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□君のいる日常 129
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外では木枯らしが吹いている。
水月の好きなコートとブーツの季節だ。
水月は相変わらず忙しく、かなえと日吉の結婚式からもずっと出かける日々が続いている。
家にいたとしても今度は書く方がいっぱいでなかなか休みらしい休みがない。
さすがの忍足もいい加減心配になってきていたのだが、今日、やっと本当に休みらしい休みが取れた。
こんな日は、余程締め切りが迫っていない限りは忍足も休む。
ふたりで朝寝坊して、遅めの朝食を食べて、ちくわの散歩に行って・・・そんな風に過ごす。
今日もそうやってちくわの散歩に行ってきたふたり。
今はリビングの日だまりに座り込んで新聞を読んでいる。
もちろんいつもの通り、水月は忍足の足の間に座り、ひとつの新聞をふたりで読んでいる。
何か面白い記事があるとひそひそとお喋りしたり笑ったり。

「読み終わった〜」
「この量の新聞を一気に読み切るんは結構疲れるな」
「うん、ホント」
「普通の全国紙もスポーツ紙も3つずつなんて、普通ありえんもんな」
「でもしょうがないじゃん。必要なんだから」
「まあな。でも、こないな風に一緒に読まんで、それぞれが違うんを順番に読んでいけばずっと時間は短縮するんやろうけど」
「侑士はその方がいいの?」
「いいえ。こっちの方がずうっとええです」
「あはは、私も〜」

そうなのだ。
全部で6種類の新聞を何も全部ふたりで一緒に読まなくてもいいものを、休みの時はこうやって「ふたりで」読んでいる。
どんなに時間がかかっても、絶対に別々には読まないふたり。
ご馳走様です、本当に。

「これからどうする?」
「侑士はどうしたい?」
「水月の好きでええよ。やっと休みが取れたんやからな」
「う〜んとね、手芸の物が売ってるお店に行きたいんだけど、ダメ?」
「疲れとらんの?」
「うん、平気だよ。元気で〜す」
「ならええよ。連れてったりましょ」
「わ〜い」
「じゃあ仕度して、ってそのまんまでええんかな」
「うん、ええよ」
「可愛いな、水月は」

ほっぺたをつっついて・・・チュッ。

「やだ、恥ずかしいよ」
「なに言うてんねん。家ん中で恥ずかしいとは何事や」
「だって〜。ちょっと久しぶりなんだもん〜」
「ほんまやで。結婚したんに、嫁さんは外を飛び回っとるばっかりでチューもろくにできんのやから」
「ごめんね」
「謝らんでもええよ。半分は冗談やから」
「半分は本気なんだ」
「ん、大本気」
「変な言葉〜」
「やってほんまに俺、我慢しとるんやもん。しゃーないから寝てる水月にチューしとるなんて、ほんま可哀想やなあ、俺」
「じゃあ、今日はいいよ」
「何がええの」
「べたべたしていいよ」
「それは出かけても、って意味かいな」
「うん」
「それはええこと聞いたわ。ん、ならな、早よ出かけよ」
「あ、あのさ、半分は冗談だから」
「い〜や、もう聞いてしもた。口から出た言葉はもう変わらんのや」
「え〜、ホントに半分にして」
「嫌や。もうダメ」
「ねえ、お願いだから、ね?」
「だ〜め」
「侑士〜」
「ほら、行くで。早よ、コート着てこい」

「え〜、やだからね〜」とか言いながらコートを取りに寝室に向かい、ひょっこりと顔を出して「侑士は?コートはいらない?」と聞く。
その仕草が可愛くて、思わず駆け寄って・・・

「だからもうっ、恥ずかしいのっ」
「なら可愛くせんでよ」
「普通じゃん、こんなの」
「ダメや。今日は何を見ても全部可愛く見えてまう。どんだけ水月不足やったんや、俺は」
「侑士、」

呼びかけに「なに?」といった顔をする忍足の腰の辺りに手を回してぎゅっと抱きしめる。

「私も足りない」
「うん」
「もっと一緒にいたいのに」
「しょうがないわ。仕事がたくさんある、っちゅうことやもん。ありがたいと思わなあかんでな」
「うん、でもやっぱり、もっと一緒にいたいよ」
「俺らは欲張りやな。端から見たら暑苦しいほど一緒におるんに、まだ足りんのやから」
「ほんとだね。でもね、私ね、最近思うんだけどね、」
「ん、なに」
「結婚してからの方が侑士のこと、好きかも。あ、あのね、前が好きじゃなかったって意味じゃなくて、」
「分かっとるよ。俺もや。俺も、今の方がずうっと水月んこと好きやし、一緒にいたいて思っとる」
「うん、私も」
「今日はずっと一緒にいような」
「うんっ」

外は木枯らし。
でも繋いだ手はいつも温かい。


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