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□君のいる日常 50
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「水月、頼みがあるんやけど」
「頼み?」
「あのな、学園祭あるやろ」
「青学の?」
「そうや。他に何があるねん」
「氷帝でもあるもん」
「それもそうやな。うん、うちの学祭」
「うちのだって。もうすっかり青学の人だね〜」
「悪いか、ふん」
「私も4月からなるも〜ん」
「待っとるでな」

っておい、俺は質問しとるんやで。

「頼みってなあに」
「あのな、学祭でな。『この読み』は毎年ブックカフェやっとるんやて」
「わあ、楽しそう!」
「うん、おいでな、って、やから違うねん」
「侑士がいつまでたっても本題に入らないんじゃない」
「それもそうなんやけど。それで、教えてほしいねん」
「ねえ『何を』が抜けてるからダメなんだよ」
「そうか。『何を』やな。ミルクティーの入れ方を教えてほしいねん」
「えっと、チャイ?」
「そうそう、それ」
「いいよ」
「ほんまか?」
「うん、それ出すの?」
「去年まではな、コーヒーとカフェオレと普通の紅茶やったんやて。でもな、俺が水月のミルクティーが美味いって言ったらな、それ出したい言うてんのや」
「いいよ。でも、コンロとかあるの?あれはお鍋使えないとできないよ?」
「あるよ。ちゃんと借りてやるからそれは大丈夫や」
「だったら、レシピ書けばいいのかな」
「うん、そうなんやけど、できたら実際に教えてほしいんや」
「青学に行って教えるってこと?」
「そうや。うちの部室にも小っちゃいコンロあるの知ってるよな。あれで実際にやって見せてほしいねん」
「えっと、それじゃあいつ行けばいいのかな」
「今週の土曜日とかでどうやろ」
「うん、分かった。土曜日ね」
「みんな午前中は授業なんかがあるから午後来てくれればええねん」
「うん、何だか楽しみ〜」

夏も終わって、水月は順調に予備校通いをこなしとる。
もっとばてるかなと思ったらそうでもあらへん。
結構友達もできてるみたいや。
もちろん女の子やで。
まあ、俺が毎回迎えに行っとるのに友達になろうなんて言う無茶をする男なんておらんわな。
もしおったって即却下やけど。
由衣ちゃんの取材も始まっとって、そっちも楽しそうにやっとるよ。
でもなあ、今年の目標は「シーズンが終わるまでにスケートができるようになる」ことらしい。
由衣ちゃんに無理矢理やらされとるんやけどな。
「そんなに文句言うならやってみなさいよっ」「やってやるっ」ってことらしい。
訳分からん。
跡部もあきれとる。
「結局、水月と長い時間一緒にいたいんじゃねえの」とか言っとる。
毎回練習の後に水月をしごいとるんよ。
水月にスケートは無理や思ったんやけどな、でもこれが意外とできるもんでびっくりや。
スケートって運動神経いらんのやろか。
そんな訳ないよなあ。
かなえちゃんに言わせれば「手に物を持ってないからじゃないのかな」やって。
まあ、確かに手には何も持っとらんね。
道具があると極端にダメなんやから。
もうかれこれ1ヶ月くらいやっとるけど(それやって週1やからなあ)こないだは後ろ向きに滑れとった。
由衣ちゃんもちょっと驚いとって「1回転くらいならできるようになるかも」やて。
まさかなあ。
それはないやろ、それは。
でもな、水月な、あざだらけやで。
可哀想になあ。
でも、きゃ〜とかわ〜とか言いながらやっとるんはすっごい可愛いから俺的にはなかなかの時間や。
「先輩、もうそろそろ水月見ながらそういう顔するのやめたらどうです?」ってかなえちゃんに言われたけど、やめません、はい。
で、俺は今、青学の前のバス停におる。
例のミルクティーの一件で水月が来るから待っとるとこ。
あ、水月な、新聞部は引退してん。
ま、ちょくちょく顔出しとるみたいやけどな。
3年ふたりで、チェックしてやっとるみたいやね。
そりゃそうやな。
1、2年だけじゃ、いきなりは難しいもんな。

「侑士〜!」
「走ると転ぶで」
「毎回言わなくていいよ、もうっ」
「やってほんまに転ぶやん」
「ふんっっだ」
「昼飯は?」
「まだ」
「なら、一緒に学食行こか」
「いいの?」
「もちろんや」
「わ〜い」
「勉強はちゃんとしたんか?」
「したよ。あ、ちょっと分かんないとこあったから持ってきちゃった」
「なら、飯食いながら見たるよ」
「はいっ、お願いしますっ」

しゃきーん、やて。
もうやめてやあ。
もうこれ以上可愛くなんのはやめてくれ。

「あれ、水月ちゃんだ!」
「裕美ちゃん!」
「今日はどうしたの?」
「えっとね、なんて言ったらいいのかな」
「『この読み』でちょっとな」
「そうなんだ。あ、今日はカフェオレなんだ」
「うん、そう」
「今日はどうだったの?」
「はずれ〜」
「あら、残念ねえ、忍足くん?」

俺が時々わざとはずすのを知っとる小野寺がいたずらっぽく笑っとる。
言うなよ、お前、絶対に言ったらあかんで。

「これからお昼?」
「そうや。お前も一緒に行くか?」
「あ〜、残念だけど今日は無理。バイトなんだ」
「そうか。なら、また来週な」
「うん、じゃあね。水月ちゃんもまたね!」
「うん、ばいばい」
「何食べる?」
「えっと・・・これ美味しい?」
「ん?あんかけ焼きそばな、結構美味いんやない」
「じゃ、これにする」
「なら俺は・・・今日は定食にするかな」

最近気づいたんやけど、水月って粉もん好きやねん。
麺類は全部好きやろ、ホットケーキとかお好み焼きとかも喜ぶし、パスタ、パン、こういうんが好物やねん。
今日もあんかけ焼きそばをぱくぱく美味そ〜に食っとるんがこれまたなんとも幸せそうでなあ。
学食がバラ色に見えるんは気のせいやろか。

「それで、何が分からんかったん」
「あのね、これ。この問題」
「また、いつものやで」
「え、ホント?」
「よく見てみ」
「え〜っと・・・いつものなんだったら・・・こっちから考えればいいんだから・・・あ、分かった。こう?」
「そうや。ちょっと見て『分からん』って思ったらダメなんやで。もうちゃんとできるんやからよ〜く見ればええんや」
「うん、そうなんだけど、なんかもうやだ、って思っちゃうんだよね〜」
「そんなこと言っとるとここに来れんで」
「それはもっとやだ」
「なら、必ずよ〜く見ること」
「は〜い」
「楽しそうね〜」
「あ、麗子さん、こんにちは」
「こんにちは。私もいい?」
「はい、どうぞ」
「何それ、数学?」
「はい、家でやってたら分かんなくて」
「カテキョだもんねえ。しかもカテキョの家に教え子が泊まり込んでるって、なんだかちょっと背徳な感じ〜」
「そうですよ。カテキョと教え子の恋実践中ですねん」
「あはは、それ自分で言う?」
「はい、言っちゃいます」
「やだなあ、侑士、やめてよ」
「そうだ、水月ちゃん。今日はごめんね。変なことお願いしちゃって」
「全然大丈夫です。ブックカフェって私も来ていいですか?」
「もちろんよ。だいたい忍足くんが呼ばない訳ないし」
「そうだった」
「でしょ?」

俺らは3人で昼ごはん食べてから部室に向かった。

「今日は3年生は?」
「えっとね、まどかちゃんは来られるって」
「就活も大変そうですよね」
「ホントよねえ。私は大学院に逃げちゃったけど」
「いや、大学院に行くのは逃げちゃうでしょう」
「沖くん見てたら、偉いと思ったわ」
「沖さんは就職するんですか?」
「うん、結構一流企業よ」
「会社員になるんだ」
「そう。社内報を作るって張り切ってるのよ。訳分かんないでしょ」
「あはは、おかしい〜」
「変よねえ」
「うん、変」
「誰が変なんだよ」
「あら、いたんだ」
「すいません」
「ああ、水月ちゃん、いいんだよ。悪いのはこのお姉様だから」
「なんや、これほどお姉様ってのが似合う人もおらんのやないかな」
「それは褒め言葉として受け取っていいのかしらね」
「いや、できればそうやない方が」
「忍足くんっ」
「忍足も言うようになったなあ」
「いつまでもやられっぱなしでも何ですやろ」
「そりゃそうだ」
「あの、そろそろ・・・」
「あ、そうね。それをやんなくちゃ水月ちゃんに来てもらった意味がなくなっちゃう」
「えっと、じゃあ、これが一応レシピです。まず私がやってみますね」

それから水月は実にてきぱき説明しながらお茶を入れてみせた。
いつもの別人28号やね。

「えっと、これって誰がやるんですか?」
「全員やると思うな。何しろこれしかいないんだから」
「大変じゃないですか?」
「うん、だからOBOGが手伝いに来てくれるんだよ」
「うわあ、楽しそう。あ、っと、じゃあひとりずつやってみますか?」
「うん、そうしよう。じゃ、俺から」

それから水月は根気強く全員に教えてた。
もちろん俺にもな。
俺ん時はな、ちょっとだけ、俺にだけに分かるように甘えとった。
まったく可愛いんやから。

「水月ちゃん、これホントに美味しい!」
「ホントですか?あ、これね、安い茶葉でいいんですよ」
「そうなの?」
「はい。でも牛乳はけちらない方がいいです。薄くなっちゃうと美味しくないですよ」
「なるほど。まどかちゃん、書いといてね」
「は〜い」
「あとは何かある?」
「お菓子とかは出さないんですか?」
「うん、出さないの。本が汚れるのも困るしね」
「あの・・・だったら、ちっちゃいお菓子をカップの横に置くのはどうですか?」
「ちっちゃいお菓子?」
「きのこの山とかをちょこっと。あれ、手が汚れなくていいんですよ」
「あ、そうか。クッキーついてるもんね」

そうなんか。
水月がきのこの山を好きんなったのは、それでなんか。
本を読む時に手が汚れんのやね。
水月らしいよなあ。
ほんま、まだまだ知らんことあんねんなあ。

「麗子さん、きのこの山やりましょうよ。可愛くていいかも」
「うん、そうね。ちょっとお菓子もあれば嬉しいもんね」
「水月ちゃん、他にも何か気になることある?」
「えっと、最後には本を売るんですよね?」
「忍足に聞いたの?」
「はい」

そうなんや。
店に置く本はみんながもういらん本を持ち寄るんや。
そして最後にそれを読みたい人に買ってもらう。
もちろんやっすいんやで。

「お茶飲んだ人が買えるんですよね。それって何で証明するんですか?」
「レシートをね、持ってきてもらうんだよ」
「お菓子を置くものを紙で作ったらどうかなあ。大変かな」
「どんなのかな」
「色画用紙みたいなのを、このくらいに切って」

水月はノートを取り出して掌に乗るくらいの大きさにちゃちゃっと切った。
それにまたまたちゃちゃっとペンで「KONOYOMI」って書いてみせた。


「何かこんな風にお店の名前とか書いて、それに最近スクラップなんかに使う紙を型抜きするの、えっと、分かりますか?」
「分かる分かる」
「それで逆に透かし模様みたいにしたりしたらどうかな。レシートより可愛いし、なくしにくいと思うんですけど」

びっくりや。
水月って、こういうこと思いつくような子やったんか。
そう言えば高校でも張り切ってやっとったっけ。
ほんま、俺はまだまだやわ。


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