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□君のいる日常 131
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「じゃあ、よろしく頼むな」
「はいはい、分かりました〜」
「ほんまに頼むで?」
「分かってますよ。結婚してもクリスマスをラブラブに過ごしたい忍足侑士先輩のために、日吉かなえ、し〜っかり働かしていただきます」
「それは嫌味かな」
「いいえ〜、ちょっと羨ましいと思って〜」
「そっちやってラブラブやろが。うちよりずうっと新婚さんなんやから」
「数ヶ月ですけど」
「はあ〜、でも新婚てええよなあ。ずうっと新婚やったらええんにな〜」
「そちらは多分、これからもずうっと同じようなもんだと思いますが」
「それは違うで、かなえちゃん。俺の奥さんは誰やっけ?」
「水月・・・あ、そうか、それは絶対だわ〜」
「せやろ?あいつのことや、来年の5月3日を過ぎた途端に『もう新婚じゃないんだからねっ!』とかって言うに決まっとる」
「言う〜、絶対言う〜。先輩、言ったら教えて下さいね」
「まかしとけ。おっと、そろそろ行かなあかんのやないん」
「あ、ホントだ。怒られる!」
「おいおい、走ったらあかんて!」
「先輩、まかしといて下さいね!」
「はは、頼むな」

まったく、走ったらあかんやろが。
元気な、いや、困った妊婦さんやて。

「それにしてもかっこいい妊婦さんやなあ」
「誰がです?」
「うわ、いきなり現れんな」
「すいません」
「スポーツクラブって年末は忙しくないんか?」
「日本人には年末年始って特別なんじゃないんですかね。やっぱり、少ないですよ」
「なるほどな」
「先輩はダメそうですけどね」
「あ〜、跡部な。あれは無理やろ。ホテルは無理や」
「いっぱいでしょうねえ」
「いっぱいやろなあ」
「あ、そうだ。先輩、聞いておきたいことがあって」
「なんや」
「水月のコートですけど、」
「わ、そんなでかい声でコートとか言うな、このどあほっ」
「今はいないんだからいいじゃないですか」
「せやからお前はアホや言うねん。あいつがこういう時にひょ〜っこりいろんなとこから現れんのを忘れたんか」
「言われてみれば。先輩のいるとこにはどこからでも来ますよね」
「そうや。せやからコートなんて言うたら絶対にあかんのや。分かったか」
「はい、気をつけます。あ、それで、」
「なんや」
「少し手荒に扱ってもかまわないもんですか?」
「何を、あ、コートか」
「自分で言わないで下さいよ」
「あ、しもた。手荒ってなんや」
「なるべく頑張りますけど、例えば、ぎゅっと丸めて紐でしばってバッグに突っ込む、とか」
「ああ、そういうことな。ええで。それでもしダメんなっても俺が責任取るでな」
「まったく、そこまでやりますか」
「やる。やってな、新婚さんのクリスマスなんて一生に一度なんやで?これを楽しまんで何とする」
「まあそうですけど」
「お前んとこはどうなんや」
「どうって?」
「なんかイベントはないんか。俺らより新婚度は高いやろが」
「新婚度なんて言葉、あるんですか」
「知らん」
「イベントかどうかは分かりませんけど、うちのお袋とかなえのお袋さんが七面鳥を焼くって騒いでます」
「あはは、それええなあ。なんか楽しそうや」
「なんか最近、ふたりでつるんでて。子供の名前も結局はあのふたりが決めることになりそうだし」
「おいおい、そんなんええんか?重要やろ、そこら辺は」
「かなえは一緒になって面白がってますから、俺は別にかまわないです」
「それならええけどな。お前もいい旦那やな」
「まあ、人としてはどうか分かりませんけど、夫としてはかなり点数の高い人達が周りにいますんで」
「おい、それは『人達』じゃなくて『人』だろうが。いい旦那は俺だけだ」
「なんや、いきなり、ってか、お前は今日は来られんのやなかったんか」
「あ?俺はそのつもりだったんだけどよ。なんか周りが『もう大丈夫だから行け』ってうるさくてな。追い出された」
「お前、実はいらんのやないんか」
「うるせえよ。実際、この時期のホテルなんてのは、見栄張ってフランス料理食ってチェックイン、みてえな奴らばっかりだからな。そんなに人手はいらねえんだよ」
「それはチェックインやなくてベッドインやろ」
「たまには面白いこと言うな」
「たまとはなんや」
「でもよ〜、なんか見てて恥ずかしくなってくるぜ?そこまで見栄張る必要もねえんじゃねえの、ってさ」
「お前に言われたくはないと思うで。そのまんまのこと、やってたやろが」
「お前にも言われたくはねえよ。それに、俺は別に見栄は張ってねえ」
「それはそうやな。お前はそんなん朝飯前やったな、昔から」
「でもよ、ずいぶん昔、って気がしねえか?」
「ん〜、ほんまやなあ。もう相手の顔も思い出せんわ。俺らも落ち着いたもんやで、ほんまに」
「若者が何を言ってるの〜」
「わあ、今日はいろんな人が出てくる日やなあ」
「俺がここにいない訳ないでしょうが」
「そりゃそうですね。そんなことになったら水月が泣きますよ」
「はは、それは光栄だ。それはそうとさ、写真、どう?3人で」
「この3人ですか?」
「うん、だってさ、ここでこうやって3人揃うのは最後かもしれないじゃない」
「あ、そっか・・・由衣ちゃん、全日本は最後か」
「本当に最後なんですか?」
「さあな。でもまあ、本人はもう終わりにする、って言ってるけどな」
「お前はどうやの」
「俺はどっちでもいい。あいつが決めればいいことだ」
「なかなかええ旦那さんやな」
「ふん、今頃分かったか」
「俺には負けるけどな」
「じゃあ、撮ろうよ。そっちに並んで」
「こんなんでええですか」
「うん、もうちょっとくっついて。よし、じゃ、撮るよ〜」

そうか・・・この大会でこんな風に揃うのは最後かもしれんのか。
まあ、水月はこれからも来るやろし、かなえちゃんやって来るやろうけど、跡部や日吉が来ることはないかもしれんなあ。
あれから何年経ったんやろ。
ほんま、すぐには分からんくらい経ってしもた。
最初ん頃は俺も水月も高校生やったんに、それが今では夫婦やで。
そりゃ、時間も経つはずや。
中味はそんなに変わってない気もするけども。

「あはは、あの子達には参るなあ」
「何ですか?」
「え?これ見てよ、ほら。ちょっと小さくて分かりにくいけど、君達の目なら見えるでしょ」

内藤さんからカメラを渡してもろて、3人でモニターを覗き込むと、なんやこれ。
ほんまにこいつらは・・・

「まったく、いくつなんだよ、こいつらは」
「ん〜、23がふたりと25がひとりやね」
「しかも3人とも、既婚者ですよ」
「本当に可愛いよね、君達の奥さん達は」

なんとまあ、俺らの後ろ、って言っても遙か向こう〜のリンクサイドで3人がポーズ取ってるねん。
3人てのはもちろん、由衣ちゃんとかなえちゃんと水月やで。
多分、向こうから見えたんやろな。
俺らが内藤さんに写真を撮ってもらうとこが。
それで、一緒に入るような位置に立ってポーズ取っとるんや。
ほんまになあ、可愛いな、この子らは。

「こっちが見えたんだろうね」
「だからってこんなことするかよ。これから公式練習って時に」
「まあ由衣ちゃんやからな」
「そのくらい朝飯前って感じですよね」
「それに今回は絶好調だしね。昨日は俺も驚いたよ。長年撮ってるけど、ショートであそこまでぶっちぎったのは初めて見たよ」
「俺も驚きました。テレビで見たんですけど」
「うん、あそこまではじけてるのも初めてだしね」
「あれは水月の作戦なんじゃねえの」
「かなえもそう言ってたかも」
「作戦?」
「由衣はショートはどうしても苦手意識があるだろ。だからわざとあそこまで踊るプログラムにしたんじゃねえの。由衣も『踊らないと様にならないから大変』て言ってたぜ」
「なるほどなあ。うん、水月ならやりそうやな」
「でも、由衣ちゃんの新しい魅力だよね。まさか今年、ここまでやるとは思ってなかったから驚いたよ」
「それこそ水月の作戦ですねん」
「だとするとフリーも楽しみだな。公式練習だけでかなりのインパクトだったしね」
「あれは疲れるらしいよなあ。さすがの由衣ちゃんが練習で通すたんびに息が上がっとるもんな」
「ああ、『老体に鞭打って』滑ってるらしいぜ」
「老体って・・・なあ」
「でもこの世界じゃもう、ベテランもベテランだろ」
「まあな。今回、直接対決する相手は17才やっけ?あの、いきなり今年、出てきたロシアの子」
「スタイルも抜群だって」
「あ、衣装はかなえちゃんか」
「今回はデザインだけですけど。でも、由衣ちゃんのライバルだからどうしようかって言ってたんですけど、気にしないでやっていい、って言ってくれたって」
「それはそうだろ。何も由衣のためだけに仕事してる訳じゃねえんだから」
「でも、かなえはやっぱり、由衣ちゃんに金メダルをって思っちゃうみたいですよ」
「それはそうやろ。友達なんやから」
「はい」
「でもな、もし由衣ちゃんが今回でほんまに終わりにするつもりでもかなえちゃんは続けて行く訳やからな」
「水月にもそう言われたって。割り切れ、って言われたみたいですよ」
「あいつは割り切るでなあ」
「あの割り切り方はすげえよな」
「あれってほんとなんですか?」
「あれってなんや」
「グランプリ大会でその17才の選手のプログラムの手直しをしたって話ですよ」
「ああ、ほんまやで。俺、そこにおったし」
「俺も見てた。びっくりしたよ。いきなり近づいてって、ちょちょいって。でもそうしたら、ものすごく動きがよくなっちゃって」
「で、その選手がグランプリ大会で他の選手をぶっちぎって優勝、ってのも本当だぜ」
「しかも由衣ちゃんはシリーズ戦で調子が上がらんでグランプリ大会を逃した、っちゅうのにな」
「ああ。『女王陥落』とか『オリンピック、赤信号』とかまで言われてたな」
「由衣ちゃんはなんて言ってた?見てたんでしょ?テレビとかで」
「ええ、見てましたよ。で、『わざとやってる』って怒りまくってました」
「はは、よく分かっとんなあ」
「そうか、わざとか」
「そうですよ。『絶対に負けないっ』って叫んでランニングしてたぜ。それまでは水月がいない、ってんでさぼってたのによ」
「おたくの奥さんてかなり単純やなあ」
「アスリートなんてそんなもんだろ。あ、でもな、負けない相手はあのロシアの子じゃねえんだぜ。『水月ちゃんには負けたくない』んだと」
「アホやなあ、ほんまに」
「それがあいつの一番のモチベーションだからな」
「昔から常にそうですよね」
「だからいいんじゃないかな。あの選手に勝ちたいなんて考えてるといろいろ気になっちゃうだろうからね」
「それに、あれやな。相手が水月やとどっちにしても文句言われるしな」
「最近は高村にも言われるらしいぞ」
「かなえちゃんも、大分分かってきたやろからな」
「俺達だって同じだろ。よかったかよくないかくらいは分かるようにはなってるんじゃねえの」
「そうやな。でもな、それを言うと『みんなは由衣ちゃんに甘すぎる』って文句言うで」
「水月が由衣ちゃんに厳しすぎなだけのような気が」
「でもだからこそ、由衣ちゃんがずっとあの位置にいられるんだと思うよ。ここまで息の長い選手は初めてじゃないのかな」
「まあでも、由衣ちゃんの努力あってこそやろ。あの体型を維持してるだけでも、ほんまにすごいことやで」
「最近はただ痩せるだけだと体力が足りないんだと」
「難しいお年頃やんな」
「それが同じ家にいるんだぜ?俺がどんだけ大変か少しは想像しろ」
「お前は別になんもしとらんやろが。シーズンに入れば、飯はシェフさんがちゃんと考えてくれるんやし、景士やってみんなが面倒見てくれるんやから」
「いや、でも跡部くんでちょうどいいのかもよ。もし、忍足くんだったら違う意味で大変そうだもん」
「面倒見すぎるて意味ですか」
「うん、そう。今だって奥さんのケアにかけては並ぶものがないんだもん。もし、由衣ちゃんの旦那さんが忍足くんだったら、忍足くんが心配だよ」
「ん〜、でも多分、大丈夫ですて。俺が好きでやるだけですから」
「それがすごいよね〜」
「コートだし」
「コートって?」
「あのですね、」
「日吉、恥ずかしいから言うなや」
「でもよ、内藤さんにも知っててもらった方が成功率が上がるんじゃねえか?」
「跡部、何気にお前、ノリノリやな」
「あ?最近、お前の小芝居が面白くなってきた」
「お前、やっぱり、俺んこと好きやろ」
「それとは違う」
「違わんて」
「違う、ってんだろ」
「で、コートって?」
「あ、それはですね・・・」


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