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□君のいる日常 78
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俺と水月はただ今、リビングで正座して向き合うてます。

「本日、無事に終了いたしました。いろいろとありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして。本当にお疲れ様でした」

ついでに両手をついて深々とお辞儀する俺ら。

「ぶっ」
「あははっ、なんで〜」
「なんでて、お前が始めたんやないかい」
「だって侑士が乗るから〜」
「まあどっちでもええわ。おいで」
「うんっ」

水月が思いっ切り抱きついてくる。
そうなんや、今日終わったんや。
高校テニスの原稿が今日上がった、っちゅうこと。
俺は水月を抱きとめたまんまで床に寝っ転がる。
今日もちくわは俺らをガン無視しとる。
あいつ、ここんとこ生意気やねん。
前はどんな時でも周りをうろちょろしとったくせに、最近は俺らがいちゃいちゃしとる時なんかはこっち来んのやで。
犬のくせに生意気や。
ま、べつにええけど。
水月に集中できてかえってありがたいもんな。

「今年は大変やったなあ。毎年夏は大変やけど、今年は特になあ」
「由衣ちゃんのがあったからね〜。あれはホントにちょっと予定外だったよ」
「ほんまやで。7月の後半なんていつもの半分も寝とらんかったんちゃう」
「う〜ん、もっと寝てない気もする〜」

そうなんや。
もうほんまに凄まじかった。
やってなあ、全部やるんやもん。
普通は「書く」だけやないのかな。
それを、写真を選ぶとこから始まってしまいにはレイアウトまで自分でやり始めて。
さらには、そのレイアウトに合わせて書き直し始めたんやで。
ええ加減にせえよ、って感じやったわ。
もちろん言ったって無駄やからほっといたけどな。
その代わり、俺は常に待機や、待機。
食わせる、寝せる、風呂入れる、たまにはホントにたま〜には休憩さす。
大変やで。
食わんし、寝んし、風呂なんか忘れとるし、休憩なんてもっと忘れとるんやから。
たぶんああいう時に水月の辞書からは休憩って言葉は消えとる思うわ。
俺だけやないけどな。
山中さん、内藤さん、関係ないのに井上さんまでいろいろとアドバイスしてくれて手伝うてくれて。
由衣ちゃんは、いつ水月から電話が来てもいいように寝る時も風呂入る時も跡部とラブラブな時も(これはほんまらしい。跡部があきれとった)片時も携帯を離さんでいたらしい。
かなえちゃんと日吉は時々様子を見に来ては、差し入れに持ってきたお菓子を自分らで食って帰ってった。
やって水月はそんなん食わんし。
ケーキやらなんやらを食わん水月なんて初めて見たな、うん。
跡部は由衣ちゃんとのラブラブを邪魔されても文句も言わず、たま〜に俺に電話してきて「早く終わらせろ」とか文句言っとった。
あれ、文句言っとるで。
でも、ほんま頑張ったと思う。
ああいう脇目も振らずに何かに集中してる水月ってな、不思議なんよ。
なんか違うねん。
いつもの可愛さとなんか違うのや。
痩せてまうからってのもあるんやけど、す〜っとな、顔のラインとかがす〜っとしてな。
顔のラインだけやないな、なんやこう、全体的な印象がす〜っとするねん。
俺な、そういう水月もめちゃくちゃ好きなんや。
普段の可愛い水月も大好きなんやけど、そういうす〜っとしてるんも大好きやねん。
ああ、ほんま大好きやっ。
で、それを終わらして、次は高校テニスや。
これがまたなあ。
ほんまにもう、プロテニスももうちょっと考えろって感じやで。
今年は大変やって分かっとるのに、なあ。
ページ倍増どころやないんやもん。
なんやあれは。
ジャージくんのページは今まで通りなんやけど、その他に全試合のレポートやで。
おい、無理やろ、それは。
全部見れる訳ないやんか、そんなん。
でな、どうしたかって言うと、ちょこちょこ全部見るんは今年もやっとって、見れん部分はビデオや。
後でそれ見て書いたんや。
もちろん、それはきっちり断った上で書いとったよ。
そうそう、そのビデオ撮ったんがな、OB連中や。
もう誰がやるかで大もめやった。
結局一番上の世代(つまり俺ら)がその権利は奪い取ったけどな。
プロテニスの方からはバイト代出すなんて話もあったんやけど、そんなん誰もいらん言うて。
当時の部長連中から始まって、言ってみればかつてのスター軍団があっちゃこっちゃでビデオ構えてんのや。
華やかなんてもんやなかったで。
手塚までやるとは誰も思わんやろ。
でもあいつはやっとった。
実に生真面目にやっとった。
さすがに水月が心配して「この後、全米なのにいいんですか?」って聞いたらな。
「そんなこと考えるんだったら初めから来ないだろう」なんて、思いっ切り手塚らしく答えて。
そしたら「でも、結局ウインブルドンで1回戦で終わっちゃったから来られたんですよね」とかこれまた思いっ切り水月らしく言って。
それには「来年は来られないように努力する」やて。
お前ら、アホやろ。
しかしまあ、手塚と跡部が一緒にビデオ回しとんのなんて逆にそれを撮った方がええ、っちゅう光景やったわ。
かなえちゃんに命令されて日吉が撮っとったけどな。
かなえちゃんに頼んだのは俺やけど。
由衣ちゃんも今年はシリーズ戦休んどるから見に来てな。
あの子は学生スポーツってあんまり知らんのや。
せやからすんごく楽しそうに見とった。
羨ましいって言ってな。
俺はビデオ撮りには参加せんかったよ。
ずっと水月の傍におった。
いつもの通り、そんなに目立たんようにしながらな。
これは気を遣ってやらなあかん思てる。
中嶋水月に対する信頼感てのはもう出来上がっとる。
学生やとか女の子やとか言う奴はもうどこにもおらん。
でもな、やっぱりここはあくまでも高校テニスや。
そこは理解せなならん。
俺はちょっと離れたとこにおったけど、でも心ん中は水月のすぐ傍におったんや。

「侑士、寝ちゃったの?」
「お前と一緒にするなや」
「だってなにもしゃべんないんだもん」
「思い出しとったんや。すごかったなあってな」
「うん、すごかったね〜。先輩達がみんなでビデオ撮っててすごかった〜」
「そこかい、お前の『すごかった』は」
「違うの?だって、すごかったじゃん。幸村さんと真田さんが並んで座ってるとこなんて後光が差してたよ」
「あれはなあ、ちょっと怖いよなあ」
「うん、でも、おかしいよね。真田さんて絶対に幸村さんに逆らえないんだもん」
「あいつに逆らえる奴なんておるんか」
「いないか」
「おらんよ」
「って言うかさ、どこの部長さんにも逆らえない感じするけど」
「言えてるな。そうやな、ぜったいそうや。あいつらなんであんなに偉いんやろ」
「結局は仲良しなんだけどね」
「まあな。それにお前のおかげで学校飛び越えて仲良くなったしな」
「もともと仲はよかったじゃない」
「まあそうやけど、でもやっぱり普通のライバル関係とは違うようになった思うで」
「そうなのかな」
「そこは自信持ってええとこやで」
「そうなんだ。よく分かんないけど」
「ま、分からんとこがええんやけどな」
「もっと分かんないよ」
「ええのや、分かんなくて」
「侑士、」
「キスか?」
「あ〜、間違った〜」
「せやからそんなん意味ない言うてるやろ」
「もういいや。今日はやめる」
「なに言うとんの。俺はやめんからな」

そうや。
今日までどんだけ我慢したと思てるねん。
食う寝るだけやなくてぜ〜んぶ忘れるんやでな。
チュッもぎゅ〜もぜ〜んぶなんやから。
俺はちょこっと体を起こして水月を見下ろす。

「ほんまによう頑張ったな、水月」
「侑士がいっつも傍にいてくれるからだよ」
「そんなん当たり前やしな」
「うん」
「目、つぶらんの?」
「忘れてた」
「俺はどっちでもええけども」
「やだ、つぶる」
「なら、つぶって」
「うん・・・」

水月の顔の両脇に腕をついてそっと唇を重ねる。
水月の腕が俺の背中に回る。
なあ、水月。
ほんまに、ほんまに俺な、お前んこと好きやねんで。
好きで好きで大切でたまらんのやで。

「ちくわにガン無視されながらキスするってのもなんや変な気分やな」
「ホントに最近ちっくんは知らん顔するよね」
「生意気やな」
「ほ〜んと」
「それはそうと、明日やで」
「明日・・・?え、明日なの?」
「そうや、明日や」
「あ、そうか。今年は高校テニスのがいつもより時間がかかったから、」
「そうやねん。いつもやったら先週には終わっとるもんな」
「そっかあ。明日なのかあ。侑士、一緒に行ってくれる?」
「もちろんや。嫌やって言われても行くつもりやったよ」
「ドキドキしちゃうよ、どうしよう」
「大丈夫やって言いたいとこやけど俺も結構ドキドキしとるわ」
「じゃあふたりでドキドキしながら行こっか」
「そうやな」


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