※医学部のカリキュラムなんて知りません。
 実習がどの時期にあるのかも曖昧です。
 なのでその辺に関しては捏造です。
 宜しい方はどうぞ。






恋の魔法は moonlight
アスタリスクに願う Lover's magis
1人照らす city lights
胸がきゅんと切ないけれど






お腹も随分と大きくなって、安定期を迎えた。
最近の僕の日課は、散歩ついでに近くの図書館で本を読むことだ。
たまに、図書館の窓から見える公園で写真を撮ったりする。

「こんにちは」

すっかり顔なじみになってしまった司書さんに挨拶をして読みかけの小説を本棚から選んで取り出す。
そしていつもの窓際の席に座る。
読み込んでしまえば、もう周りの音は聞こえない。
これが、日課だった。
何の変哲もない、毎日。
穏やかに過ぎてゆく、毎日。
ふと、窓から射す太陽に反射して、左手の薬指がきらりと光った。
読みかけの本はそのままに、それを右手で優しく触れる。
愛しさが、そこから溢れ出てくるようだった。

(今日もがんばってるかな…)

目を閉じて思い出す。
いつかの、別れの日。



「行ってらっしゃい、君の夢だったもんね」

日本を出ると、それを聞いたのは中学の卒業式を間近に迎えた2月。
そのころには、もうお付き合いも2年目を過ぎていて。
もともとお互いに落ち着いているタイプだったから、付き合い始めのような初々しさとか、子どもじみた嫉妬とかもなくて、ただただ穏やかな毎日を一緒に過ごしていただけだった。
それでも、彼は僕のそばにいたし、私も彼から離れる気は全然なかった。
倦怠期とか派手な喧嘩とかそんなのもなくて、周りからは“熟年夫婦”と例えられるほどだった。

「向こうのコーチも、君が来るのを待ちくたびれてるんじゃない?」

君は何も言わなかった。
ただじっと、僕の目を見つめていた。

「…手塚?」

その真意が読み取れなくて、首を傾ける。
すっと伸びてきた君の利き手。
迷うことなくまっすぐ伸びてきて、僕の頬に触れた。

「なに…?」
「…言いたいことがあるんだ」

いつにも増して真剣なその表情に、自然と身体に力が入る。
何を言われるのだろう。
大体、予想はつくけれど。
だって、そんな哀しそうなかおで何を伝えようとするかなんて、
そんなの。

「3年経ったら、一度日本へ帰ってくる。その時に、もう一度、しっかりとした形でお前に伝えたい。だから、」

そこで言葉を区切る。
あぁ、緊張しているんだ。
それが、伝わってきた。
微かに震えている、君の左手から。

「待っていてほしい。お前に。3年の長い間だけれど、俺以外の誰も、想わないで、待っていてほしい」

びっくりした。
君が初めて見せた、僕への独占欲。
君はこんなレンアイゴトには無頓着な人だと思っていたから。
だから、いつまで経っても触れてくれなくたって。
言葉を紡いでくれなくたって。
そばにいてもいいって、許してくれた、それだけで嬉しかったから。

「て、づか…」
「俺の、勝手なわがままだってわかっている。だけど、お前がほかの誰かを想うことは、」

どうしても耐えられないんだ、と続くその言葉を聞き終わらずに、ぽろりと涙が零れた。

「そんなの、」
「……」
「そんなの、言われなくたって…」

待っているつもりだった。
君が他の誰かを大切に想う日が来たとしても。
それでもいいと思っていたくらいなんだから。
君に惹かれたその日から。
ずっと片想いでもいいって思っていたくらいなんだから。

「まってる…まってる、だから、」

ちゃんと帰ってきてね。
その言葉は、うまく紡げなかった。
すべて、君に塞がれてしまったから。
それが、初めてのキスだった。




3年後、約束通り君は帰ってきてくれた。
空港で君の姿を見つけた時、また、泣いてしまった。
君は少し困ったような顔をして、頭を撫でてくれた。
それが温かくて、懐かしくて、もっと涙が溢れた。
君に逢えない3年の間でこんなにも弱くなっちゃった、そうふざけて言ったら、じゃあこれからはずっとそばにいてやらないとな、君はそう返してきた。

「外国のいらない影響を受けてきたんじゃない?」
「相変わらずだな」

その減らず口は、って言って、むに、と頬を摘ままれた。
それはあの日、優しく包んでくれた君の利き手。
3年前のあの日よりももっと男らしくなったその掌。
僕の知らない君のようで、ちょっとだけ、胸がちくってした。

「明日、時間あるか?」
「うん、君が帰ってくるって聞いたから、予定全部キャンセルした」
「それは…」
「いいのいいの。みんなわかってくれてたみたいだったし」

君はこの3年の間ですっかり有名になっていた。
若いながらに世界のトッププロに肩を並べるほどの実力とその容姿。
メディアが注目しないわけがなかった。
大会があるたびに君の結果が報道されるし、インタビューや女性関係だって。
不安にならなかったって言ったらうそになるかもしれないけど。
僕には君との約束があったから。

「今日は、まっすぐ家に帰るの?」
「ああ、両親も祖父も楽しみにしてくれていたみたいだから」
「じゃあ、ゆっくり話すのはまた明日か…」
「悪い、空港まで呼び出しておいて…」
「ううん、僕も逢いたかったから。日本に帰ってきた君に一番に逢えるのってやっぱり特別だもん」

そう言って、その日は別れた。
翌日、僕はまた君に驚かされることになる。

「え……?」

びっくりして固まる僕に、君はもう一度言った。

「一緒に来てくれないか?向こうで、一緒に暮らしたい」

いつか、そうなったらいいなとは思っていた。
でもまさか、こんな早くに。

「まだ未成年で、親の保護下にあるのは十分承知だ。だから今すぐじゃなくてもいい。成人して、しっかり自分の足で立てるようになったら、もう一度迎えに来る」

思考回路がうまく働かない。
だって、こんな嬉しいこと、夢みたいで。

「そん、だって…そんなの…」

驚きすぎてまともな言葉を発せない僕を、あの日とは違う優しい瞳で見つめてくる。
それがまた、頭を働かせなくして。
君は、この3年間でこんなにも大人になっていたんだ。

「ぼく、君につり合うようなにんげんじゃないよ…」
「つり合うとかつり合わないとかの問題じゃないだろう」
「でも、きっと、君を困らせる…」
「お前のことで困ったことは一度もないがな」
「…すごく嫉妬深いよ?」
「そんなの、俺の独占欲に比べたら可愛いものだ」

いつから、君はそんな表情できるようになったの。
そんな優しく笑うなんて、初めて見たよ。
見つめることは不可能で、
見つめられることも耐えられなくて、
思わず顔を伏せた。

「不二」

名前を呼ばれて俯いていた顔を、ちょっとだけ上げる。

「いい加減諦めろ」
「……っ」
「俺を選べ、周」

そんなの、頷くしかないじゃないか。

『手塚国光が婚約』
そのニュースは瞬く間に報道された。
相手の名前とか顔はプライバシーの関係で公表はされなかったけど、近い友人たちからは一気に説明を求める連絡が届いた。
一度みんなで集まろうと君がそう言ったからセッティングをして、わざわざ説明の場を設けた。
みんな、とても祝福してくれて、嬉しくてまた泣きそうになった。
君が慌てるから、我慢したけどね。

それからすぐに君はまた飛び立った。
すぐにでも連れて行きたいといった君をこっちだって大学受かってるし、となんとか説得して見送った。
それからはまた、君のいない日々の始まりだった。
でも、前のような寂しさは微塵も感じなかった。
だって、僕の指には君の分身がきらきら光って存在しているから。

それからまた3年。
君から帰ってくると連絡が入った。
前と同じように空港で再会した。
前と違うのは、感極まって泣かなかったことと、君と一晩過ごしたこと。
恥ずかしいけど、これが初めてだった。
僕に触れる君の手が震えていて、大丈夫だよ、って何度もそう言ったのを覚えている。
お互いにもう成人を迎えていた。
だけど、僕はまだ大学生で、自立できていなかったから。
君の申し出に頷くことはできなかった。
君は残念そうに、そうか、と呟いた。
1ヶ月もの間、君は日本に滞在した。
その間、君は実家で過ごすことは本当に少なくて。
一人暮らししている僕のマンションに居座っていた。
もちろん、それが嫌なわけがなくて。
むしろ嬉しくて仕方がなかった。
行ってきます、と言ったら、行ってらっしゃいと返ってくる。
大学から帰ってきたら、君が出迎えてくれる。
夜になると一緒のベッドで眠って。
朝は君の腕の中で目覚める。
こんなにも幸せなことはないと思った。
最後の一週間は、毎日のように抱き合った。
離れたくないって、そう君に伝わったのかな。
優しく抱きしめてくれた。
そして、君はまた飛び立っていった。

自分の身体に変化が起きたのはそれから数か月後のことだった。
とにかく身体がだるくて、微熱が続いていた。
季節の変わり目の風邪だろうと思っていた。
毎年この時期には風邪をひいているからね。
特別家族を呼ぶこともなく、かといってご飯を作ったり薬を飲んだりする気力もなくて。
むしろ、ご飯の匂いを嗅いだら吐き気がしていたくらいだったし、自ずとご飯からは遠のいてしまうものだ。
それを大学でたまたま顔色が悪いと幸村に指摘されたときにぽろりと漏らしてしまったら、それはもうそのあとは大変だった。
後から来た白石や跡部にもそれはすぐに幸村から伝えられて。
午後からの講義なんて出させてもらえるはずもなく、病院に強制送還だった。

「おめでとうございます、3ヶ月ですよ」

にっこりと笑うおばあちゃん先生。
ぽかんと口をあけたまま固まった私の代わりに、付き添いで来ていた跡部が口を開いた。

「心当たりは?」
「…ひとりしかいないじゃないか」
「…だよな」

拗ねたように呟く僕に跡部は心なしかほっとしたような表情でそう返した。

「学生ですか?」
「あ…、はい…」
「相手の方とは、連絡はつきますか?新しくできた命のことですから、しっかり話し合って、決めてください」

渡された診断書と、写真。
新しい命の写真を見つめていたら、自然と涙が出てきた。
ただただ泣いていた僕の背中を、跡部はずっと撫でていてくれた。

泣き疲れて眠っていたら、いつの間にか実家に帰りついていたみたいだ。
跡部に揺り起こされて目が覚めた。
わざわざ送ってくれた跡部にありがとう、というと、別に、と返された。
素っ気ないけどそれは跡部の照れ隠しだってわかってる。
くす、と笑うとむっとした表情になった。

「何かあったらすぐに連絡しろ、何時でもいいから」
「うん、」

その言葉にまた涙が出そうになった。
急に帰ってきた僕にびっくりはしていたものの、母さんも姉さんもすぐにご飯の準備をしてくれようとしてくれた。
それに断りを入れて、ゆっくりしよう、と声をかけた。

「急にどうしたの?帰ってくるなら連絡入れてよね」
「うん、ごめん、急用でさ」
「でも、元気そうでよかったわ。大学はどう?もう最後の年よね」

笑顔で話しかけてくれる姉さんと母さんに少しずつ罪悪感がわいてくる。
徐々に俯きそうになるのを必死に抑えて笑顔を浮かべた。

「そういえば、手塚くんのニュース今日もやってたわよ」

姉さんの言葉にぴくりと身体が揺れた。

「また試合勝ったみたいね、周も見た?」
「…ううん、ちょっと、見れなかったな…」

所在なさげにきょろきょろと視線をさまよわせる僕の様子にいち早く気付いたのは、やっぱり母さんだった。

「周、どうしたの?さっきから様子が変よ」

母さんのその言葉に、何故だかわからないけど涙が出てきた。

「周?」

その様子にびっくりしたように名前を呼ばれたけど、次に発した僕の言葉に二人とも言葉を失った。

「……できたの、赤ちゃん…」

こんなに、家族を怖いと思ったの初めてだった。
拒絶されるかもしれない、もう名前を呼んでくれないかもしれない。
ネガティブな考えしか浮かんでこなかった。

「周」

母さんに呼ばれて顔を上げた。

「相手は?」
「…てづか」
「そう……安心したわ」

その言葉に今度は僕がびっくりする番だった。

「彼なら、あなたを任せられるとそう思って婚約を許したんだもの。彼以外の子どもだったらどうしようかとひやひやしたじゃない」

婚約のあいさつの前から、手塚は何回かうちの家族と面識はあった。
その様子から嫌われてはいないと思っていはいたけれど。

「でも、残念ね、いま日本にいないんでしょう?直接伝えられないじゃない」
「電話よりもやっぱり直接伝えたいでしょう?」

にこにこと話す母さんは、会わない間にまたしわが増えたように思えた。
目の周りの笑い皺。
母さんが幸せだということを物語っているように感じた。
その日はそのまま泊まって、何十年ぶりに母さんと一緒に寝た。
寝る前には跡部と幸村と白石にちゃんとメールを送って。
返事を待たずに眠りに落ちた。
翌日、裕太も呼び出されて、父さんもたまたま帰ってくる日で。
家族全員そろってから改めて妊娠したことを告げた。
裕太は想像通りの驚き方だったし、父さんはなんだか項垂れてた。

「周もとうとう人の親か…なんか変な感じ」
「姉貴みたいに出戻りだけはやめてくれよな。ま、手塚さんに限ってそんなことはないだろうけど」

裕太の言葉に姉さんからはクッションが飛び交って、項垂れる父さんに母さんはなんか言葉をかけていて。
幸せだな、って思った。
昨日のかあさんの言葉通り、君に直接伝えられないのは残念だなって思った。

『明日、一度日本に戻るから』

君に電話で妊娠のことを告げたら、すぐにそう返ってきた。
携帯を握る手に汗が滲む。

「そんな、気を遣わなくていいよ、だって試合あるでしょ?」
『今月は試合はないんだ。トレーニング中心だから時間の融通は効く』
「だったら、トレーニングに集中して。ほんとに気にしないで」

君に気を遣わせるために伝えたわけじゃないんだ。
君の負担にはなりたくなかったのに。

『お前だけの問題じゃないだろう。とにかく、明日戻る』

そう言って、ぷつりと切れた電話。
しばらくそのままでいた。
まだ実家にいたわけだけど、さすがに家族にどうしよう手塚が帰ってきちゃうなんて言えるはずもなくて。
昨日大丈夫だと伝えたばかりの跡部に電話をかけていた。

「あ、あと…あとべ、」
『どうしたんだ?落ち着け』
「どうしよう、てづか…っ!」
『不二!』

こっちに来ると言った跡部にまだ実家だからと断ると、じゃあうちに来い、って言われて跡部の家に向かった。
いま跡部は忍足くんと一緒に住んでいると聞いた。
この二人もまた、中学の時からの付き合いで。
僕たちとは違った、“熟年夫婦”のようだった。
外まで迎えに出てくれていた跡部に会うなり抱き着いて、泣きじゃくりながら手塚が帰ってくると告げた。
跡部になだめられながら部屋に入ってきた僕を見て忍足くんは驚いていたけれど、温かい紅茶を出してくれて、学校の課題があるからと自室に戻っていった。
忍足くんは、家業である医師を目指しているらしい。
跡部から直接聞いたし、白石から譲ちゃんも医師を目指してるって聞いたから納得はしていた。
いま実習中なんだ、と跡部から聞いてなんだかタイミングの悪い時に来てしまって申し訳なくなった。
話を促されて、先ほどの電話の内容を跡部に話した。
彼の唯一を奪いたいわけではなかったのに、彼の負担になりたいわけではなかったのに、彼は帰ってくると言った。
それが、とてもつらかった。
話を黙って聞いてくれた跡部は、話が終わった後も、何も言わなかった。
ただ、背中を撫でていてくれた。
跡部は、そろそろ帰るね、といった僕に見送りながら、大丈夫だからと一言だけ告げた。

翌日、宣言通り君は帰ってきた。
いつものように空港まで迎えに行った僕を、目が合うなり力の限り抱きしめてくれた。
そして、家に帰るまでの間、ずっと手を握っていてくれた。
それからは怒涛の一日だった。
君は僕の両親に頭を下げていた。
僕の両親も娘をよろしくと頭を下げた。
その様子が今でも忘れられない。



「大丈夫だよ」

笑ってそう言った。
君の負担にはなりたくなかったから。
でも、その言葉を聞いた君は、哀しそうなかおをした。

「だが…」
「僕には家族がいるもん。それに跡部や幸村や白石だって。一人じゃないんだよ?」

再び一緒に行こうと言われた異国の地。
僕はそれを拒んだ。
君と一緒にいたかったけど、私がいることで君の負担になるのなら。
僕の気持ちなんて二の次だから。

「……俺は」

言いにくそうに君は続けた。

「俺は、あっちでは一人だ」
「……っ」
「家族もいなければ、心の許せる友人もいない。それでも俺が頑張ってこれたのは、」

いつかお前が来てくれるとそう信じていたからだ、と続いた言葉にむねがきゅうってなった。
結局、僕は自分のことばかりだったんだ。
異国に行くのが不安で、温かく包まれているここで、守られているここから出る勇気がなかっただけなんだ。

「…てづか」
「……」
「わがままなの、ぼく」
「……あぁ」
「てづか、……国、光」

一緒にいたい、ずっと一緒がいい。
泣きながらそう告げた僕を、君はやっぱり優しく抱きしめてくれた。




とんとん、と肩を優しく叩かれて目が覚めた。
いつの間にか眠っていたみたいだ。
顔を上げて肩をたたいた人物に目を向けると、司書さんだった。

『お迎えが来ていますよ』

異国の言葉で伝えられる。
入口に目をやると、愛しい君の姿だ。

『ありがとう』

ようやく使い慣れた言葉で返す。
結局、読みかけの本は進まなかった。
よいしょ、とお腹に手を当ててゆっくり立ち上がると司書さんが本を本棚に返してくれた。
ありがとう、ともう一度言って、入口で待つ君に駆け寄る。
こら、と怒られたけど、笑ってごまかして。

「なかなか帰ってこないから心配した」
「ごめん、寝ちゃってたみたい」
「疲れてるんじゃないのか?」
「ううん、今日はいい天気だったから。気持ちよくなっちゃって」

懐かしい夢も見たし、って言葉は飲み込んだ。
自然な動作で僕の荷物を取って、するりと握られる手。
幸せだ、とても。
きゅ、と手を握り返して君の肩に頭を寄せた。
早く生まれておいで、愛しい愛しい我が子。






恋の魔法は moonlight
夢で見るだけで so fantastic
2人照らす moonlight
めくるめく次の世界へ






























2011/03/27


[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ