小ネタSS

□僕が愛して君が憎んだ
1ページ/1ページ


『薩長だ!――錦の・・・御旗?』

薩摩と長州が、官軍?
ならば、あの方も?



――――――――

「密偵ですか?」

まただ。
また、僕はこの身を敵へ委ね情報を得る。
でも、それが僕の役目、・・・存在理由。

「そうだ。良いか、万が一にもお前の正体がばれようものなら自害せよ」
「はっ!この命に代えましても必ず」




「貴様、何者だ!」

数度に渡る密会、逢い引き。
いや、逢い引きではない。僕にその気がないのだから。
情報も得た。
そろそろ潮時か・・・。
そんな思いが過ぎった。
そんな中、僕は捕えられた。

「貴様、幕府の狗か!」
「・・・」
「答えろ!」

僕が何か話すとでも思っているのか?

「貴様!・・・もうよい、切れ」

ここで俺の命も終わる。
やっと終わる。
この汚れた身も・・・。

「待て」

振り向いた先には貴方様が居た。

「その者の処罰、私に任せてはくれぬか?」

その丁寧な言葉遣い。
微笑むと上がる頬。
凛と響く声音。
きっと、生涯忘れることはないだろう。


―――――――

「今、なんと?」
「そなたを、此処から逃がす」

虚けか、この男は。
敵の、ましてや密偵である僕を逃がす?
馬鹿馬鹿しい。

「そなた、此処から逃げ、二度と戦場へ戻るな」

益々馬鹿らしさが増す。
だが、それに比例するように知らない感情が生まれる。




「何処へ行った、あの餓鬼!」

敵の言葉など信じられるか。
僕は自力で逃げた。
逃げて
逃げて
逃げて

「待て!」

後ろから聞こえたのはあの響く声。

「そなた何故、何故私を待たずにっ」
「敵の情けなどいらない!」



―――――――

きっと、貴方様は僕を憎んでいるのでしょうね。
あの夜、僕が貴方様の手を拒んだ夜から。
あの夜、貴方様の顔が絶望を醸し出していた。
忘れられない。

きっと、僕の命は今日、此処で散る。
最期に貴方様に伝えたかった。

「僕は貴方様を愛していたようです」

僕は錦の御旗を眺め、そっと目を閉じた。
貴方様は、あの赤い旗の下に居られるのですか?


End


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ