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□君のいる日常 134
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なんか負けてる気がするんやけど。
いや、負けてはおらんねん。
俺の気持ちが負ける訳あらへん。
ただ・・・ただ、水月の気持ちが強すぎっちゅうか、凄すぎっちゅうか、なあ。
「奥さんになっての初めての正月」からこっち、まあだ張り切りっぷりは続いとるねん。
もちろん、今はオリンピックを控えて大忙しやから、家のことなんかはやれんのやけどな。
でもその代わり、気持ち、がなあ。
これがもう、凄いねん。
奥さん光線炸裂〜!みたいな感じなんや。
さすがの俺が後ずさりしそうなんやから、どんだけやって話やで。
せやから、ここらで俺は巻き返しを図ることにした。
負けてばっかりなんてあかんやろ?
何しろ俺は、忍足侑士なんやでな。

「隣、失礼します」
「あ、どうぞ・・・ふえっ」

水月の目が点になって、口元がわなわなしとる。
うひゃ〜、おもろい、いや、可愛いっ。
あ〜なんか久しぶりに見たなあ。
こういうわなわなしとるとこ。
そっか、それが負けてた原因やねんな。
結婚もしてしもたし、いっつも一緒でこういうお遊びっちゅうかなんちゅうか、まあそんなもんが無くなっとったんや。

「なっ、ゆっ、こっ・・・?」

今の水月の平仮名3連発を通訳するとな、「なんで侑士がここにいるの?」やと思う。
まあ、間違いない思うで。

「なに言うとんのや」
「だっ、て、なん、で?」
「ん?たまにはええやろ。新幹線に一緒に乗るいうんも。まあとりあえず、コーヒーひと口飲んで落ち着いたらどないや」

テーブルに置いてあったカップを取って渡してやると素直に飲んどる。
あ〜可愛い。
何かを飲んどる水月って超可愛いねんっ。
あ、食っとっても可愛いな。
お喋りしとっても可愛いか。
寝とっても可愛いで?
きりがないわ、可愛くて。

「落ち着いたか?」
「うん・・・名古屋に用事があったの?お仕事とか?そんなこと言ってた?」
「名古屋に用事はないで。せやから仕事もないから、そんなことはなんも言っとらんよ」
「じゃあなんで?なんで名古屋から侑士が乗ってくるの?」
「せやからさっき言うたやろ。たまには新幹線に一緒に乗るんもええやろ、って」
「それだけ?それだけのために名古屋まで来たの?」
「あかんの?」
「・・・・・・・・・・・しい」
「へ?なに言うたん?声が小さすぎて聞こえんかったんやけど」
「嬉しい」
「ほんま?」
「うんっ、すっごく嬉しいっ!」
「こらあんまでかい声、出したらあかんよ」
「わあ、ごめんなさい」
「ま、今くらいならギリギリセーフや」
「ねえ、どうやったの?」
「どうやったて?」
「どうやって隣の席、取ったの?」
「そんなん簡単や。こないだ、予約してやったやろ。そん時に俺のも取ったっちゅうだけやで」
「え〜、知らなかった〜」
「当たり前や。言うたらなんもおもろないやろが」
「あ、そっか」
「相変わらずアホやなあ」
「いいもん、アホでも」
「ん、ええで」
「ええよね〜」

俺にぴたーって。
ぴたーって、くっついとるっ。
あはは〜、楽しい〜。

「あ、そうだ。あのね、おじいちゃん達が侑士によろしくって。あ、謙也くんも」
「みんな、元気やった?」
「うん、すっごい元気だったよ。オリンピックが終わって時間ができたらふたりでおいで、って」
「そうやな。正月は行けんかったから、春んなったら行くとしよか」
「うんっ」

水月はまた4年前みたいなことになっとるねん。
今回も日本チームのアドバイザーとかいう訳の分からん名前の役職を貰ってな、忙し〜く働いとるんや。
もちろん今回はもう、前みたいにやっかまれたりひがまれたりってことはない。
水月にも余裕があるから、できる範囲内で他の人達も取材できるように連盟のお偉いさんに掛け合ったりもしとるしな。
それで、一昨日から名古屋と大阪を回っとったんや。
1日目は名古屋のホテルやったけど、2日目はじいちゃんちに泊まって。
こういう切符は水月は自分で取ることが多いんや。
楽しいんやて。
で、ほんまは自分でやろうとしてたんを、「俺がやったるよ」って言うた訳。
水月のは大阪から取って、名古屋からの隣の席を俺が取った、ってことや。
我ながらなかなかええことを思いついたて感じやね。
やってなあ、すっごい嬉しそうやで。
目がきらっきらしとるもん。

「ね〜、お腹すいちゃった〜」
「弁当とか買うとらんの?」
「うん。だってさあ、帰ってから侑士のごはんを食べるつもりだったから、」
「そうか。なら、我慢して東京まで行くか」
「うん・・・我慢する」
「な〜んてな。きっと買うとらんて思ったから、ほら、買うてきたで〜」
「わあ〜、お弁当〜っ」
「売り場でな、一番美味そうなの買うてきたんやで」
「うんっ、ほんっとに美味しそうだね!」
「どっちがええ?」
「え〜、どうしよう・・・ん〜」

悩んどる悩んどる。
これは俺かて悩みそうなくらい、どっちも美味そうやねん。
名古屋でわざわざ外に出てな、デパ地下で買うてきたんや。
やるならとことんやらな、つまらんでな。

「えっとね、こっちにします!」
「ん、ええよ。ほら、テーブルの上のもん、どかして」
「あ、うん」

本やらスケジュール帳やらスマホやらを、いそいそとどかして、懸命に弁当のスペースを作る俺の奥さん。
ほんまに可愛いなあ。
やっぱり絶対にこんな可愛い奥さんはおらんて思うわ。

「はい、できましたっ」
「なら、食べよか」
「うんっ。いただきま〜す!このお箸、割れないんだけど〜」
「まったくしゃーないなあ」
「だってホントに割れないんだもん」
「いくつになっても手がかかる子やね」
「嫌いになる?」
「いいえ、全然〜」
「よかった(にっこり)」
「ほら、貸し。俺が割ったるよ」
「うんっ」


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