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□君のいる日常 127
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「先輩、ちょっといいですか」
「なんや」
「あの、えっと、」
「お前は水月か」
「違いますよ」
「ならなんや」
「ちょっとここだと話しづらいんですけど・・・」
「なら、後にせえ。俺は可愛い水月を見とるんやから」
「結婚してもまだ言いますか」
「そんなこと言うと、ほんまに聞いてやらんで」
「あの、」
「冗談やて。お前がそないな真面目な顔して俺に頼み事なんて滅多にないどころか二度とない気がするで、聞いたるわ」
「すいません」
「せやったら、外へ出るか。ここやとどっから誰が出てくるか分からんでな」
「すいません」
「ええよ。コーヒーはお前のおごりな」
「はい」

高校テニスの会場で、珍しくっていうか、たぶん初めてものすっごく真剣な顔して日吉が俺に相談があるとか言うてきた。
もしかしたらこの後、雷とか鳴るんちゃうか。
ただ、どんな話かはなんとなく想像ついとる。
こいつがここまで真剣になるんはかなえちゃんのことしかないやろ。
いっつも俺んことバカにするけど、こいつやってかなえちゃんにぞっこんやねんで。
でもなあ、人に聞かれたない話、ってのはかなりのもんやな。
なんやろか。
ケンカしたんやろか。
でもそのくらいで俺に相談なんてするんかなあ。
あ、でもかなえちゃんが「別れる」とか言うてるとしたら、そりゃちょっと大変やわ。
うわ、どうしよ。
それは俺には荷が重すぎるで。
水月と一緒に聞くて言えばよかったかもなあ・・・

「コーヒーだけでいいですか」
「ん、ええよ。ホットな」
「はい」

日吉が自分のアイスコーヒーと俺のホットコーヒーを頼んで、こっちを向く。

「で、なんやの。かなえちゃんとケンカでもしたんか」
「何で分かるんですか」
「あのなあ。お前がそないに深刻な顔して『話がある』なんて言うたら、それしかないやろが」
「そうか・・・」
「まったく、何したんやお前」
「何もしてませんよ、先輩じゃないんですから」
「俺が何する言うねん。俺ほど自分の嫁さん命の男は絶対におらんわ」
「今は、でしょ」
「帰ってもええんやで。ほんまはお前の辛気くさい顔より水月の可愛い顔を見てたいんやからな」
「すいません」

コーヒーが運ばれてきて、日吉はそれを一口飲んで話し出した。

「かなえがおかしいんです」
「おかしい?まあ、あの子らはちょっとおかしいと言えばおかしいからなあ」
「そういう『おかしい』じゃなくて」
「分かっとるがな」
「・・・・・・・・」
「続きは」
「あ、はい。とにかくおかしいんです」
「せやから、どうおかしいねん。まだるっこしい奴やな」
「上の空なんです」
「上の空なあ。どの程度や」
「かなり、です。とにかく、俺と一緒にいても常に違うことで頭の中がいっぱい、って感じで」
「でもまあ、そもそもかなえちゃんの頭の中が常にお前でいっぱい、って気はしないけどな」
「それはそうなんですけど、でも、とにかく上の空なんですよ。食事してても仕事してても、」
「エッチしてても?」
「・・・・・・・・・・」
「図星なんか?」
「いえ、あの・・・」
「なんや、はっきり言え」
「はい・・・そういうこと、ないんですよ、ここのところ」
「・・・・・・・・・・」
「黙らないで下さいよ」
「やって、なんて答えたらええのか分からんのやもん。どのくらいそういうことがなかったら問題なんか、そんなん誰にも分からんで」
「それはそうですけど・・・でも、やっぱりおかしいんです」
「どんな具合に」
「やっぱり、俺だって、そういう気分になったりするじゃないですか」
「じゃないですか、言われてもよう分からんけど、まあな、お前かて健全な男子なんやし、そんなことにならん方がおかしいわ」
「でも、そうならないんです。上手く逃げられると言うか、かわされると言うか」
「なるほどなあ。なあ、日吉」
「はい」
「もう一度聞くで。お前、ほんまに何もしとらんのやな」
「してません」
「何もしとらんのに、かなえちゃんは上の空且つお前を避けとる、っちゅうことやね」
「そうはっきり言われると、悲しくなります」
「せやなあ。もし水月にそないなことされたら・・・ん〜、なんか結構されとる気がするのは気のせいやろか」
「気のせいじゃないと思いますよ。かなえが笑ってますから。『また水月がやきもち妬いてる』って」
「俺って何でこないにモテるんやろ」
「自分で言いますか」
「やってな、結婚したら前よりモテてる気がするねんで。どないなっとんのや。あれだけラブラブに結婚式して、取材まで受けて、やで」
「隣の芝生は、じゃないですか」
「そうなんやろけどなあ。そのたんびに可愛い水月にぷす〜って膨れられて、口きいてもらえん俺の身にもなれ、っちゅうのや」
「先輩は妬かないんですか。水月だって、かなりモテてると思いますけど」
「ん?まあな。確かにモテモテや。でもな、男と女って違うんや」
「?」
「あのな、確かに水月はモテる。それも超一流のスーパーアスリート達にな。ただ、俺のモテ方とは決定的に違うとこがあるねん」
「どう違うんです?」
「つまりや。水月を気に入る男連中は、ほとんどの場合、プライベートでは水月以上に大切な子がおるねん」
「ああ、なるほど」
「それに、どっちかって言うと、女の子としてというよりは、自分の最大の理解者として水月に惚れ込むからな」
「そうですね」
「で、かなえちゃんやな」
「はい」
「別れ話が出とったってこともないんやろ」
「ないです。むしろ逆です」
「そうなんか」
「すぐにってことじゃないですけど、そろそろちゃんと考えようか、って」
「それでなんで、そないなことになるねん」
「だから分からないんですよ」
「俺にだって分からんわ」
「・・・・・・・・」
「水月に出動してもらうか」
「そうですね・・・」
「できれば、そうしたくなかったんやろ?」
「はい・・・余計な心配させたくないし」
「その心配はいらんよ。大丈夫やて」
「そうかな」
「そうや。それに、何よりも大事なお前とかなえちゃんのことやで。黙っとった方が後で怒られるんちゃうの」
「そうですね。じゃあ、今日の試合が終わったら、」
「俺が話すで、心配いらん」
「あ、はい。お願いします」
「まあ、たぶんどうってことない思うで。女の子の機嫌はお天気と一緒で、どうにも分からんことが多いでな」

とは言ったものの・・・どうしたんかな、かなえちゃんは。
大体かなえちゃんて子は、そないな風に心ん中に何かを溜め込むタイプやない。
水月なら、ぷすって膨れて何を話しかけても口をきかんみたいになることでも、かなえちゃんなら、そのままはっきり聞いてくる思う。
「この人のこと好きなの?」とか、はっきりとな。
水月はそういうことをズバッとは聞けんから、ぷすってなってまうねん。
まったく・・・好きんなる訳ないのになあ。
どうやったら俺が他の女の子を好きんなるねん。
ほんまに、そういうとこはいつまでたってもアホやね。
でも不思議なんや。
さすがの俺かて、モテた話なんて水月にはせんのやで。
黙っとったら分からんやろ。
それなんになあ、何故かバレる。
俺が誰かに言い寄られてると、どんぴしゃでバレる。
何でやろ。
今度、聞いてみよかな。
そしたら対策が取れるかもしれんでな。
ん〜、でもぷすってした水月も超可愛いから、このまんまでもええかもな。
うん、ええわ。
このままがええ。


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