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□君のいる日常 133
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「おばあちゃん、それ、私がやるよっ」
「いいから座ってなさい。いつも忙しく働いてるんだから、ね?」
「でも〜」
「邪魔ってことよ」
「え〜そんな〜」
「もう、貴子さん、そんなこと言ったら可哀想でしょ」
「いいんですよ。まったく、いくつになっても年末になると風邪ひいて」
「しょうがないじゃないの。年末年始くらいしか、うかうか風邪もひけないほど頑張ってるんだから」
「そうやって、みんなして甘やかすから風邪なんかひくんですよ」
「あら、私も結構甘やかしてる気がするんだけど?長男のお嫁さんを〜」
「あら、そうなんですか?それは知りませんでしたわ〜」

なんか台所の雲行きが妙になったもんで水月が目を白黒さしとる。
おもろい、すんごくおもろい。
あ、俺らな、昨日は忍足の家に行ってな、そのまま泊まって、今日は渋谷の家に来とるねん。
今日はここに泊まる予定。
でな、水月は張り切っとる訳や。
まあ風邪も大分ようなったし、それにほら、人妻になって初めての正月やろ?
水月的には張り切りどころ満載な訳。
忍足の家でもな、おもろかったで〜。
「それは私がやりますっ!」って何回言っとったやろか。
そのたんびに、お袋に「いつも動き回っとるんやから座ってなさいって」なんて言われて「侑士〜」って泣いとった。
親父なんか大喜びしとったわ。
「可愛くていいなあ」なんて羨ましがられたけど、やらんからな。
水月は俺のやねんからな。
そうやって俺に泣きついてくるんはほんまに可愛いんやもん。
でもって、こっちに来てもま〜だ懲りずにやっとるねん。
俺はもう、ただただ面白がって眺めとる。
やってなあ、こういう時の水月ってのはほんま、最高におもろいんや。
ほんまに可愛いし。
はは、また泣きべそかいとる。
くくっ、あ〜、可愛い。
たまらん〜、正月からとてつもなく幸せや〜。

「水月、どうしたの」
「あ、お父さん〜。手伝わしてくれない〜。それになんかお母さんとおばあちゃんが、」
「はは、あのふたりはほっといて大丈夫だよ。いつものことだから」
「そうなの?本当に大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」
「ねえ、お父さん。お母さんさ、ちゃんとお嫁さんやってるの?」
「お嫁さん?」
「うん、お嫁さん。だってお母さんはこの家のお嫁さんじゃない」
「お嫁さんねえ・・・水月も知ってると思うけど、あの人は中嶋貴子だよ?」
「え、わあ、そうか、そうだよねえ」
「そうだよ」
「そっかあ。だからかなあ。私が上手くお嫁さんをやれないのは、」
「それはちょっと違う気もするけどね」
「ええ〜、お父さんまで酷いよ〜」
「はは、じゃあこっちにおいで。面白いものがあるから」
「なあに?」
「まあとりあえず来てごらん」
「うんっ」

おいこらっ。
俺を置いてどこ行くねんっ。
しまった、忘れとった。
この家には天敵がおるんやった。
お嫁さんをやるて張り切っとる娘の父親が。
初めての里帰りやて言うて、張り切りまくっとる父親がっ。
あかん、あかんでっ。
正月早々、水月を取られてたまるかいっ。

「水月、どこ行くねん」
「え?ああ、あのね、面白いものがあるんだって。侑士もおいでよ」
「ん、行く」
「忍足くんにも面白いかどうかは分からないよ?」

こんの、くそ親父が。
言外に「来なくていいよ」って匂わしよってからに。
い〜や、俺は行く。
おもろなくても俺は行くで〜!

「大丈夫ですて。水月がおれば、俺にとってはそこが天国やから」
「やだなあ、侑士ってば、恥ずかしいよ〜」
「ええねん。正月なんやから」
「変な理屈〜」

あはは〜、とか笑て俺にぴとってくっついてくる。
ふふん、ざまあみろ〜。
悔しいやろ〜。
昔はともかく、ここまで大きくなった娘が父親にこんなことはせんからなあ。
ほらほら、もっとくっついてええねんで?
そんな俺と渋谷先生の水面下のバトルにはぜ〜んぜん気づいとらん水月は楽しそう〜に俺の手を引いて別の部屋に向かう。
おじいちゃんらの部屋なんやけど、そこでは既に拓巳がなんかに夢中んなっとる。

「たっくん、何やってるの?」
「あ、ねーね!たこをつくっとるねん!」
「たこ?ああ、凧か。へえ〜、たっくん、すごいねえ。凧なんか作れるの?」
「おじいちゃんに、おそわっとるのや」
「おじいちゃん、凧とか作れちゃうの?」
「昔はこんなの普通だったんだよ」
「昔ってどのくらいの昔?」
「幸彦の子供の頃は作ったよな」
「そうだね。僕らの世代がギリギリかな。まあ、普通に売ってもいたけどね。でも楽しいから、結構みんな作ってたんじゃないかな」
「へえ〜、そうなんだ〜。ね、おじいちゃん、私もやりたいな。教えて?」
「いいよ。じゃあ、こっちに来てごらん」
「は〜い」
「侑士くんもやるかい?」
「あ〜、俺は多分、こいつで手一杯やないかと」
「はは、それもそうか」
「それってどういう意味よ」
「ん?まあ、お前に工作系のもんはまず無理やろからな」
「失礼だな、君っ!」

ビシッとか俺に人差し指向けとるけど、可愛いけど、まあ普通に考えて無理やろが。

「ならええの?手伝わんで」
「・・・手伝って」
「最初から、そう言えばええんやで」
「ふんだ」
「じゃあ、お父さんが、」
「あ、ええですよ。こっちは『俺が』手伝いますんで、先生は拓巳のを手伝ってやって下さい」
「そう?・・・・・じゃあ、拓巳、」
「たっくんはひとりでだいじょうぶやで」
「え、」

ぶっ。
小っさい息子にまで断られとるっ。
あはは、おかしいっ。

「幸彦も自分のを作るか?」
「そうする」

おじいちゃんに気の毒がられてどうするねんな。
正月早々、災難やなあ、お気の毒に。

「できたら、たこあげにいくねん」
「そうだね。今日はお天気もいいしね」
「もうちょっと風があった方がいいんだけどね」
「そうなの?」
「強すぎてもダメだけど、まったくないと上がらないんだよ」
「そうなんだ、知らなかった」
「凧揚げ、したことないんか?」
「うん、ない」
「女の子だからね、そんなもんじゃないのかな」
「日吉とかとはやらんかったん」
「ん〜、やらなかったなあ。羽根つきとかはやったけど。日吉くんがいっつも負けて、墨で顔を塗られちゃってさあ」
「テニスと羽根つきは違うんかな」
「違うんじゃないの?だっていっつも負けてたよ」
「お前にか?」
「ううん、かなえ」
「お前は何しとったん」
「審判」
「いっつも?」
「うん」
「それはな、水月」
「なあに?」
「それは体よく追っ払われとる」
「?」
「お前、羽根つき、できんかったやろ」
「ん〜、ちょっとへたっぴだったかも」

ま〜ず、ちょっとやないと思うで。

「あのバドミントンから察するに、ちょっとどころやなかったんちゃうか」
「まあそうだけどさあ」
「かなえちゃんはなんて言うてたん?」
「えっとね・・・『水月は公平だから、審判ね!』って言われてた気がする」
「ぶっ、それは騙されとるね」
「私もそんな気がしてきた。今度、聞いてみようっと」
「明日、会うやろ」
「あ、そうだ!明日だ!絶対に白状させてやるっ」
「なあ、もうひとつ聞きたいんやけど」
「なに?」
「日吉は、ホントにいっつも負けてたんか?」
「うん。かなえ、羽根つき、すっごく上手なんだよ」
「それも怪しいで」
「どこが怪しいの?」
「ん?あいつは氷帝の部長までやった男やで。しかも、子供の頃から道場やらなんやらで鍛えられとるんや。どう考えたって、そないに下手くそやったていうんは不自然や」
「?」
「つまり侑士くんは、日吉くんがわざと負けてた、って考えてる訳だ」
「はい。やって、あいつは俺から見ても運動神経抜群なんですよ。いくら小学生やったからって、女の子に負け続けるとは思えんです」
「なるほどね」
「じゃあさ、もしかして日吉くんて、小学生の頃からかなえのことを好きだったのかな」
「そうかもしれんな」
「え〜、嘘だ〜。私、そんなの全然知らなかったよ?」
「まあ、お前がちょっとばかし鈍いんちゃうの」
「ええ〜。それも聞かなくちゃ!侑士、覚えといてね!」
「ああ、ええよ。正月早々、面白そうやな」
「うんっ」
「はは、可哀想だねえ。いっつも日吉くんが割を食ってる気がするよ?」
「あいつは人がええんですよ。それに、奥さん大好き人間やし」
「君と同じように?」
「はい」
「即答だねえ」
「大好きですから」
「幸彦がかなわない訳だ」
「別に僕はかなおうとは思ってませんよ。僕は『父親』ですからね」
「俺は『夫』ですんで」
「もう〜、なにを言い合ってるのよ〜」
「たっくんは『おとうと』やで!」
「あはは、たっくん、分かるの?」
「わかります!おとうさんはねーねをすきやけど、にーにはまけるねん!」
「お、拓巳。ええこと言うなあ」
「どっちの味方なんだよ」
「あれ〜、おじいちゃん、上手くいかないよ?」
「どれ、見せてごらん」
「あ、ちっくんがきたで!」
「あれ、さっきは居間で爆睡しとったんに、起きたんか」
「ちっくんもたこあげする?・・・にーに、するって!」
「ほんまにそう言うたんか?」
「はいっ!」
「ちくわも拓巳にはあきらめの境地なんじゃないの」
「もう大人やしな」
「いくつになるの?」
「6才かな。水月、そうやったよな」
「うん、そうだよ。だってほら、初めてのお誕生日の時からだもん」
「あ、そうか。こいつは俺らと一緒なんやな」
「うん。でもさあ、7才からシニア犬なんだって。びっくりだよね」
「へえ〜、そうなの?」
「うん。お医者さんで言われたんだ。エサとかも変えた方がいいんだって」
「柔らかいのとかになるのかい」
「ううん。それは違うの。なんて言えばいいのかな、う〜ん、あ、そうだ。栄養を摂りすぎないとかそういう感じかな」
「なるほど。消化がいいとかそういうものかな。まあでも、人間も同じかな。脂っこいものとかはあまり欲しくなくなるからね」
「でも、おじいちゃん、天ぷらとか唐揚げとか好きじゃない?」
「はは、そう言えばそうだ。ほら、できたよ」
「わあ〜、ありがとう〜。侑士、見て!できたよ!上手く飛ぶかなあ」
「水月、それを言うなら『上がるかなあ』や。凧は飛ばんで」
「あれ、そっかあ。間違えちゃった〜」
「ねーね、10てんげんてんです」
「え〜、そんなに?」
「じゃあ、5てんにしてあげます」
「たっくん、ありがとう〜」
「じゃ、みんな、できたね。幸彦は?」
「できたよ、ほら」
「覚えてるもんだね」
「昔取ったなんとかだな」
「よし、それじゃあ、夕ごはんまではまだあるだろうから、凧揚げに行こうか」
「「は〜い!」」

水月と拓巳が揃って返事しとる。
その足下でちくわが「どっかに行くらしい」って期待して、はしゃいでて。
おじいちゃんも先生もにこにこ笑っとって。
あ〜、なんかええなあ。
今までやって、正月にはここに来てこんな風に遊んだりはしてたんやけど、なんか違う。
何が違うんかな、って思ってさっきから考えとった。
うん、そうや、そうやねんな。

「侑士、マフラーした?」
「ああ、したよ」
「どうしたの?何かおかしいこと、あった?」
「ん?なんか嬉しいな、って思ってな」
「嬉しいって、何が?」
「俺もここの家族なんやな、って思ったんや」
「家族・・・あ、そうか。私と結婚したんだから、侑士ももう、このうちの人なんだ!そして私は、忍足のおうちの一員なんだね〜」
「なんか嬉しくないか?」
「うん、すっごく嬉しいね」
「結婚てのはやっぱり、ふたりだけのもんやないねんな」
「うん。そういうのよく聞くけど、ホントにそうだね」
「今年は家族が増えるかもしれんしな」
「まだみんなには内緒だよ?」
「分かっとるて」
「な〜に、ひそひそやってるの」
「なんでもないで〜す。ねえ、お父さん、どうやって揚げるの?教えて」
「いいよ。じゃあ、まずこうやって持って、」
「うん、」
「拓巳はおじいちゃんとやるかい」
「はいっ、おねがいしますっ。あ、にーにはちっくんとあそんでてな!」
「はいよ〜」


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