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□君のいる日常 142
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水月は順調や。
どっちかっていうと、元気すぎて困っとる。
「あれやらせろこれやさせろ」が日に日に多なっとって困っとるねん。
やってなあ、可愛い顔して「ね〜これやりたいの〜」なんて言われてみい。
俺はどないしたらええのや。
ま、可愛くてええけどね。

「侑士〜、お洗濯、終わった〜」

来た来た。
最近はな、何でもかんでも俺が、ってはしてないねん。
体調がよければ、今日みたいに洗濯もんを干したりなんてこともさしてる。
あ、それにな、昼飯は水月の担当やねんで。
それはもう張り切って作っとるよ。

「水月、今日は昼飯はええで」
「あれ、どっかに行く予定だったっけ」
「そうやないけどな」
「じゃあなんで?今日はすっごく元気だよ」
「ん、分かっとるよ。顔、見れば分かるでな」
「じゃあなんでなの」
「元気なんやろ?」
「うん、元気!」
「なら、お出かけしませんか」
「お出かけ?したいっ、したいよっ!」

大喜びや。
あ、勘違いせんでよ。
最近はひとりで出かけたりとかもしとるんやから。
まあ、近くのスーパーとか本屋とかが多いけどな。
でもこないだは、かなえちゃんと由衣ちゃんとで跡部のホテルのケーキバイキングに行ったんやで。
ケーキバイキング・・・いかんよなあ。
あの3人でケーキバイキング。
いかんやろ、やっぱり。
今回もやらかして来たで。
全種類を制覇したんやて。
ケーキバイキングのケーキをな。
ちなみに、今回のケーキバイキングの目玉は「50種類のケーキ!」やねん。
それを3人で全種類食ったらしいわ。
ほんまになあ、ちょっとだけ跡部が気の毒になる。
ちょっとだけやけど。
普通に働いとるとはいうたかて、一応は御曹司なんやで。
それなんになあ。
自分の嫁とその友達2人がやって来て、ケーキ50個食って帰る、ってどうやの。
跡部の立場は?って感じやろ。
それにしてもなあ、50個ってどんな量なんや。
水月は「だって、小っちゃいんだよ?普通のより全然小っちゃいんだもん。そんなにたくさんじゃないよ」とか言っとったけど。
可愛かったけど。
すんごく可愛かったけどっ。

「ねえ〜、どこに行くの〜?」
「うわ、急に顔を出すな。びっくりするやろが」
「だって急に黙っちゃうんだもん」

机でパソコンに向かっとる俺の目の前にいきなり水月が顔を出した。
可愛いなあ。
ん、キスしたろ。

「きゃ、なにするのっ」
「キス」

水月の体をそっと抱くと、俺の膝の上に座ってくる。

「可愛い顔するからいかんのやで」
「いつもと同じ顔だよ」
「なら、いつも可愛いてことやんな」
「そんなことばっかり言ってるから、由衣ちゃんに『あばたも水月ちゃん』とか言われちゃうんだよ」
「はは、そんなん言わしとけばええねん」
「そうだけど〜。ね、どこに行くの?」
「ん?今日は何日や」
「今日?6月30日でしょ?」
「なんかお忘れではありませんか」
「お忘れ・・・あ、そっか、誕生日か。忘れてた」
「こっちの誕生に気を取られとるでな」
「うん」
「早くこいつらの誕生日になるとええな」
「うん。あ、でもさ。早過ぎちゃダメだから、まだいいよ。ちゃんと12月でいい」
「そうやな。そうしてやれるように、頑張ろな」
「うん」
「なら、仕度して出かけよ」
「どこに行くの?」
「行くまで内緒」
「そっか、そだね。今年はどんなのかな〜、楽しみ〜」

それからふたりで仕度して、仲良くお出かけや。

「ねえ、侑士」
「ん?」
「ヒントは?」
「ヒント?どんなのか、ってことか?」
「うん」
「そんなん言ってしまったらつまらんやろ」
「でも、知りたいんだもん」
「だ〜め」
「ケチ〜」
「何とでも言え。これだけは譲らんで」
「ケチ〜」

うお〜、可愛いで〜。
「ケチ〜」とか言いながら、「イ〜ッ」とかしとる。
くそ〜、車やなかったらなあ。
そしたらもう、んふふ、どないしたろ〜。

「侑士、信号、変わったよ」
「あ、ごめん」
「お父さん、しっかりしてよね〜」
「はいはい、すんませんね〜」

楽しいなあ、ほんまに楽しい。
これでこいつらが生まれてきたら、どんだけ楽しいんやろ。

「着いたで」
「ここどこ?」
「駐車場」
「それは分かるけど」
「まあええから、まずは車から降りる」
「は〜い」

水月が車から降りるのを手伝うてから、ふたりで歩き出す。
今日は天気がええで、日傘を差してやってな。
日傘の相合い傘ってのがありなんかは分からんけど、ま、結果的にそうなってしまうんやからしゃーないわな。

「あれ、ここってさ」
「思い出したか?」
「うん、これを作ってもらったお店の近くだよね」
「そうや。今年はここで作ってもらったんやで」
「どんなのかな〜」
「気に入るとええんやけどな」
「侑士が選んでくれるので気に入らないのなんてないよ」
「そうか」
「うん。えっと、ここだよね」
「よう覚えとったな」
「だから、2回目は大丈夫なの!」
「そうやったそうやった」
「バカにしてるでしょ」
「してへんよ」
「ま、いいや。ほんとに2回目は大丈夫なんだもん」

今回もエレベーターで3階まで上がる。
あん時はまだ俺らは夫婦やなかったんに、今回は子供もおるなんて、なんかちょっと不思議やな。
結婚したんやから子供ができてもおかしいことはないけど、子供みたいだった頃から付き合うとる俺らが親になるなんてな、やっぱりちょっと不思議やわ。

「なんか不思議だよね」

エレベータの中で水月が呟いた。

「不思議て?」
「だってさあ、前に来た時はまだ結婚してなかったんだよ。それなのに、今日はお父さんとお母さんになってるんだもん。なんだか不思議じゃない?」
「・・・・・・・・」

あかん。
ほんまにあかん。
なんでいっつもこうなんやろ。
俺が何かを感じとると、水月もおんなじように感じとって。
せやから結婚したといえば、それはまあそうなんやけど。
でもなんか、そんな簡単な言葉では言い表せんねん。

「変なこと言ったかな・・・」

俺が黙ってしもたもんで、心配そうに俺の顔を覗いとる。
大丈夫、なんも変なことなんて言うてへんよ。

「俺も同じこと、思っとったんや」
「あ・・・また?」
「ん、また」
「嬉しいな」
「ああ、ほんまに嬉しいな」
「うん、もうなんにもいらないや」
「ブレスレットは貰ってもらわんと」
「あはは、そだね。えっと、こっち!」
「当たり。ほんまに2回目はよう覚えとるよな」
「野生の勘?」
「そんなもんやろな」
「そこは否定するとこだよ!」
「いや、これを否定する奴は多分おらん」
「なんでよ」
「やってそうとしか説明がつかんもん」
「なんかムカつく」
「ほらほら、そんな顔しとるとこいつらが困ってまうで?」
「最近さ、都合が悪くなるとすぐにこの子達のせいにしない?都合が悪いのは侑士なのに〜」
「あれ、ばれとった?」
「ばればれだよ」
「水月にはかなわんなあ」
「そんなこと思ってもないくせに〜」
「あれ、それもばれとった?」
「そこも否定するとこ!」
「もしもし〜、いつになったら入ってくるの?」
「ああ、すんません。こいつがおかしなこと言うもんやで」
「私のせいなの?」
「まあまあ、せっかくなのにそんなところでケンカしないで」
「はい、お邪魔します」
「お久しぶりです」
「しばらく会わないでいたら、お母さんになるんだってね」
「はい」
「なんだか信じられないなあ。水月さんがお母さんだなんて」
「私もです」
「う〜ん、でも何だか前より落ち着いた雰囲気があるよ」
「そうですか?」
「うん。忍足くんはそう思わない?」
「はい、俺も思ってます。可愛いんは可愛いまんまですけど、なんか、上手く言えんのですけど、前とは違う感じはしてます」
「そんなことないと思うけどな」
「いや、あるよ。うちの奥さんもそうだったけど、やっぱりさ、男はお腹には入れられないからね。親になるのは女性が先なんだよ」
「侑士はすでにかなりの親バカですけどね」
「いや、忍足くんのは多分、夫バカだな」
「あはは、それっていいですね〜」
「なんやの、ふたりして」
「あはは、ま、いいじゃない。さあさあ、座って座って」
「失礼します」
「それでは、例のものを・・・はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「さて、僕はコーヒーでも入れにいって席を外すとしましょうか」
「ええですよ、別に」
「ラブラブカップルなんか見てたって面白くないもんね」
「この商売やったら、そんなん見慣れとりますやろ」
「普通の人のならね」
「俺らは普通やないてことですか」
「うん」
「・・・・・・・・・」
「はは、冗談冗談。飲み物、持ってくるよ。水月さんは何がいいかな。コーヒーはダメでしょう?」
「あ、はい。そういうもの以外なら何でも大丈夫です」
「じゃあね、美味しいリンゴジュースがあるんだよ。それを持ってくるね」
「わあ、ありがとうございます」
「じゃ、ごゆっくり〜」
「せやから、なんもしませんて」
「侑士、開けてもいい?」
「ああ、ええよ」

相変わらず不器用〜な手つきで箱を開けていく。
ほんまに可愛い手やなあ。

「雪の結晶?」
「ん、そうやで。夏なんに、って思うよな」
「うん、ちょっと。でもすっごく綺麗」
「いくつある?」
「5個・・・?」
「ん、そうやんな」
「ちょっと大っきいのが2個と・・・中くらいのが1個。そして、小さいのが2個・・・」

水月が考えとる。
じ〜っとブレスレットを見て考えとる。
俺な、好きやねん。
こうやって何かを考えとる水月の顔。
夏に雪の結晶、なんてのを俺が選んだんを見て、そこに何か意味があると思って一生懸命考えとる。
あ〜、ほんまに大好きや。

「もしかして・・・」
「もしかして?」
「これ、私達?大っきいのが侑士と私で、小さいのがベイちゃんとビーズちゃん。でも、そしたらこの中くらいのは・・・」
「うちには、もうひとりおるやろ。ひとりかどうかは微妙やけど」
「・・・・・あ、ちっくん?」
「そうや。あいつを忘れたら怒られるで。ちくわは、こいつらの兄ちゃんやねんからな」
「うん、そうだね。ほんと、そうだ」
「こういうんを贈るんはどうかとも思ったんや。やってな、万が一ってこともない訳やないからな」
「うん」
「でもな、俺、こう思ったんや。もし、万が一が起こったとしても、俺らが家族であることに違いはないって。今こうして、家族でおることは絶対に消えんてな」
「うん、ありがとう。ありがとう、侑士。とっても嬉しいよ。大切にする。あ、でもね、侑士」
「なに?」
「大丈夫」
「大丈夫て?」
「私ね、絶対にこの子達を迎えてあげられるって思えるの」
「自信満々やな」
「だって、まだ生まれてないのに、こんなにたくさんの人に愛されてるんだよ。だから絶対に大丈夫」
「そうやな。ま、俺はどっちかって言うと、こいつらのお母さんを愛しとるけど」
「もう〜、またそんなこと言ってる〜。ふたりが怒るよ?」
「怒られてもなあ、しゃーないねん。ほんまやねんからなあ」
「もう〜」
「ほらほら、そないに怒るな。お母さんが怒ることないやろ。お母さんの方が好きやて言うてるんに。ほら、手、貸せ。つけたるよ」
「うん」

水月の細っこい手首に5個の雪の結晶のついたブレスレットをはめてやる。
お、なかなかええ感じやで。

「似合ってる?」
「ああ、似合うてるよ。俺が見立てただけあるな」
「そこなの〜」
「でも、あんまし手首は太ならんな。体はちょこっと成長しとるんに」
「そうかな。手は前よりぷくぷくしてきた気がするけど」
「それは前からやで」
「え、」
「前からこんなんや」
「え〜、そんなあ」
「ほんとに面白すぎるんだけど」
「普通ですて」
「どこが普通?大体、こんなデザインを照れもせずに考えて注文して渡しちゃうことからして普通じゃないし。あ、水月さん、これね、すごく美味しいから。飲んでみて?」
「ありがとうございます。いただきます!」
「長野に知り合いがいてね。送ってくれるんだ」
「ほんとに美味しいです!」
「でしょう?1本、持って帰ってね」
「ええんですか、そんな」
「ええですよ?忍足くん原案の指輪は今でも売れまくってますんでね」
「そうなんだ」
「水月さんのアイデアの誕生花っていうのも大ウケで」
「でも、やっぱりこれ、素敵だもん〜」

水月が左手を窓の方にかざして見つめとる。
結婚指輪はかなり華奢なんにしたから、一緒につけとるんや。
ん〜、確かにええ指輪や〜。

「だからね、こんなリンゴジュース1本じゃ全然足りないんだよ」
「十分です。ね、侑士」
「ああ、ほんまに。今回もいろいろ我が儘言うて作ってもろたんやし」
「どんな我が儘?」
「なるべく綺麗なダイヤ、とか」
「え、あ、ダイヤがついてたのか」
「お前なあ、気づいとらんかったんかい」
「うん。雪の結晶と数だけしか見てなかった。わあ、ほんとだ。大っきな結晶の中にダイヤがある〜」
「忍足くん」
「はい」
「これって同情してもいいところ?」
「ええと思います」
「ん〜、何なんだろうねえ、この天然加減は」
「俺にもまだまだ謎ですねん」
「あ!」
「今度はなんや」
「雪の結晶って12月だから?」
「それも今頃気づいたんかい」
「だって〜」
「忍足くん」
「はい」
「分かったよ」
「なにがです?」
「この天然加減は可愛いとイコールってことだ」
「正解かも」
「あ!」
「せやからなんや」
「動いた!」
「うご、え、まじ?ほんま?」
「たぶ、ん?もにゅってした」
「それってほんまにそういうことやの」
「分かんないけど・・・」
「多分、そうだと思うよ。うちの奥さんもそんなこと言ってたから」
「もっと蹴ったりするのかと思ってた」
「それはもっと大きくならないと」
「あ、そうか、そうですよね。まだ小っちゃいんだもんね」
「そろそろ性別も分かるんじゃない?」
「先生はもうちょっと経ってから、っておっしゃってました」
「確実に、ってことかな。ふたりいるしね」
「はい」
「どっちが希望?」
「どっちでもいいです」
「忍足くんは?」
「俺もどっちでも。男やとしたら、できれば運動神経は俺に似てほしいとは思ってますけど」
「なにそれ」
「言葉の通りやで。やってそう思わんか?」
「思うけど」
「なら、ええやない」
「誤魔化されてる気がする〜」
「ん、ちょっとな」
「もう〜」


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