巡る季節を(完)

□第7話
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「ただいま、って、起きてはおらんよなあ」

忍足がそうっとドアを開けて、家に入ってくる。
とっくに日付は変わっている。
今日は大変な1日だった。
いや、もう昨日の話か・・・そんなことを考える。
静かに着替え、何か口に入れようかと冷蔵庫を覗くと、そこにはふみが用意していてくれたあれこれが並んでいる。

「ごめんな、ちゃんと食べられんで」

温めるとレンジの音がうるさいかな、なんて考えて迷っていると、背後から可愛らしい声が聞こえる。

「おかえりなさい」
「ああ、ごめん。起こしてしもたな」
「ううん、平気。本、読んでたから」
「そうか」
「何か食べる?」
「ん、これにしよかなって」
「じゃあ、あっためてあげるね。スープもあるけど、それはいらない?野菜のスープだけど」
「うん、それもくれるかな」
「は〜い。じゃあ、ちょっと待っててね」
「なら、ビールでも飲んで待つことにしよ」
「うん、そうして」

髪がちょっとくしゃっとしているのを見て、本を読んでいたというのは嘘だと気づく。
おそらく自分の立てた物音で目を覚ましたのだ。
でもそう言うと、自分が気にすると思って、可愛らしい嘘をついた。
癒されるとは、こういうことを言うのだろう。
ふみと一緒にいるようになってから、何があってもここに帰れば大丈夫、と思えるようになった。

「はい、どうぞ」
「ありがとな。ふみは食べんの?」
「こんな遅くに食べたら太っちゃうよ〜」
「大丈夫やて。毎日やないんやから。スープくらい飲んだらどうや。いらんならええけども」
「じゃあ、そうする〜」

自分の分はちょっと大きめのマグカップによそって、忍足の隣の椅子に腰掛ける。

「何があったか聞かんの」
「いいよ別に。他の女の人と遊んできた訳じゃないんだし」
「分からんよ?」
「そんなの分かるよ」
「なんで」
「先生は嘘をつくと目が笑うんだもん」
「なんやそれ」
「ホントだよ?」
「まじかい」
「うん、まじ〜」
「これから気をつけよ」
「嘘つくの?」
「さあな」
「なんかムカつく〜」

きゃっきゃと笑いながらマグカップを口に運んでいる。

「これ、美味いな」
「本当?」
「ん、ほんと。すぐにでもお嫁に行けるで」
「先生のとこがいいから、すぐじゃなくていい」
「別にすぐでもかまわんけど?」
「学生結婚はちょっとやだ」
「なんで」
「ん〜、なんでかなあ。ん〜とね、ん〜と・・・あ、あのね、学生の間は恋人がいいの」
「なんか違うんか」
「だってやっぱさあ、お嫁さんになったらいろいろあるでしょ」
「何が」
「責任とか、そういうの」
「そんなんあるんか。どっちかっていうと旦那の方にはありそうやけど」
「それは差別だよ!」
「そうか」
「うん、そう!あるんだよ、お嫁さんにも!だからね、学生のうちは恋人がいいの」
「恋人に責任はないん」
「あるけど、それなりに軽そうじゃん」
「はは、そうか。ま、そうかもしれんな。別れるのに紙もいらんしな」
「別れないよ」
「俺やって別れんよ。こんな美味いもん作って待っとってくれる子とは別れたないよ」
「うん。いつもちゃんと待ってるからね」
「でも今日はごめんな。あ、昨日か。ほんまは帰ってこれるはずやったんに、な」
「いいよ、そんなの。何か大変だったんでしょ?」
「ん、あんな、」
「あ、いい、いいよ。喋んなくてもいいよ」
「ええねん。聞いてほしいしな」
「そうなの?」
「ん。聞きたくなければ話さんけど」
「聞きたくないってことじゃないよ」
「じゃあ、聞いて」
「うん」
「絵美、知っとるよね」
「うん。先月だっけ?他の病院から移ってきたんだよね」
「そうや。昨日の昼過ぎに急に悪くなってな、」
「え、うそ、」
「ほんまなんや。みんなして頑張ったんやけど、絵美も頑張ったんやけど、あかんかった」
「嘘でしょ?だって、一昨日は元気だったよ?一緒に夏休みの工作、したのに、」
「ん、そうなんや。でも、嘘やない。ほんまやねん」
「そんな、」

絶句してしまっているのを見て、本当は言わない方がいいのかもしれないと思う。
ただ、自分が黙っていたところで病棟に出入りしているふみに隠しておける訳もないのだからと話し続ける。

「余所からうちの病院へ来るってことの意味、分かるか?」
「意味・・・?」
「ん、意味」
「もしかして・・・重い病気ってこと?」
「重い病気、ってよりも『かなり難しい』って言った方がいいかもな。うちは設備も整っとるし、スタッフも揃っとるから、余所で難しいてなった子がうちに来ることが多いんや」
「そうなんだ・・・そんな風に考えたこと、なかったな」
「そうやろな。みんな、ちょっと見はかなり元気やから」
「うん・・・」
「あの工作な、絵美のお父さんとお母さんが喜んどったよ」

それを聞いて、我慢していたであろう涙がこぼれ落ちる。

「泣かんの、ふみ。今まで入院してることが多かったから、ああいう宿題みたいなのあんましやったことなかったんやて」
「そうなの?」
「ん。うちはスパルタやから、宿題でもなんでもびしびしやらせるやろ」
「どこもそうなんだと思ってた」
「そんなこともないんやで。やっぱりいろいろ考えて甘なってしまうことも多いんや」
「そっか、そうだよね」
「俺らはな、ああいう風に生まれてしもた子らにもできるだけ『普通』の生活をさせたいんや。まあ、普通ってのが何なのか、ってのはあるけどな」
「うん。テストまでやるよね」
「そうや。ちゃんと勉強できたか分からんといかんでな」
「こないだ、美幸ちゃんに数学の問題を聞かれて困ったよ」
「それは聞く人間のチョイスが悪いな」
「なにそれ」
「選りに選ってお前に聞かんでも」
「ちゃんと分かったもんっ」
「ほんまかい」
「ほんとだよ!最初はちょっと分かんなかったんだけど、答えをちょっと見たら思い出したのっ」
「それはカンニングとは違うんか」
「ち〜が〜う〜っ!答えを見たら解き方が分かったんだからカンニングじゃないよっ!」
「はは、ふみはおもろいな」
「ふん」
「さて、そろそろ寝るか」
「お風呂は?」
「ちょっとシャワーだけ浴びてくるから、先に寝とって」
「うん、分かった」
「ふみ、」
「なあに?」
「あったかいもん食ったら、元気になったよ」
「うん」
「じゃあ、先に寝ててな」
「うん」


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