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□君のいる日常 130
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あれ、ここって侑士の本が出てる出版社だよね?
綺麗なビル〜、新しいのかなあ。
わ、本が飾ってある。
侑士のは・・・あった!
すっごい目立つとこに置いてある〜。
侑士、人気者だからな〜。
写真、撮っちゃおっと。
そうだ、私も一緒に・・・ん、あれ、上手く入らないんだけど、え〜、一緒に写りたいのに〜。


なんか外へ出たんが久しぶりな気がするな。
まあ、買い物とちくわの散歩には行っとるけども。
ここんとこ結構、忙しかったからな。
「机に根っこが生えちゃってるんじゃないの?」なんて水月に言われたくらいやもんな。
でもな、俺に根っこが生えとるんなら、あいつには羽が生えとるで。
もっとも根っこが生えとるいうことは、俺は木な訳や。
なら水月は鳥で、ちょうどええわ。
鳥の帰るとこは木やもん。
ぴったしや、って、なんやあれ。

「なにしとんねん」
「わ、侑士だ」
「ああ、俺や。で、なにしとんの」
「侑士の本と記念撮影しようと思って」
「俺の本?」
「あれ」

指差す方を見ると、ここで出しとる本が綺麗にディスプレイされとる。
一応、俺の本も置いてもろてる。
ありがたいことや。
どうやら、ここを通りがかったら俺の本があって、それで記念撮影なんてもんを思いついたらしい。

「ほんまにお前は飽きんわ」
「いいじゃんか」
「ええけどな。で、上手く撮れたんか」
「上手く入らないの」
「なら、貸してみ。俺が撮ったる」
「本当?」

嬉しそうにカメラを差し出すから受け取って、それを左手に持って右手で肩を抱く。

「なに?なんで?」
「自分撮りするんやろ」
「侑士が撮ってくれるんじゃないの?」
「俺が『自分撮り』したるねん」
「こんなとこで恥ずかしいよ」
「ひとりで撮ってる時点で十分恥ずかしいと思うで」
「え〜」

「え〜」とか「ちょっと〜」とか言っとるけど無視して撮る。
ふむ、よく撮れた。
俺な、腕が長いやろ。
自分撮りには自信あるねん。

「よく撮れとるで」
「わ〜、ほんとだ〜。侑士ってホントに自分撮り、上手だよね」

あんだけ嫌がってたんに写真を見たらにっこにこや。
ほんまに飽きんわ。

「で、なんでこないなとこにおるん」
「あのね、インタビューが1本中止になっちゃったの」
「へえ、なんでまた」
「風邪でね、声が出なくなっちゃったんだって。だからとりあえず今日はなし、ってなったの」
「声が出んでは、インタビューは無理やわな」
「うん、そんなに急ぎじゃないから、治ったらまたって感じ」
「この近くやったん」
「ううん、そのインタビューの前のお仕事がこの近くだったの」
「あ、そうか。そしたらそこに連絡が入った訳やな」
「うん、そう。でね、時間が空いちゃったからぶらぶらしてたんだ。そしたらね、ここを通って、」
「俺の本を見つけた、と」
「当たり〜」

ぱちぱちとか手、叩いとんのやけど。
ほんまにこいつは、いわゆる人妻なんやろか。
他所の嫁さんもこないに可愛いんやろか。
信じられん。
お気に入りのダッフルコートを着て、チェックのマフラーを巻いて、リュックを背負って。
あ、足もとはもちろんブーツな。
で、ついでに言うと、これらはみんな俺が買うたげたもんで。
こんな嫁さん、おるんやろか。
それでもって「当たり〜」とか手を叩いとる。
可愛い過ぎるやろ。


侑士の本と記念撮影しようとしてたら、本物が来た。
びっくりだ〜。
でもちょっと嬉しい。
ううん、ちょっとじゃなくてすっごく嬉しい。
侑士と私って、時々こうやって会うことがあるんだ。
ホントにホントに偶然に。
みんな、なかなか信じてくれないんだけど。
かなえは「それは頭の中に相手が今日はどこにいる、って入ってるから自然と足がそこに向くから会うんだよ」って言うんだ。
でも、違うと思うんだよね〜。
だってさ、今日だってホントにここを歩く予定なんてなかったんだもん。
この通りのもうちょっと先にあるホテルのカフェで打ち合わせがあって、そしたら次のお仕事が中止ってなって。
ここにこの出版社があるのも全然知らなかったし。
それに今の今まで、今日、侑士が打ち合わせで出かける、っての忘れてたもん。
ほら、やっぱり偶然じゃん。
私と侑士は赤い糸で繋がってるんだもんね。
絶対そうだもん。
あ〜、それにしても侑士ってほんっとにかっこいいなあ。
今日はカーキ色(って言うのかな)の薄手のコートを着て、黒のマフラーして、革のショルダーバッグ(私がずうっと前にあげたやつ、んふふ〜)を斜めに提げてて。
さらさらの髪の毛が風でちょっと揺れてて〜。
ん〜、かっこいい〜。
こんなにかっこいい旦那様がいて幸せ〜。

「この後は?」
「え?」
「この後の予定は?」
「由衣ちゃんとこに行くよ」
「あ、そっか、そうやったな。何時からやっけ」
「えっとね、6時」
「それまたずいぶん時間があるな」
「だってインタビューが潰れたんだもん。撮影もあったからね」
「なら、俺も行くかな。最近、行っとらんし。ええかな」
「うん、いいよ」
「じゃあな、俺の方は1時間もあれば終わるで、そこら辺で待っとれるよな」
「うん、お茶してる」
「ん、そうして。終わったらメールするでな。ちょっと早いけど晩飯、食うてくか」
「うんっ、分かった。じゃあ、お仕事、頑張ってね」
「ん、じゃ、ちょっと待っとってな」
「は〜い」


あら、あれって忍足先生、よね?
ああ、そうよ、間違いないわ。
まああの人を見間違うってことはないわね。
あの身長であの顔であの髪型。
この仕事、長いけど、3本の指に入る。
絶対、入る。
で、文章が書けて、ついでに超の付く愛妻家。
いないわよ〜、こんなの。
少女マンガじゃあるまいし。
ところで・・・あそこで先生と立ち話してるのって・・・
え、あら、まあ、噂の奥方じゃないのっ。
初めて見ちゃった。
本当に噂通りかも。
「ふたり揃うとすごい」って。
これってこの業界じゃ最近、噂どころか常識になりつつあるのよね。
昔から言われてはいたのよ。
結婚する前からね。
でも結婚してから「もっとすごくなった」って聞いてたけど・・・ホントにすごいかも。
なんなの、あの組み合わせ。
後光が差してる気がする。
しかもよ、さっきからもう既に5分くらい経ってるのよ。
私が先生を見つけてから5分。
その間中、ずうっと見つめ合ってお話し中。
周りなんか無視、ぜ〜んぜん無視。
横を通る人のほとんどが、しっかり反応してるってのに、ぜ〜んぜん気にならないみたい。
約束してたのかしら。
あ、一緒に来た、とか?
声かけていいもんかしら。
いいわよね。
一応、うちに用事があって来てる訳だから。
あ〜、でもなんだかドキドキする〜。
これなんだわね、「ふたり揃うとすごい」ってのは。
見なきゃ分からないことってあるのね〜。
よし、行くわよっ。

「先生?」
「え、あ、吉井さん。あれ、もしかして俺、遅刻しました?」
「いえ、まだ大丈夫ですよ。私も出先から戻ったところです」
「よかった。話し込んでて遅れてしもたかと思いました」
「あの、話し込まれてるお相手は奥様ですよね?」
「はは、そうです。奥様です」
「待ち合わせされてたとか?」
「いや、偶然、ここで。水月、吉井さんや。副編集長さんなんやで」
「初めまして、忍足水月です。いつも忍足がお世話になっております」
「お世話だなんてとんでもない。こちらの方がこれからも先生にお世話になりたいんですから」

うわあ、可愛いらしい。
「お世話するの?」なんて小っちゃい声で言いながら先生を見上げて「うふふ」みたいなっ。
でも、挨拶とかは本当にきちんとしてて。
ちゃんと目を見て、丁寧に頭を下げて。
なかなかいないわ、こんな人。
仕事柄、若い女性の作家さんとかライターさんとかと接する機会は多いけど、本当にいないわ。
ものすごく可愛いのに、どこかこう、きりっとしてる。
第一印象をどう言ったらいいのか分からない。
こんなの初めてだわ。
これが噂の、なのね。
先生がこれだけ入れ込むのも分かる気がする。
でもこれはチャンスじゃないのかしら。
そうよね、これはチャンスよ。
あの企画をお願いするチャンスを神様がくれたのよ。

「あの、水月先生は今日はご予定がおありですか」
「私ですか?」
「はい」
「あの、えっと・・・」
「しばらく時間が空いとるんは空いとるらしいです」
「もしよかったらご一緒に、って思ったんですけど、いかがですか?」
「どうする?」

あ〜、私もこんなイケメンに「どうする?」なんて優しく聞かれた〜い。
そうしたら私だって「いいの?大丈夫?」なんて小鳥みたいに首を傾げて答えるわよ〜。

「大丈夫やで。行く?」
「ん、行ってみたい」
「ああいうとこ、好きやもんな」
「ああいうところ?」
「雑誌の編集部です。特に女の子の雑誌のが、な?」
「はい・・・普段はスポーツばっかりなので、」
「ああ、そういうことですか。じゃあ、是非いらして下さい。面白いものがあるかは分かりませんけれど」
「働いてる方が皆さん、お綺麗だから、見ていて楽しいんです」
「あの・・・先生」
「はい、なんでしょう?」
「奥様はもしかして、あんまりお分かりじゃない方ですか?」
「はは、お分かりじゃないですね」
「やっぱり」
「見てると面白いですよ」
「じゃあ、じっくり見させていただきます」

皆さん、お綺麗って・・・
まあ確かにみんな、流行りものを身につけてはいるし、ヘアもメイクもばっちりだし、そこそこ綺麗だとは思うけど・・・
でも全然負けないっていうか、むしろ勝ってると思う。
可愛いのに綺麗、っていうか・・・う〜ん、なんだろ、この感じ。
あ、ナチュラル。
そう、ナチュラルなのよ。
自然なの。
仕事用の動作も普段着の動作もすべてが自然。
初対面の私ときちんと話しながら、先生とも普通に話す。
それが全部極々自然な一連の流れの中にあるの。
勉強になるわあ。

「じゃ、行きましょうか」
「はい。水月、おいで」
「うん」

「おいで」ってっ。
「うん」ってっ。
自分の奥さんに「おいで」とか自然に言える旦那っているの?
まあいる訳だけど、目の前に。
それに「うん」って小っちゃく答える奥さん。
すごい、すごすぎる〜。


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