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□君のいる日常 81
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「ただいま〜、ワイン買っちゃった〜」

水月が買い物から帰ってきた。
俺がちょっとノッてきた感じなんを見て、ひとりで行くて出かけたんや。
だいぶ体力的にも戻ってきとるから、俺もまあええかなと思ってな。
あんまり過保護なんもよくないし。
それにしても、ワイン買ってきたて・・・絶対買ってくるって思ってたんや。
クリスマスマーケットに行ってからこっち、ずうっと騒いどったから。
ホットワインが気に入ったみたいやねん。
ネットで作り方を探して、材料とかメモっとったからきっと買ってくるて思っとった。
あの顔で酒買えるんかちょっと疑問やったけど、無事買えたみたいやね。

「お前、酒、買えたんか?」
「失礼だな、君」
「なんや、その言葉遣いは」
「年聞かれたけど、免許証見せたからちゃんと買えた」
「・・・・・」
「なによ」
「それは買えんかった言うことや」
「買えたもん」
「免許証持っとらんかったらダメなんやろ」
「そうだけど」
「それは買えんかった言うことや」
「うるさいな」
「で、ワイン以外はちゃんと買うてきたんか」
「買ってきたよ。えっと、豚肉でしょ、白菜でしょ、それから、」
「そんなとこで袋ん中ぶちまけんでええから、早よ冷蔵庫にしまえ」
「聞いたのは侑士じゃんか」
「はいはい、そうでしたそうでした」
「なによそれ〜」

最近ほんまに口が達者でなあ。
口答えしよる。
でも、それがめちゃくちゃ可愛いねん。
今も後光が差しとるくらい可愛いで。

「ねえ、侑士。明日からの準備した?」
「ん?これからや」
「荷物一緒にするの?」
「そうやなあ。俺のおっきめの方のキャリーにふたり分入れてくか。入らん分はバッグに入れて水月が持つ。小さいキャリーでもええし。これでどう?」
「分かった。じゃあさ、私の荷物は準備してみるから後で入れて」
「ええよ。あっちの部屋置いとき」
「は〜い」

明日から全日本選手権なんや。
大会そのものはもう始まっとるんやけど、女子のシングルが明日からやねん。
水月は今回は由衣ちゃんの友達として応援に行く。
行ってもええもんか結構迷ったんやけどな。
先生もさすがにちょっと慎重になっとった。
もちろん水月は行きたいって言うとったし、行く気満々やったけど、ただな。
今回の件は元を正せば小さい頃からの積み重ねやってことやけど、直接的に引き金引いたんは、もろにスケートやろ。
それだけやなくて、行けばあいつもおる訳や。
あいつや。
いらんこと言うたあいつ。
さすがにあいつも最近ではしおらしくなっとるって内藤さんが言っとるけどもなあ。
それでも、会場に行ってそいつを見かけたりして、それだけやない。
そもそも自分の居場所やったそこにお客さんとして行くのはどうなんや、ってこと。
由衣ちゃんですら「絶対に無理させないで」って俺に電話してきたくらいや。
もっとも水月には「ものすっごく清々しく練習できてるのよね〜」とかメールしてきて怒らしとったけど。
あまのじゃくなんや、由衣ちゃんは。
ほんまは寂しいてならんのに、そんなことばっかり言うとるんよ。
跡部もあきれとる。
でもかなえちゃんに言わせれば「あれは由衣ちゃんなりの水月へのエールだ」って言うんやな。
「早く戻ってこい」ってことだって。
それもそうかもなって思うわな。
あのふたり、由衣ちゃんと水月は戦友やから。

「侑士、荷物できた」
「うん。後で入れたるからな」
「うん、お願いします!よし、それじゃこれやっちゃおっと」
「それなんやの」
「えっとね、カード」
「それは見れば分かるけど、何を書いとんの」
「内藤さんとか、カメラマンさんとかライターさんとかに書いてるの」
「ふ〜ん。御礼ってことか」
「うん、そう。快気祝いはお父さんが送ってくれたけど、直接渡したいなって思って」
「あいつにも渡すん」
「うん、渡すよ。だって名前入ってたってことは、お金出してくれたってことでしょ」
「それはそうやけど」
「そういう感情論はいけません」
「生意気言うて」

そうなんや。
いつもリンクで一緒に取材しとる人達がみんなで御見舞いくれたんよ。
内藤さんが代表で持ってきてくれたんやけどな。
あったかそうな膝掛けと帽子。
はっきり言って必需品や。
ほんっまに寒いんや、スケートリンクってのは。
実際、あそこに何時間もおるんは体に悪いんやないかって思うくらいやもん。
まだあんまり元気やない頃やったから、それ見て「これ使えるようになるかな〜」なんてつぶやいとった。
今になってみれば来年は確実に使えると思うけどな。
そこにあいつの名前も入っとった訳。
あいつがそこにどういう気持ちで名前を入れたんかは分からん。
でもな、やっぱり俺はあいつを許されへん。
どんなに反省してもやっぱり嫌や。
俺は許したくない。
そういうのが顔に出とったんやろな。
後で内藤さんに言われた。
「気持ちは分かるよ。俺だって複雑なんだよ。でも、フリーってね、大変なんだってのも分かるんだ。だからここに誘った。嫌だろうけど、分かってもほしい」って。
分かるけども分からん、いや、分かりたない。
それが正直な俺の気持ちや。
今でもそうや。
でも水月はその名前見て、素直に喜んどった。
ほんまにどこまでええ子なんかな。
ま、そこがよくてここまで惚れとんのやけどな。

「ずいぶんきれいに書いとるなあ」
「だって暇なんだもん」
「冬休みの課題はやっとるん」
「あれ〜、急に耳が聞こえなくなったみたい〜」
「まったく。後で死ぬで」
「後で死ぬからいいの。今は暇なの」
「ほんまに口が減らんな」
「ひひゃ〜い」

ほっぺたをむに〜って引っ張ってやった。
痛い痛い言っとるけど、かなり嬉しそうやで。
俺んことぽかぽか叩いとる。

「痛いなあ、赤くなっちゃうじゃん」
「口が減らんからあかんのや」
「口はずうっと1個しかありません〜」
「ほんまにな、そんなことばっかり言うてるとお仕置きするで」
「お仕置きってなに?」
「ん?口きいてやらんの。減らず口がなくなるまで口きかんの」
「え〜、やだ。そんなのやだよ。もう言わないから、ねえ、もう言わないから」
「ほんまに言わん?」
「うん、言わない」
「ならお仕置きはなしにしよ」
「でもさ、口きかないなんて侑士の方が先に根を上げそうだよね」
「お前なあ、ちっとも分かっとらんようやね」
「あ〜、ごめんなさい。もうしませんっ」
「まったく」
「ねえ、もう書かないの?」
「うん、今日は終わり」
「じゃあ、これ手伝ってくれる?」
「ええよ。なにすればええの」
「このカードと、こっちの飴とチョコをこの袋に入れてしばるの」
「さしずめ俺はしばる係やね」
「なんで?」
「やって、こういうの下手くそやんか」
「できるよ。侑士にだってこういう風にしてあげたことあるじゃん」
「まあなあ。でもお世辞抜きやと、ちょっと問題ありやったで」
「そんな風に思ってたんだ。あ〜私、今すっご〜い傷ついた〜」
「面白すぎやで」
「傷ついたの。今、すっごい傷ついたの」
「はいはい、ならな、これで元気になってな」

じたばたしとるんを捕まえて、唇にチュッてしてやる。
途端に、にこ〜って。

「変わり身早すぎやで」
「だって〜。えへへ〜。嬉しい〜」
「なんでこんなんがそないに嬉しいねん」
「今日朝1回しかしてなかったから」
「そうやった?」
「そうだよ。それも私から『おはよ』ってしただけ」
「ほんまか?」
「ほんまです」
「信じられんのやけど」
「だって朝起きた時からずうっとたぶん考えてたでしょ?それで朝ごはん食べ終わったらすぐに机に行っちゃったし」
「あちゃあ、そうやったんか。ごめんなあ」
「だから私はひとりで寂し〜くお買い物に行ったのです」
「気がつかんかったわ。言うてくれればよかったんに」
「そんなの言わないよ。それにホントに寂しかった訳じゃないよ?冗談だからね。気にしたりしないでね?」
「アホ。そんなん分かっとるわ。そんな心配せんの。よし、ならお詫びしてやるから、こっちおいで」

水月を抱き上げて膝の上に乗せてやると、「お詫び〜」とか言いながら俺の首に抱きついとる。
「気にするな」とか言うてるけど、ほんまは寂しかったんやで。
そういう時に、俺に声かけるとかできんから。
俺は水月が夢中になっとる時はそれ見てるだけで楽しいから寂しいとかは思わんし、場合によってはちょっかい出して嫌がられたりするくらいやから何ともないんやけど。
水月はそんなことできんねん。

「ごめんな。ほんまは寂しかったんやろ。一緒にいるのに一緒やないみたいなの好きやないんやもんな」
「そんなことないよ。大丈夫。平気」
「本当は?」
「本当?」
「ん、本当」
「ちょっとだけ寂しかった」
「そういう時はな、俺みたいに背中にくっついてきたりすればええねんで」
「そんなことしていいの?」
「ええに決まっとるよ」
「でも、書いてる時の侑士って、すっごく集中してるから、」
「しててもええのやて。やって、水月かまいながら何かするんは俺の一番の特技やろ」
「うん、でも・・・」
「なあ、そういう時な」
「うん」
「俺は集中しとるんやろ?」
「うん」
「せやったら、水月から声かけてくれんかったら分からんのやないん」
「うん」
「ちょっとそういうの苦手やろうけど、心ん中で『寂しい』とか思っとって、またそれが溜まってしもたら困るやろ」
「うん、やだ、困る」

泣きそうな顔して。
アホやなあ、ほんまに。

「せやったら、今度からはちょっとだけ頑張って声かけてな」
「うん、分かった」
「約束やで?」
「うん、約束する」
「じゃあ、ほら」

俺がぎゅって抱きしめてやると、俺の胸に頭をとんって当ててじっとしとる。

「侑士」
「なに?」
「大好き」
「知っとるよ」
「じゃあ、これしばる係やって」
「はいよ。ほな、晩飯までにやってまおうな」
「うんっ」

水月がカードと飴とチョコを袋に入れる。
俺が袋の口をリボンでしばる。
ちくわがちょっかい出して怒られる。
楽しいな、水月。
まだちょこっと難しいんやろけど、思ったことは全部言ってええんやからな。
心ん中に溜めてはあかんのやで。

「できあがり〜っ」
「可愛くできたな」
「うん、ありがとね。やっぱり私より上手だ」
「当たり前や。お前より下手な奴はそうおらへん」
「お仕置きするよ」
「どんな?」
「口きかないの」
「俺が朝1回しかキスせんかったて泣きそうやった子がよく言うわ」
「さて〜、夕ごはんの仕度しようっと」
「誤魔化すな」
「ちっくんもごはんにしようね〜」
「作り方分かっとんの」
「え?」
「今日の晩飯の作り方分かっとんのかって聞いとんの」
「鍋でしょ」
「その鍋の味付けとか知っとんのかって聞いとんの」
「あ〜、また耳が聞こえない〜」
「ほんまにお前は、可愛いでっ」

いや〜とかきゃあ〜とか言っとるけど、そんなんおかまいなしや。
ほら、一緒に作るで。
そして一緒に食べて、一緒に片付けて、その後は・・・一緒にテレビでも見るか。

「水月」
「なあに?」
「俺ら、前より仲良しやて思わん?」
「うん、そうかも。もっともっと仲良しになりたいけど、もう無理かな」
「俺らに限界はないんやない」
「そだね〜。侑士、私のこと大好きだもんね〜」
「それはこっちのセリフやろ」
「私だよ」
「俺や」

ちなみに今日の晩飯は白菜と豚肉の鍋や。
辛子醤油で味付けるとな、ほんまに美味いんやで?


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