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□君のいる日常 138
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水月は書いとるで。
毎朝毎晩、あ、朝は書かんな。
寝とるでな。
朝も夜もない感じで書いとっても、朝方には寝て、朝はちゃっかり起きんてこんてのはいつもと同じなんが笑える。
あ、でもな、ここ数日は出かけとるねん。
由衣ちゃんと一緒にな。
お、そろそろや。
テレビテレビ〜。
テレビつけな〜。
ちくわ、お前も早よ来い。
姉ちゃんが映るで〜。

「金メダリストにご登場いただきましょう!早川由衣さんです!」

帰ってきてから毎日やねん。
由衣ちゃんな、毎日どっかの番組に出とるねん。
まあ、それはそんなに不思議な話でもないけどな。
何しろ、オリンピック連覇やねんから、当たり前や。
しかも今回は故障を抱えとったなんて裏話もあるんやから、メディアがほっとく訳ないわな。
ところがな、ここ数日、不思議なことが起こっとるねん。
水月が一緒に呼ばれるようになった。
で、由衣ちゃんの隣に座って喋っとる。
オリンピックのことがメインやけど、ふたりの馴れ初め(女の子同士でも馴れ初めとか言うんやろか)とかそんなんも。
つまりな、由衣ちゃんにあれこれ質問やらなんやらしとると、由衣ちゃんの言葉の中に水月の名前が何度も出てくるねん。
それで、これは一緒に呼んだらおもろいんやないかって誰かが最初に気づいたんやろな。
それで呼んでみたら、どんぴしゃでおもろかったんや。
いや、ほんまにおもろかったんやもんなあ。
俺なんかテレビの前で正座して見とったんに、途中から大爆笑やで。
最初は水月が緊張しとって、それがおもろくてちくわと笑っとったんやけど、緊張が取れてくにしたがってなあ。
ダメや。
いま思い出しても笑ってしまう。
水月の緊張が取れて、段々と素の水月が出てきたらな、始まってしもたんや。
いつものあれが。
あの、由衣ちゃんとの夫婦漫才みたいな言い合いっちゅうか掛け合いっちゅうかのあれが。
もう笑うしかないやろ。
司会の人は目を白黒させとった。
そりゃ驚くよなあ。
あれやもんなあ。
あ、ほら、今日もやっとるで。

「今日は早川さんと一緒に、フィギュアスケートチームのアドバイザーでいらっしゃいました忍足水月さんにもお越し頂きました」

う〜ん、ええ響きやなあ。
忍足水月。
かんっぺきやろ。
これ以上の名前は世界中探してもあらへんで。

「早川さん、忍足さん、どうぞお座り下さい」
「「失礼します」」

ん〜、まだ気どっとるね、ふたりとも。
ちくわが水月の声に反応してやって来た。
声は分かるらしいねん。
映っとる姿はどうも分かっとらんみたいなんやけど。
毎回、こうやってテレビの前で正座して見とる俺んとこにとことことやって来て不思議そ〜な顔しとる。

「アドバイザーというのは、実際にはどんなお仕事をされるんですか」
「重箱の隅を突くように、言いがかりをつける係です」
「言いがかり・・・」

ほらな。
もう司会の人が困っとる。

「それはつまり、アドバイスですよね」
「それが言いがかりとしか思えないようなことなんです。本当に」
「忍足さんから見たら、言いがかりなんかじゃないんですよね?」
「早川さんに対しては言いがかりの時もあります(にっこり)。すぐにさぼるんで」
「早川さんがさぼるんですか?」
「はい(に〜っこり)」
「ちょっと、私のイメージが台無しじゃないの」
「だって本当なので(再びに〜っこり)」
「具体的に言うとどんな風にさぼるんですか?」
「例えば・・・ジャンプの練習の時に失敗した振りをして2回転しか回らない、とか」
「え、あれ、バレてたの」
「うん」
「え〜、今まで誰にもバレたことなかったのに」
「バレてたよ」
「なんで分かったの?」
「助走があきらかに違うでしょ」
「違わないわよ。違わないようにやってたもん」
「やっぱりさぼってたんじゃん」
「そうなんだけど・・・ショックだな〜。あれは自信があったのに〜」
「違わないようにやってたのがバレてたんだってば」
「違うやり方考えなくちゃ」
「引退するんじゃなかったっけ」
「あ、そうだった」

スタジオ、爆笑。
俺も爆笑。
ちくわは姉ちゃんを探してうろうろ。

「あの・・・」
「あ、すいません。何の話でしたっけ」
「アドバイザーのお仕事について」
「あ、だからこんな感じに、誰も気がつかないことを気づいて言いがかりをつける係です」
「・・・・・・・・どうして、忍足さんには分かるんでしょう?」
「どうして・・・?」

お前が聞いてどうするねん。
でも、俺もそこんとこは聞いてみたいわ。
なんで分かるんやろ。

「水月ちゃんが答えるのよ」
「あ、うん、えっと・・・どうしてなのかな・・・多分、本当にものすごく多分なんですけど、」
「はい」
「私が素人だからかもしれないです」
「でもスポーツライターがお仕事ですよね」
「あ、はい。スケートが素人、ってことです」
「ああ、そちらが」
「はい。素人なので先入観がない、っていうか、そういうことなのかなって思います」
「詳しくおっしゃっていただけますか?」
「はい・・・あの、例えばなんですけど、コーチの先生方とかは、振り付けが少しずつこなれていくのに慣れていらっしゃるんです」
「確かにそうですね。段々と慣れていく訳ですよね」
「はい。でも、私には慣れていくというよりも、自分流になっていっているようにしか見えなくて」
「ああ、なるほど」
「だから、それを口に出して言うと、みんながびっくりして、でも最近は先生方もそういう見方に慣れてきてらしてるので、」
「すっごく練習がきついんです」
「あはは、それは大変ですねえ」
「そうなんです。でも、そのお陰で2回も金メダルが取れたんだと思います」
「始めて言われた。そんなこと」
「テレビ向けだから」
「だよね」
「そうよ」

ふたりして、大口開けてあはは〜とか笑っとる。
ほんまになあ、可愛いんやから。

「ところで、おふたりとも、まだとてもお若くていらっしゃるのに、奥様だったりお母様だったりする訳ですけれど、」
「「はい」」
「旦那様やご家族はどんな存在ですか?」

あれ、今日はちょっと珍しいな。
今まではオリンピックの裏話が多くて、こんな風なプライベートの質問はなかったんに。
競技の話はもうし尽くしたって感じなんかな。

「まず早川さんから、いかがでしょう」
「そうですね・・・私にとっては本当に大きな支えです。スケートばかりで迷惑もかけてきましたし」
「おうちのことは、どうされてたんですか?」
「まあ、うちはちょっと特殊なので、やってくださる方がたくさんいて、皆さんにはいつもいつも本当にお世話になっています」
「跡部グループの御曹司ですもんね」
「でも最近は、朝ごはんとか作ってくれるんだよね」
「え、そうなんですか?」
「はい。あの顔で早起きして作ってくれます。ただ、いっつもものすごく偉そうなのが玉に瑕ですけど」
「お味の方は?」
「水月ちゃんの旦那様にはかないませんけど、美味しいですよ。私より上手だったりして?」
「早川さんはお料理とかは苦手、とか?」
「何しろ今まで滑ってばっかりでなんにもやっていなかったので、まだまだ全然です。これから頑張ってこっちの方もちゃんとできるようにしたいです」
「忍足さんはいかがでしょう?旦那様は作家の忍足侑士さんですよね。どんな存在ですか?」
「どんな存在・・・」

水月がちょっと考えとる。
こういう時に、「由衣ちゃんと同じで支えです」とかは絶対に言わんのや。
自分の言葉をしっかり探す。
それがここんとこ水月がこんな風に引っ張り出される理由でもあるねん。
今時、珍しいやろ。

「ちょっと待って下さいね。この人は考えだすと長いんで」

由衣ちゃん、ナイスフォローやで。

「あの、えっと、」
「はい、どうぞ?」
「私にとっての忍足侑士は、もちろん支えでもあるんですけど・・・あの、あんまり上手く言えないんですが、『私自身』なんだと思います」
「私自身?」
「はい。本当にずうっと前から誰よりも私のことを理解してくれていて、」
「はい」
「応援しもてくれて、一番の支えなんですけど、それよりももっともっといつも近くにいてくれる感じです」
「だから、『私自身』なんですね」
「はい、あの、すいません、分かりにくくて・・・」
「ものすごく惚気てるようにしか聞こえないから、大丈夫よ」
「そんなのしてないよ」
「してるってば。ね、佐々木さん?」
「はい、確かにそう聞こえました」
「え〜」

スタジオはまたしても大爆笑やけど、俺の目からは水が流れとる。
ちくわが見に来た。
こら、見るんやない。
ええか、俺は泣いとらんで。
これは涙やなくて水や水!
くっそ〜、なんでや、なんで俺は水月にかなわんねん。
あ〜もう〜、あかんやろ。
なんやねん、ほんまに〜。
支えでもあるけど、それよりももっともっと近くにいる。
だから「私自身」。
あ〜死ぬ〜、俺、死ぬ〜。
って、あれ、いつの間にこんな時間になっとるねん。
まずい。
今日は約束があるねん。
うわ、ほんまにまずい。
遅れてまう〜。
仕度せな、仕度や仕度〜!


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