崩してみたくなったんだ。
完璧なまでの、あいつを。
あの表情を、苦痛で歪ませてみたくなった。
それは、間違った愛情表現。





『イキシア』
(誇り高い)







2人の関係が変わってから早くも2ヶ月が経とうとしていた。
気付けば、跡部の近くには忍足が居て。
会話をするわけでもなく、ただ隣り合っていることが多かった。
それは、学園内だけのことだったが。
“それ”が始まってからしばらくは周りは異様なほどに騒ぎ立てていた。
それもそのはずだ。
今となっては2人が一緒にいることは当然のことと認識されるようになっているが、最初の頃は2人が隣り合っていることで一騒ぎあったくらいだ。

夏休みに入り、陽射しが強さを増す中。
学生が喜ぶ夏休みだが、遊び呆けている暇はなくテニス部は今日も練習に明け暮れていた。

「跡部、今日は?」
「……構わないぜ」
「ほな、待ってるわ」

たったこれだけ。
今日1日で交わした会話はこれだけであった。
別にそれに不服を申し立てるわけでもないし、そこまで親密な関係ではない。
最初は疑うような目で見つめてきた部の人間も何も言わなくなって。
それこそ、当たり前となってしまったのだ。
つくづく、人間というのは順応性に優れている。
跡部はぼんやりとそう思った。

部活も終わり、部誌も書き終わった跡部が監督にそれを提出して部室に戻るとそこはいつものような騒がしさもなく、閑散としていた。
豪快にウェアを脱ぎ捨て、ロッカーを開ける。
ハンガーに掛けられたシャツを手に取ると同時、耳障りな声が聞こえた。

「脱ぎ捨てるなんて、キングのすることかいな」

どこまでも人を馬鹿にしたような物言い。
跡部は小さく舌打ちをした。

「あーん?キングだからするんだろ」
「せやけど、樺地もいないのに誰が片付けんねん」

結局自分でまた拾わなあかんやろ、とくつくつと笑いながら飄々と言いのける。
不機嫌を隠そうともせずに振り返った跡部を見て、その人物――忍足はまた面白そうに口元だけで笑った。

「……いちいちむかつくな、てめぇ」
「そら最高の褒め言葉やな」
「死ね」

些か乱暴にウェアを拾い上げ着替えを続ける。
それをただじっと見つめる忍足。
跡部の脳裏には、あの日の会話が蘇っていた。





『なあ、跡部。俺と、ゲームせえへん?』

表情とは真逆の無邪気な言葉。
一瞬、その言葉の意味を跡部は理解できなかった。

『ゲー、ム…?』
『せや、ゲーム。期間は1年』
『なんでてめえの暇つぶしに俺が付き合わなきゃいけねえんだよ』

てめえほど暇じゃねえんだ、俺は、と続けるとぎり、と掴まれた腕に力が込められる。
思わず痛みを表情に出すと、忍足の瞳の奥が一瞬楽しそうに和らいだ。

『俺かて、時間がないんやで。その中で楽しみを見つけて学校生活をエンジョイするためにいろいろ考えとんねん』
『それと俺様を巻き込んだゲームと何の関係があるんだよ』
『いっつも自信満々なお前が堕ちていくのを見たいと思てな』

真っ黒な瞳に映る自分の顔が恐怖という表情を浮かべつつあるのに跡部は気づく。
それを見て忍足はなおさら楽しそうに目を細めた。
ぐっと余計に跡部を自らに引き寄せて耳元に口を近づける。

『期間は1年。その間に“嫉妬”したら負け』
『嫉妬…?』
『そう。相手を好きになっても良し、欲情しても良し。でも、嫉妬したらあかん。相手は自分のものなのにって自覚したら負けや』
『そんなの、お前に何の得があるんだ。俺に対しても何のメリットもない』
『メリット?言うたやろ。これはゲームや。学校生活を楽しむためのただの遊び。普段何気なく生活してる中でこういったルールがあった方が一味違った学校生活送れるやろ?』

至極楽しそうに淡々と語る忍足を、嫌悪感を隠さずに跡部は睨みつける。
お前の遊びに付き合うつもりはない、はっきりとそう口にすれば明らかに不機嫌になる忍足の顔。

『大体、お前程この生活に不満足してるわけじゃねえんだよ。俺は俺なりのやり方で楽しんでいる。お前にわざわざ遊んでもらわなくても……』
『負けたくないから無理やってか?』

跡部の言葉を遮るように挑発するように言われる。
余計に鋭くなった眼光をみて、忍足は楽しそうだ。

『そらそうやな。天下の跡部様がたった一人の、しかも同性の男に振り回されるなんて耐えられんよな。負けるのが分かってる試合なんて、例え遊びだろうと受けたくはないよな』

そんなん、プライドが許さへんもんな、と跡部の腕を離しわざとらしく言う。
そして、乾いた笑顔を張り付けながら。

『跡部も、ただのガキってことやな』

その言葉に頭に血が上ったのは一瞬のこと。
その直後、跡部は自分でも思いもよらない言葉を吐いた。
冷静さを欠いていたのだ、その時の跡部は。
今更後悔しても遅い。
ほんの2ヶ月前の出来事だった。





ゲーム開始から2週間ほどして、半ば無理矢理身体を繋げられた。
それからは忍足がやりたいときに無理矢理身体を拓かされているような状況で。
跡部からアクションを起こすことはなかった。
そして、忍足は跡部の近くに居続けた。
それがどのような意味を含んでいるのか、本当のところは跡部にもわからないが。
甘やかすでも束縛するでもなく。
ただ、そばにいた。
それは忍足の作戦なのか。
跡部は警戒心をあらわにしながらも、自らも思考を巡らせる。
それぞれがそれぞれの作戦でお互いをおとしにかかっているのだ。

(さすが、なかなか堕ちへんなぁ…)

着替える跡部を見つめながら忍足は思う。

(一筋縄じゃいかへんっちゅーことやな)

思わず歪んでしまう口元を覆い隠しながら、これからどうしてやろうかを考える。
自分でしか感じられないように調教するもよし、べたべたに甘やかして依存させるもよし。
最終的に、嫉妬させてしまえばいいのだから。
ゲームを始めて気付いたことがある。
それは、跡部はレンアイゴトに疎いということ。
無理矢理重ねた唇に、繋げた身体。
触れ合うこと自体が初めてだったのだろう。
戸惑いを隠せない跡部の瞳に引きずり込まれそうになったのは事実。
ある意味で、手離せなくなりそうだと、忍足は感じた。
決してそれは、“嫉妬”とは程遠いものではあるけれど。

それは、歪んだ愛情表現であった。

何が正解かはわからない。
けれど、いま行われているこの行為は間違っているものだということはわかる。
自分の下で乱れる跡部を冷たく見下ろしながら忍足は思考を飛ばす。
今まで抱いたどの女よりも、感度の良い身体、妖艶な姿。
自分がはまっていくのがわかる。
きっと跡部の狙いはここなのだろうか。
だって、あの氷帝のキングとして君臨する誇り高い彼が、自分の手でこんなにも乱れるのだ。
だけど、本当の彼は自分なんかでは汚すことなんて、きっと、できないのだろう。





彼はどこまでも誇り高いのだ。
どこまでも、どこまでも、彼は彼のままなのだ。






























2011/12/20


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