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□君のいる日常 82
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1年経ったんやなあ。
あ、いやな。
「LuRa」に書き始めて1年、ってこと。
なんかあっという間やった気がするで。
いろんなことがあったしなあ。
何と言っても、水月があんなことになったのは、ほんまに予想外やった。
まあでも、そもそも水月んことは全部分かっとるなんて思い込んどったのが大間違いの始まりやったんやけどな。
水月は強い、ってのも。
いや、水月は強いってのは間違っとらんかな。
強すぎて我慢しすぎてしまうんがあかんかったんや。
でも、あれがあって俺らは前よりももっともっと深〜いとこで分かり合えた気がしとる。
結果的にはよかったんやろな。
水月は今でも田村先生のとこに通っとるよ。
1月までは毎週行っとったけど、2月に入ってからは2週間に1回になった。
俺は一緒には行っとらん。
退院してすぐの時からひとりで行っとる。
心配やったけど、でもそこは、な。
水月が自分でやらなあかんことやし。
ただ、時々先生から連絡があって、電話で話しとる。
順調なんやて。
きちんと自分でいろんなことを整理して、心を立て直してるって。
俺から見ても、少し変わったて思う。
前ほど俺に「〜していい?」って聞かなくなっとる。
その代わり「こうしようと思うんだけど、どうかな」って言ってくる。
結論から言えば同じことなんかもしれんけど、少なくとも自分で決めてから聞いてくるようになった訳で、水月にとっては大進歩やと思う。
一緒に暮らしとったら自分が何かをしようと思った時に相手に聞くってのは、普通のことやもんな。
それにしても、こんなに暇そうな水月って初めて見たわ。
最初っからやったもんな。
俺と付き合い出した時から、もうほんまに1年中くるくるくるくる動き回っとって。
普通の女子高生やったとこも女子大生やってとこも、見たことなかったんかもしれん。
なんや、新鮮やねん。
普通に学校に行ったり、友達とおしゃべりしたり、お茶したり、買い物行ったりしとるんを見るんは。
今は学校は休みみたいなもんやからほとんど家におるけど。
ただなあ、いつものことやけど、超可愛いねんっ。
友達と買い物に行って帰ってきて、買うてきたもんを床に広げて、あ〜だこ〜だ説明するんやで。
もう、ほんまに可愛くてなあ。
買うてくるもんが俺のもんばっかやったりするんがこれまた可愛い。
自分のもん買え、って言ったら「だって『あ、これ侑士に似合うな、とか、侑士にちょうどいいな』ってすぐ思っちゃうんだもん」やって。
可愛いやろ〜?
せやから、俺は出かけるたんびに水月のもん買うてくるねん。
アホやって言えばアホやな、俺らは。
跡部に言われんでも、そう思うわ。
なんて考えてパソコンの画面見て、ぼ〜っとしとったんやけど。
あれ、水月がソファに寝っ転がっとる。
ちょっと前まで「専業主婦〜」とか言いながら掃除の真似事(あくまでも真似事やで。四角い部屋を丸く掃くのは変わっとらんから)しとったんに。
あ、最近の水月のマイブームなんよ。
「専業主婦」っていうキーワードが。
キーワードはキーワードでしかないんやけどね。
本人だけがそのつもりって言うか。
もちろん俺はそんなことは言わんよ。
水月のおらん時に掃除機かけ直したりするだけや。
それにしても頭でも痛いんかな・・・って、あ、そっか。
頭ちゃうか。

「水月、お腹痛いん?」
「あ、うん。ちょっとだけ」
「薬は?」
「飲んだんだけど、なんか今日はなかなか効かないみたい」
「ちゃんとあっためとる?」
「うん、カイロ貼ってる」
「そうか。なら、ちょっと我慢するしかないな。それに毛布も掛けんと寝てたら風邪ひくで」
「うん」
「夕方になってもまだ痛かったらもう一回薬飲んだらええよ」
「うん、そうする」

ま、いわゆる生理痛やね。
一緒に暮らしとれば、そういうことは隠しても仕方ないから、俺も毎回普通に分かっとる。
でも水月がこんな風に、寝っ転がったりするんはかなりつらいってことなんや。
水月は貴子さんに鍛えられとるから、滅多なことではこういうことで「つらい」なんて言わんし、「痛い」ってもほとんど言わん。
自分で薬飲んだり温めたりして終わりや。
貴子さんはああいう学問の先生やろ。
せやからな、最初の時から、中学生の頃やったらしいけどな。
そん頃から「そんなこと言ってたら、自分が損するだけよ」って言われてたんやて。
「女の子に生まれてしもたんやから、そこはしゃーない」ってのが貴子さんの持論やから。
女の子に生まれて得する部分もたくさんあるんやからって。
せやから、よっぽどやない限り水月がこんな風に表に出すってことはないねん。

「こんなことしてていいの?大丈夫?」
「大丈夫や。心配せんでええよ」
「おしゃべりしてもいい?」
「ええよ。なに?」
「もう1年だなって思ってたんだ」
「ああ、俺も今そう思ってたとこや」
「ホント?ホントにそう思ってたの?」
「ホントや。やっぱ俺らは心がつながっとるんやね」
「うん、ホント」
「跡部とかはバカにするけど、絶対間違いあらへんよなあ」
「うん、間違いないよ。絶対ないよ」
「自信満々やね」
「だって、そうじゃんか。でも侑士、ちゃんとできたね。1年、ちゃんとできたね」
「うん。水月のおかげやでな」
「そんなことないよ。侑士が頑張ったからだよ」
「もちろん俺も頑張ったけど、俺が頑張れるんは水月が傍におるからやから」
「そうだったら嬉しいけど」
「そうやで」
「うん。ね、来年て言うか、続けるの決まったの?」
「決まったて言うか『忍足くんが嫌じゃなかったらよろしくお願いします』て言われとるよ」
「嫌じゃないよね?」
「嫌やないよ」
「じゃあ、また1年書くんだね」
「そやね」
「違うお仕事来たりして〜」
「それはどうやろな」
「来そうな気がするなあ。だって最近お手紙も増えてるし」
「ま、そうなったら嬉しいけどな」
「うん。でも侑士、今年は4年生だからそっちも大変?」
「そうやねん。どっちかって言うとそっちちゃんとやらんとまずいやんなあ」
「侑士の場合、卒論なの?」
「ん〜、2つあるねん」
「え、2つやるの?」
「あ、ちゃうよ。そうやなくて卒論書くか、翻訳するかどっちかやねん」
「翻訳って?」
「なんでもええんやけど、1冊翻訳するんや」
「うわ〜、すご〜い。それにかっこいい〜」
「かっこいいて何やねん」
「だってかっこいいじゃん!1冊翻訳するって!」

目がキラキラしとるんやけど。
お腹痛いんはどっか行ってまったみたいやね。
よかったわ。

「ね、侑士は?侑士はどっちなの?」
「まだ決めてはおらんけど、たぶん翻訳の方かな〜とは思っとる」
「や〜、ホントかっこいい〜」
「何がかっこいいのか俺にはさっぱり分からんけど」
「いいの、かっこいいの。でもさ、難しそうだね」
「難しいなんてもんやないと思うで。先輩達も卒論の方が楽や、って言うてるしな」
「でも、翻訳なんだ」
「ん〜、卒論て性に合わんねん。学問て感じがしすぎやろ?もっと単純な方がええねん、俺は」
「何を訳してもいいの?」
「うん、自分の好きなんでええんやて」
「それも難しそうかも」
「せやろ?」
「出版されててもいいの?」
「それもOKや」
「ふ〜ん。そこから考えるのかあ」
「水月は何がええ?もし、俺が訳すとしたら何がええと思う?」
「え〜、そんなの分かんないよ」
「もしもでええから。ぱっと思いついたの言ってみてくれへんかな」
「ぱっと・・・じゃ、ホントにぱっとね」
「うん、ええよ」
「『その名にちなんで』」
「うっひゃあ、これまたすっごい『ぱっと』やなあ」
「だって思いついたのがこれなんだもん。でもね、侑士は今さ、ラブ・ストーリー書いてるでしょ」
「うん」
「その侑士があれを訳したら、どんな風に書くのかな、って思ったの」
「・・・・・・・・」
「侑士?」
「やってみようかな」
「え?ちょっと待ってよ。『ぱっと』思いついただけなんだから、ダメだよ、もっとちゃんと考えなきゃ」
「ん?もちろん考えるよ。考えるけど、俺、お前の直感は信じとるねん」
「え〜、やだ。ダメ、ダメだよ〜」

大慌てや。
可愛いなあ。
でも、俺、結構本気やで。
まあ、これ以上言うたら大混乱やろうから言わんどくけど。

「大丈夫や。ちゃんと考えるから、そんなに心配せんで」
「うん・・・ホントだよ?ちゃんと考えてよね?」
「当たり前や。ちゃんとやらな、卒業できんのやで」
「うん・・・あ、ね、携帯、」
「あれ、ほんまや。誰やろな」

机の上の俺の携帯が鳴っとる。
あ、スマホやねんけど俺と水月の間ではめんどくさいから、全部携帯で通しとる。
やってな、俺はもうスマホしか使っとらんけど、水月は器用に使い分けとるねん。
ほんま、こういうことはできるねんで、不思議でたまらんわ。
で、電話の主は柏原さんや。

「もしもし、忍足です。はい、どうも。順調ですよ。はい、あ、大丈夫です。出られます。はい・・・」

なんや話があるから出てきてくれ、やて。
せっかく水月とま〜ったりおしゃべりしとったけど、ま、しゃーないわな。

「柏原さん?」
「うん、なんか話があるんやて」
「出かけるの?」
「調子よくないんに、ごめんな」
「ううん、平気だよ、こんなの。病気じゃないもん、全然平気」
「そっか。なら、ちょっと行ってくるから、おさまるまで寝てるとええよ」
「うん、そうする」
「夕方までには帰ってこれるやろうから、夕飯の仕度とかはせんでええからな」
「うん、分かった」


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