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□君のいる日常 75
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「水月、少しは落ち着け」
「だって、勝てるかもしれないよ!この試合!勝てるかも!」
「そりゃそうやけどなあ。お前がそこでぴょんぴょん跳んだところで手塚には何も伝わらんよ。下の部屋の人には伝わるやろけどな」
「えっ・・・!?どうしよう、怒られちゃうかなあ」
「さあなあ、分からんなあ。怒鳴り込まれるかもしれんで?」
「え〜、どうしよう?ねえ、どうしよう?」

おもろいわあ。
水月をからかうのはほんまにおもろい。
あんな、今、テニス見てるんよ。
詳しく説明するとやね、テレビで手塚の試合を見とる。
全仏の予選なんやけど。
もうひとつ勝ったら本選やねん。
去年は四大大会ではあと一歩ってとこで何度も本選逃してなあ。
そのたんびに水月に怒られとったわ。
手塚がやで?
あの手塚が怒られるて、そうそう見られるもんでもないで。
俺はほとんど見てたけど。
やってだいたいここで電話で怒っとるんやもん。
全米は直に怒っとったけどな。
「せっかく見に来たのに、ダメじゃないですか、負けちゃ」やて。
別に手塚を見にアメリカに来た訳やないやろ、っちゅうねん。
俺んとこに来たついでに手塚の応援に行ったのに、さも「手塚さんのために来た」みたいなこと言うて。
まあそこら辺は手塚にやってばればれやったけど、手塚は水月に甘いからな。
あ、手塚「も」か。
俺は手塚なんか目じゃないわな。
そう、それでな。
今年は全豪はもう終わってしもて、これまたあと一歩やった。
それやもんで、水月の気合いが半端ないねん。
いや、なんか勝ちそうなんよ、今日は。
俺が見てても今日は行けそうな気がするねん。
で、水月はテレビに向かって大声援を送っとる訳や。
ついに立ち上がってしもて、ぴょんぴょん跳び出したってとこやね。
ほいで、さっきの会話や。

「うそや。大丈夫や。下の人はそんな人ちゃうやろ。どかどか音がしても『あ〜、あの子が暴れてるな〜』くらいにしか思わんよ」
「暴れないもんっ」
「見てへんのやから、そう思うかもしれんで」
「やだ〜困るよ、それ〜」
「なら、大人しく応援しなさい」
「うん・・・」
「なんかご不満でも?」
「だって、興奮しちゃうんだもん」
「しゃーないなあ。なら、こうしたげましょかね」

立ち上がって水月んとこに行って、抱えてソファに座ると、「きゃあ」とか言って喜んどる。
顔は見えんけど、すっご〜く喜んどる。

「ダメだよ、侑士。お仕事中でしょ」
「大丈夫や。来月のやからまだまだ余裕やから」
「本当?」
「ああ、本当。今月分はこないだ終わしたやろ?」
「そっか。じゃあ、こうしてたい」
「ほんまは最初っからこうしたかったんやないの」
「そんなことないよ」
「ふ〜ん。その割には嬉しそうやね」
「ソンナコトナイヨ」
「棒読み過ぎや」
「最初っから思ってた訳じゃないけど、こうやってテレビ見るのが一番好き」
「素直でよろしい」
「侑士だって好きなくせに」
「そんなことはないで。ひとりで座っとる方がよく見えるでな」
「ひどいよ」
「あれ、泣くなや。こんなつまらん冗談で泣くな」
「泣いてません。もういい。降りる」
「あ、うそや、うそっ。降りんで。なあ、降りんで、降りんでや」
「最初っからそう言えばいいんですよ?」
「可愛ないな」
「ふふ〜んだ」
「休憩終わったで」
「あ、ホントだ!手塚さ〜ん、頑張れ〜!」

手塚、すまんな。
お前はほんまに真剣に試合しとんのに。
俺と水月はこんなんで。
毎回やでなあ。
手塚の試合ん時は結局毎回こうなってまうんや。
なんや最近、手塚に会うと申し訳なくなってまうねん。
こないだも会うなり、「手塚、すまん」なんて口走って変な顔されてしもた。

「勝った〜っ!すごいよ、ね、すごいよねっ!」
「分かった、分かったからそんなに暴れるな。さすがの俺でも足、痛いで」
「わ〜ごめん、ごめんなさい。大丈夫?ねえ、大丈夫?」

振り向いて大慌てや。
別にほんまはそんなに痛いことないねん。
手塚、ほんまにすまん。
許してくれ。
でもな、俺の幸せも長くは続かんのや。
あ、ほら。
俺の幸せを邪魔する電話や。

「あ、手塚さんだ!」

水月が俺の膝から降りて携帯に手を伸ばす。
俺もソファから下りて、水月を抱え直す。
すぐにでも取り上げたいとこやけど、半分取材も兼ねとるからそうもいかんねん。
毎回や、毎回。
ほんまにあいつ、すぐに電話よこすねん。
やっぱり、あいつにすまないなんて思うのはやめにしよ。
おあいこや。
それにしても、なんでこんなに楽しげに話すんやろか。
俺以外の男と話してな〜にが楽しいねん。
あ〜気に入らん。
気に入らんで〜。
しかもいつの間にか雑談や。
これも毎回や。
テニスの話なんてほんのちょっとなんやで。

「テニスやってみたくなっちゃいました」

テニスやりたい?

「うん、ホント。やってみたいなあ」

なら、俺が・・・

「わあ、ホントですか?手塚さんに教えてもらえるなんて、すご〜い」

な、ん、や、て?
なんで俺がおるんに手塚に教わるねんっ。
こらっ、俺がおるやろ、俺がっ。

「じゃあ、今度日本に来た時に教えてくださいね?」

な〜にが、「ね?」やっ。

「え?あ、免許?取れましたよ!信じられないと思うけど結構上手です、私」

今度は免許の話かい。
そんなんや。
水月はメカ好きの本領発揮で、あ〜っさり取ってしもた。
車庫入れも縦列もばっちしやねん。
跡部んちでやらせたら(ほら、あいつんちは教習所並みの広さやろ)ほんまに上手くてびっくりやった。

「運転ですか?全然してないです〜」

当たり前や。
そんなん危ないやろ。

「運転しちゃダメ、って言う人がいるからぜ〜んぜんできないですよ」

なんや、俺か?
俺があかんのか?
上等やな。
ふん、絶対にさせたらんからな。
ひとりで運転なんて一生させたらんっ。

「あはは、分かりました〜。じゃあ、本戦も頑張って勝ってくださいね!予選通過で終わっちゃダメですよ!」

「はい、じゃあまた〜」

ようやく終了かい。
まったく、ムカつく・・・って、なに肩震わして笑っとんのや。

「何がそんなにおもろいねん」
「あはは、ダメ、もうおかしい〜」
「だから、なんやて聞いとんの」
「侑士、ぷるぷるしてるんだもん〜」
「ぷるぷる・・・」

水月が腕を伸ばして携帯をテーブルに置くと、俺の腕ん中でくるっとこっちを向いた。
「死にそう〜」とか言いながら笑っとる。

「テニスやりたいのはホントだよ?なんだかやってみたくなっちゃった」
「さよか」
「教えてね」
「へ?」
「教えてね、侑士」
「手塚に教わるんやないん」
「うそに決まってるじゃん。手塚さん、『そんなに忍足をいじめるな』だって」
「・・・・・・・・」
「教えてくれないの?」
「・・・・・・・・・教えたる」
「わ〜い。ね、ホントだよ?ホントに教えてね?」

かなわんなあ。
この俺がここまで遊ばれるやなんて。
あ〜あ、惚れた弱みってのは、まさにこれやで。
ま、ええんやけど。
どこでやればええかな。
それこそ跡部んちでええわ。
しかしなあ。
なんで急にやりたなったんかな。
今までそんなん言うたこと一度もなかったんに。
でも可愛いやろな。
そうや、う〜んと可愛いウェア買うたげよ。
当然スコートや。
うん、そうしよ。
あ〜今からめっちゃ楽しみや〜。

「侑士、なに笑ってるの?」
「ん?何でもないで」
「へ〜んなの〜」


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