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□君のいる日常 128
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「侑士〜、助けて〜」

ま〜たSOSや。
今日何度目やろか。

「今度はなんや」
「ここ〜、ここが上手くできない〜」
「なら、俺がこう持っとればできるかな」
「うん、お願い〜」

水月な、無茶しとるねん。
無茶も無茶、大無茶や。
かなえちゃんのためにな、大無茶しとるねん。
日吉とかなえちゃんの結婚式は9月の終わりに決まってな。
跡部のホテルの教会で式を挙げて、レストランのパーティールームで披露宴の代わりの食事会をするんや。
かなえちゃんの衣装はな、なんと牧田先生が作ってくれることになった。
もちろん最初から作るんは日程的に無理やから、レンタル衣装用に途中までできとったのをかなえちゃん用にしてくれるんやて。
でな、そこで水月の無茶が登場するねん。
かなえちゃんのために何かしたいてあれこれ考えとったんやけど、そんな水月に牧田先生が「ベールを作ったらどうか」って言ってくれたんや。
でもなあ、他でもない水月なんやで。
それはいくらなんでも無茶やて、最初は本人も首を横に振っとった。
でも先生が、全部準備してあげるし、教えてあげるからて言うて。
それで水月も大無茶をする決心をした、んはええけども。
いやあ、それでもやっぱりこの子は水月なんやから。
高校テニスが終わってからずっと、仕事の合間を縫って先生んとこに通って教えてもろてたんや。
全米テニスの取材でアメリカに行っとる間も、レースの切れっ端をいっぱい持ってって練習してたんやで。
アメリカにはひとりで行ったんやけど、それこそどこにいても練習してたらしくて手塚が笑っとった。
「あれは一体何なんだ?」って。
説明してやったら、「らしいな。それなら、少し手伝ってやろう」なんて言うとって、後で水月に聞いたら、手伝うっていうか教えてくれたんやて。
どうやら手塚もそういうんは結構できるらしい。
「私の周りの人は、なんでこういうことできるのよ〜」とか怒っとったわ。
でな、ついに本番に突入しとるねん。
昨日今日と休みを取って、リビングでずうっとレースと格闘中。
先生んとこでやれば、って思うやろ?
でもな、ダメなんやて。
周り中、本職の人やて思うと緊張してしもて上手くできんのやて。
「だってさあ、下手くそすぎて恥ずかしいんだよ」らしい。
そんなん恥ずかしがることないんにな。
お前が人並み外れてこういうことが苦手なんは、み〜んな知っとるんやから。
でまあ結局、家でやっとるんやけど。
やり方は分かっとるし、俺がおるからええんやて。
まあそりゃな、俺も先生んとこには何度か付き合うたから、やり方は分かってるねん。
せやから、さっきみたいに時々SOSが届く訳。
縁取りの飾りが難しいんや。
それで時々・・・

「侑士、助けて〜」
「またかい。今度はどこや」
「今度はこの小っちゃいお花を付けるんだけど、ベールが柔らかくて上手くできないの」
「押さえながらやればええやろ」
「それができたら苦労しないよ」
「そうやった」
「どういう意味」
「ここにいる子は中嶋水月なんやった」
「何それ〜、っていうか、間違ってるしっ!」
「あれ、ごめんなあ〜」
「酷いよっ!間違えるなんてっ!しかも、それって前の前の苗字じゃんっ!」

くくっ、あははっ。
顔、真っ赤にして怒っとる。
わざとに決まっとるんに。
間違える訳ないわ。

「はは、冗談やて。そんな重要なこと間違える訳ないやろが」
「嘘だっ。ホントは間違ったんでしょっ」
「ほんまやて。忍足水月んなって1番喜んどるんは俺やで」
「1番は私だもん」
「なら、俺は2番な」
「そうだよっ」

くく、怒りながら喜んどる。
ほんまに相変わらず可愛いなあ。
こんなに可愛い奥さんて、他におるんやろか。
おらんわ、ぜ〜ったいにおらん。
こんなに可愛いんは、俺の水月だけや。

「でもな、ほんまに間違うた訳やないんやで。こういうことを苦労しとるんを見るとあの頃を思い出すねん。お前が中嶋水月やった頃」
「すっごい昔な気がする」
「俺が17でお前が16やったんやもんなあ」
「年とったねえ、私達」
「ほんまやな」
「でもこういうのは全然ダメなままだけど」
「そんなことあるかい。あの頃は弁当箱の袋縫うだけでどんだけ大変やったんや、っちゅう話やで」
「思い出したくない〜」
「俺は忘れられん。何しろ、センター試験の昼飯時に笑いが止まらんかったんやから」
「うるさいな」
「それが今では、こんなもん作ってるんやで。ものすごい成長やろが」
「作るは作ってるけどさあ。下手は下手だよ、やっぱり。かなえ、使ってくれるかなあ」
「そんな心配いらんよ。かなえちゃんは絶対に喜んでくれるから、頑張り」
「うん」
「それに、当日知るんやから、今更断れんて思うはずやし」
「何よそれ〜、酷いんだけど〜」
「はは、ほら、手伝うたるから」
「うん、じゃあ、ちょっと休憩してもいい?」
「ええよ。今度はどこに付けるん?」
「ここら辺に3つくらい」
「ん、まかしとき」
「合作だね」
「そうやな、俺と水月の共同作業やな」
「ケーキ入刀〜、みたい。私達はやんなかったけど」
「やりたかった?」
「ううん。美味しいケーキだったからいいの」
「なんやそれ。あ、またDVD見たくなってしもた。よし、これやったら見よ」
「え〜、もういいよ〜。何回見てるのよ〜」
「何回でも見るのや」
「早送りでね」
「お前の映ってないとこなんて見ても意味ないやろ」
「毎日、実物を見てるのに?」
「まだ見足りんの」
「本当に私のこと好きだよね」
「お前は好きやないん、俺んこと」
「だ〜い好き〜」
「わ、こら、危ない。針、持っとるんやで」
「あ、ごめんなさい」
「はい、ええよ」
「?」
「ええよ、抱きついて」
「それやってよ」
「抱きついてくれたらやる」
「さっきはそんなこと言ってなかったじゃん」
「今、決めたんやもん」
「え〜」
「ほら、早よう」
「んもう〜」

文句言うとるけど、すっごく嬉しそうやで。
俺の背中にぎゅって抱きついとる。
小さくてあったかい温もり。
弁当袋を作ってくれた頃から何年たっても変わらん、温もり。
大好きやで、水月。

「ふたりの仲良したっぷりのベールだね」
「せやな。これでかなえちゃんと日吉もラブラブ間違いなしや」
「あのふたりのラブラブなとこって、今でもなんか想像しにくいんだよね」
「まあなあ。想像するんもちょっと気持ち悪いしな」
「え〜、そんなこと、かなえに言ったら大変だよ〜」
「言わなきゃええねん」
「そっか」
「そうや」
「そうだね〜。よし、お茶入れてくる!コーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「ん〜、コーヒーでええ?今日はずっと書いとったからちょっと、濃いめに入れてくれると有り難いんやけど」
「うん、いいよ!待っててね〜」


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