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□君のいる日常 140
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そろそろかな〜、いや、もうちょっとかかるかな〜。
水月が帰ってくるのをちくわと一緒に待っとるとこなんや。
かれこれ3時間近く経っとるから、多分もう少しで帰ってくると思うんやけど。
俺も行こか、って言ったんやけど、水月がひとりで行ってくる、って言うでな、うちで待っとることにした。
そりゃそうやんな。
あんなとこに俺も一緒に行ったら目立ってしゃーない。
ただやっぱり、ひとりってのもちょっと心配やから、かなえちゃんが一緒に行ってくれとる。
ありがたいことや。
こんな時、安心して水月を任せられるんはかなえちゃんしかおらんもん。
あ〜、それにしても、早よ来んかな〜。
今日は帰ってくるまでは連絡はせんてことになっとるで、メールも電話もなしやねん。
これも水月が決めた。
俺の顔を見て話したいんやて。
水月がそうしたいならそうすればええねん。
せやから、俺は待っとる。
ちくわと待っとるんや。

「ちくわ、なんか落ち着かんから、コーヒーでも飲むか」

ちくわはコーヒーなんか飲まんけど、一応聞いてみる。
お菓子かなんかもらえるて思て喜んどるわ。
姉ちゃんは厳しいからあんましもらえんでな。
よし、内緒でなんかやるから待っとれよ。
そん時や。
ちくわが玄関の方に向かって走り出した。
しまった、余計なことを考えとったで、ちくわに負けてしもた。
いつもな、どっちが先に水月の気配に気づくか、ってのを競争してるねん。
結構負けへんのやけど、今日は油断した。
くっそ〜、次は絶対に勝ったるっ。

「ただいま〜」
「おかえり。疲れたやろ、こっち来て、休み」
「大丈夫だよ。ずっと車だもん」
「ん、でもな、まあ座り」
「うん」

俺に促されてソファに座る。
俺は待つ。
水月が話し出すのを、待つ。
こんなんは慣れとるで、どうってことない。
ましてや、こんな時に、ぺらぺらと喋れる訳ないもんな。

「侑士」

しばらく黙っとってから、俺の方を向いて話し出す。

「ん、どうやったん」
「いるって」
「いる?」
「ここにね、いるって」

水月が頬をうっすらとピンクに染めながらお腹を指差す。
そうか〜、おったか〜、おったんか〜。

「赤ちゃん、おるんやね」
「うん、いるって。でもね、あのね、」
「なに?なんか問題でもあったんか?」
「ううん、そうじゃないの。あのね、えっとね、」
「水月、大丈夫や。俺はなにを聞いても大丈夫やから。深呼吸して言うてみ?」

水月が俺の顔を見ながらにっこりと笑う。
なんか久しぶりやな。
魔法の言葉。
俺と水月の魔法の言葉。

「あのね、赤ちゃんじゃなくて、」
「恐竜がなんかが生まれるんか?」
「そんな訳ないよ〜」
「ま、そうやろけどなあ。赤ちゃんじゃなくてなんなんやろ」
「あのね、赤ちゃんじゃなくてね、赤ちゃんズなんだって・・・」
「赤ちゃんズ?なんやそれ、って、え、嘘、まさか、ほんまか?」
「うん、ほんとなの。これ、見て。ふたりいるんだって。よく分かんないけど」

水月がリュックの中から1枚の写真を出して、俺に見せる。
ほら、よくあるあれや、あれ。
エコーとかいうやつ。
それや、それ。

「来週にはもうちょっとはっきりとふたりって分かるようになってる、って先生が言ってたよ」

水月に手渡された写真を見る。
確かにそこには、なんかの物体がふたつ存在しとる。
これが俺の、俺と水月の・・・あかん、あかんで、泣きそうなんやけど。
必死で涙を堪えとると、水月が俺のシャツの袖をちょいちょいって引っ張った。

「ん、どないした、」

水月も同じやった。
目にいっぱい涙を溜めて、俺の顔を見とった。

「水月、なんかすっごく嬉しいな」
「うん、私ね、なんて言って、どうやって喜べばいいのか分かんないくらい嬉しくて、だから、なんかいろんなことが上手く言えなくて、それで、」
「分かっとるから、俺には全部、分かっとるから、な?」
「うん」
「おいで」
「うん・・・」

なんかおかしいと思うやろ。
こんな嬉しいことやのに、水月がなんか冷静な感じがするんはなんでかって。
水月は喜んどる。
それは、水月が玄関を開けて入ってきた時にはもう分かっとった。
水月はものすごく喜んどる。
体中から、嬉しいって声が聞こえてきそうなくらい喜んどるねん。
せやからな、あ、間違いやなかったんやな、って思った。
俺らの子供が生まれるんやな、って思った。
でもな、この子は水月やから。
嬉しくてたまらなくて、俺にすぐに抱きついて叫んでしまいたくても、この子は水月やから。
自分の体に起こったこと、これから起こること、そういうんをいろいろ考えてしもて、どう喜んでええんか分からんのや。
しかも、ふたりやなんて。
頭ん中がぐるっぐるになってしもてるに違いない。
ええねん、それで。
水月、大丈夫や。
正直、俺やって、なんか結構分からなくなっとるんやから。
俺は水月を抱きしめる。
俺の気持ちが全部伝わるように、水月の気持ちが全部伝わってくるように。
しばらくそうしとったら、水月がそっと顔を上げた。
花が咲くように笑っとる。
ああ、もう大丈夫なんやな。

「侑士、」
「うん」
「私ね、すっごく嬉しい。侑士と私の赤ちゃんが一度にふたりも産まれてくるなんて、すっごくすっごく嬉しいの」
「うん、俺もほんまに嬉しいで」
「だから、あのね、ごめんなさい」
「何を謝っとるの」
「なんか上手く喜べなくて、ホントはものすごく嬉しいのに、」
「水月がものすごく喜んどるのは、顔を見ただけで分かったで」
「本当?」
「ん、ほんと。せやからええねん。水月は水月なんやから、水月の好きなように喜べばええのや。俺にはちゃんと伝わっとるよ」
「侑士・・・侑士が旦那様でよかったな」
「アホ、他の奴の訳ないやろが」
「そうだけど」
「でもあれやな、ふたりやといろいろと大変なんかな」
「あのね、先生にいろいろと説明してもらったの。あのね、えっとね、やっぱりね、」

ね、ね、ね。
俺に言いたいことが山ほどある時の水月の口癖。
あのね、それでね、えっとね、だからね・・・

「ちょっと落ち着け、水月」
「あ、うん、分かった」
「大丈夫や。時間はたっぷりあるんやから。ゆっくり話してくれればええねんで」
「うん、ありがと。あ、そうだ、侑士、ありがとね」
「なんの御礼やねん」
「赤ちゃんズをプレゼントしてくれた御礼」
「俺がプレゼントした訳やないような気もするけどなあ」
「侑士がプレゼントしてくれたんだよ、だって、侑士が、あ、」

真っ赤んなっとる。
自分がなにを言おうとしてたんか気づいて真っ赤っかや。

「ん〜、確かに俺がプレゼントしたんかもしれんなあ。やってなあ、ああいうことはやっぱりなあ男の方がなあ、」
「やだもう、やめてっ。そんなの聞かれたら恥ずかしいじゃんっ」
「誰が聞くねん」
「この子達」
「この子達・・・・・な、水月、触ってもええかな」
「うん、いいよ」

抱きしめとった体を少し離して、お腹の辺りをそっと撫でた。
そっとそっと、俺が親父やで〜、って心ん中で言いながら。

「俺が誰か、分かってるんかな」
「大丈夫、絶対に分かってるよ。お父さんだって、ちゃんと分かってる」
「お父さんやで〜。でな、こっちがお母さんや。すんごい可愛いんやで。多分、お前らよりもずう〜っとな」
「もう〜、変なこと言わないでよ〜」
「変やないよ、ほんまのことなんやから」
「もう〜。あ、じゃあ、私も言っとこう」
「なにを言うねん」
「お父さんはすっごくかっこいいんだよ〜」

水月が自分のお腹に向かって話しかけとる。
なんか今まで見たことないような顔をして。
もうお母さんなんやな。
もう、立派なお母さんなんや。
水月、すっごい綺麗やで。

「名前をつけたいなあ」
「名前?それはまだ無理やろ。男か女かも分からんのに」
「ううん、そうじゃなくて、生まれてくるまでの名前。だってさ、名前がないと呼びにくくない?」
「ああ、そういう名前な。水月が呼びたいように呼んだらええんちゃうの」
「ん〜と・・・あ、決めた!」
「なに、はんぺんとかまぼことかはあかんで」
「なにそれ」
「ちくわの例があるでな」
「ちくわはいい名前じゃん」
「ま、そのことについては長なるで、先に行こ。で、どう決めたん」
「ベイちゃんとビーズちゃん」
「なんやそれ」
「ベイビーズだから、ベイちゃんとビーズちゃん!」
「・・・・・・・・」
「ダメ?」
「あのな、お前らのお母さんは可愛いんやけど、世界で一番可愛いんやけど、ちょっとだけ変わっとるねん。せやから、そこら辺はちょっと我慢してな」
「なんかムカつく」
「そんな顔しとると胎教に悪いで」
「そういうのって卑怯だよっ」
「はは、これからはなんでもこの手が使えそうやんな」
「そんなのずるい〜」
「ほら、あかんで。お父さんとお母さんは仲良うせな、な?」
「んもう〜っ」
「水月」
「うん」
「体を大事にしてな。このふたりのためだけやなくて、お前のためにもな」
「うん」
「俺がなんでもしたるでな」
「ほんとにしそうだよね」
「ん、任せなさい」
「あのね、侑士、」
「なに?」
「お仕事のことなんだけど」
「ああ、そのことな」
「先生にね、多分無理だって言われたの」
「そうやろな。ひとりやって大変やのに、ふたりやなあ」
「うん。人によるとは言われたんだけどね、普通は入院とかするんだって」
「そうなんか」
「うん、最後の方はその方がいいですよ、って言われた。実際ね、お腹も大きくなるから動くのも大変になるし、って」
「なるほどなあ。水月は体もそんなに大きい訳でもないしな、そうかもしれんな。ちゃんと本とか買ってきて、勉強しよな」
「うん。あのね、侑士、」
「ん」
「リスクは増えます、って言われたの。ひとりを産むよりは増えます、ってことだけど」
「うん」
「でもね、私、平気みたいなの」
「平気?」
「うん。先生の話を聞きながらね、そりゃそうだろうな、って思ったの。ひとりだって大変なんだから、ふたりだったら大変に決まってる、って。だからね、」
「うん」
「先生の話を聞いてても、怖いとかは思わなかったんだ。全然、思わなかったの。びっくりはしちゃったけど」
「そうか、怖くないんやね」
「うん。それにね、侑士が一緒だもん、なんだって平気」
「そうやな、今までとおんなしやな。一緒に頑張ればええだけや」
「うん」
「仕事はどうする?水月の好きにしてええで。俺はできる限りの応援はするでな」
「うん、ありがと。でもね、これは大切なことだから、あのね、侑士」
「ん」
「お仕事はお休みする」
「全部か?」
「そこはちょっと分からないけど、出かけて行かなくちゃならないのは全部」
「高校テニスもか?」
「うん、そのつもり」
「ええの?あれはお前にとっては、」
「私にとって一番大切なのは、この子達だから。あ、侑士もだ」
「なんか俺、いま思いっ切り付け足された気がするんやけど」
「そんなことないよ、たまたま順番がそうなっただけだよ」
「あやしい」
「もう〜、そんな意地悪なこと言わないでよ〜」
「ま、今日のとこは許したる」
「侑士」
「なに?」
「もしかしたら、さ・・・」
「仕事がなくなるかもてことか?」
「うん」
「水月はどうやの」
「私は、さっき言った通りだよ。私は侑士と私の赤ちゃんを、ちゃんと元気に産みたいだけ。他にはなんにもいらない」
「なら、それでええやろ。ま、ほんまに仕事がなくなったとしても、俺がちゃ〜んと養ったげるで、心配いらんよ」
「3人だよ?」
「頑張りますっ!」
「あはは、頑張ってね〜、お父さ〜ん」

水月が俺の腕ん中で笑い転げとる。
俺な、ほんまはそこそこ心配しとったんや。
ほんまに子供ができとったら、水月が少なからず混乱するんやないかって。
でも、そんな心配はいらんかったんやな。
母は強し、ってことか。
いや、そうやないな。
水月は芯の部分で強いんやった。
忘れとったわ。
ただな、それやからこそ、俺が気をつけてやらなあかんねん。
強さと脆さを両方持っとるんが、水月なんやから。

「お仕事のことは明日、電話するね」
「ああ、そうし。大丈夫、みんな、祝うてくれるよ」
「うん。あ、お母さんとかにはどうする?」
「今から電話しよか」
「うん、じゃあ、まずは忍足のおうちに電話して、それから渋谷で、あ、あとさ、大阪にも!」
「由衣ちゃんとかは?」
「かなえがとっくに言ってると思うよ」
「それもそやな。なら、まずは俺がするわ」
「全部、侑士がして」
「なんで?渋谷には自分で言えばええのに」
「なんか恥ずかしいんだもん」
「ええよ、なら、俺がしたる」
「うん、お願いします!」
「スマホ、取ってや」
「うん」
「あ、ええわ。俺が取る。動いたらあかん、座っとき」
「なんで動いたらダメなの」
「安静にせな」
「今からそんなこと必要?」
「必要に決まっとる」
「嘘だあ」
「嘘やない。あかんで、安静や安静」
「え〜、なんかちょっと違うと思う〜」
「違いません」
「ええ〜」


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