかった。

「知念…君」
「ぬーしちょーよ…?」
「あっ、あぁ……その…」

プールの柵を越えると、永四郎は自分に向かって歩いてきた。
下を向いてて、顔が見えない。

「わんの家に永四郎のあんまーから電話来てぃ…」

自分の胸に永四郎が抱きついてきた。

「ぬーがあった?」
「少し…このままで……」

髪からはいつもの整髪料の香りの代わりに、甘い石鹸の香りがする。
一緒に白い飛び込み台に座り、震える肩を抱き寄せることしかできない自分が悔しかった。

「…わんにでぃきるくとぅ、あるかや…?」
「知念君…?」
「恋人だから……ぬーでぃも言って」

永四郎が動く。
自分のシャツにできたシミを見ながら小さな声で呟く。

「……キスしてください」
「キス…?」
「……」

唇が重なり、永四郎が自分に寄りかかる。

……ん?

「っ、わっ!」
「…!?」

その瞬間、地球の引力に従い、自分だけ背中からプールに落ちた。
見事に身体を水に包まれて、急いで水面から出ると、彼はメガネを直していた。

「永四郎っ…ふらー…」
「ふっ…ごめんなさい…」

立つと、プールサイドに座っている永四郎と目線が合う。

「このっ」
「うわっ!」

永四郎に怒られるのを承知で、彼をプールへ引っ張った。

「知念君……」

濡れた彼はキッとこっちを睨み付ける。

「あいひゃー………あんね……永四郎にぬーがあったか、わんに言わねでぃいーから…みじに流し」
「………」

それを永四郎の同意のもとで行ったのかは自分にはわからない。

シャツは綺麗だ。

ズボンも綺麗だ。

髪からは良い匂いもする。


でも永四郎は泣いた。
自分の胸の中で泣いた。

永四郎が病気なのは付き合う前に言われたし、自分もそれを承知で付き合った訳で…。

「…わん、永四郎のくとぅ好きさぁ。好きだから好きなりにちばる。やり方わからなくなったら永四郎に聞く」
「………」

彼は髪から雫を落としながらしばらく黙っていた。
泣きそうな顔がつらくて、また抱き締める。

「知念…くん」
「わん……わんは…」
「…俺のためにそんな顔しないで」

綺麗な顔が自分を見上げる。

「………」
「俺のために泣かないで」
「………えーしろーのためじゃない」
「…えっ?」
「わんが情けにぃから…やーのこと守れんから…わんが悪い…」

泣いてるって自覚した瞬間、涙が止まらなくなった。
目の前に居る愛しい人をどうすればいいのかわからない。
自分には財力も、強さも無い。
あるとしたら、いつでも彼を見つけられる身長ぐらいだ。

「そんなこと無いです」

永四郎は、背伸びをしてわんに啄むようにキスをする。

「……ごめんなさい。今日は何もなかったんです。…誰かに、知念君に会いたかった」
「永四郎…?」
「酷いですよね、俺」

そう言って彼は自嘲気味に笑う。

「ううん」
「えっ…?」
「次から、連絡すりばいい。わん、いつでぃも来る。絶対に」
自分は彼については本当に盲目なんだなぁと思う。
でもそれでよかった。

東の空は明るく、自分と永四郎だけがそこに居た。

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