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□君のいる日常 36
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卒業式の日、俺らは薄暗くなるまで屋上でしゃべっとった。
もちろんずっと水月は俺の腕の中におったよ。
ただなぁ、水月が眠くなってしもうてやね・・・
俺の腕ん中が気持ちよかったらしいんやけど。
それにしても、や。
卒業する恋人との屋上での最後の語らいやで。
その最後のひと言がやで。
「眠い・・・」ってどないやの。
好き、とか?
大好き、とか?
愛してる、とか?
明日から淋しい、とか?
帰りたくない、とか?
他の人好きにならないでね、とか?
そんなんやないん、普通は。
それが、眠い、って。
ね〜む〜い〜、って。
ほんまにもう。
これやからこいつの彼氏はやめられへんねん。
こんな可愛いらしいやつは他には絶対におらん。
これだけは断言できるで。
あ〜あ、やっぱりたっくさん単位落として留年するんやった。
こんな可愛い恋人と毎日会えんようになるなんて拷問や、拷問。
そんな訳で、俺は卒業したにもかかわらず毎日氷帝に通っとる。
新聞部が終わる頃に校門で待っとるんよ。
はっきり言って、1年2年の奴らはあきれとるね。
氷帝ナンバー2のモテ男やったはずやのに、なんかほっとかれとる。
ま、ええけど。
水月がちゃんと「侑士、待った?」って走ってきてくれれば他の奴なんかどうでもええ。
で、今日は土曜日です。
土曜日ですっ!
土曜日の意味、お分かりですね?
分からない方は『君のいる日常 35』をご覧下さい、はい。
そう、土曜日やね〜ん。
水月が初めて俺んちに泊まりに来る日や〜。
早よ、来ないかな〜、水月。

「侑士、ごめんね、待っちゃったでしょ」
「平気や。何年でも待っとるから」
「そこまで言わなくていいけど」
「カバン、貸し。もったげるから」
「うんっ」

最近な、こういう時に遠慮せんようになったんよ。
すぐに渡してくれるねん。
前はよっぽど重いとかやないと、なかなか渡さんかったんやけど。

「お昼食べた?」
「まだや」
「それなら、うちで何か食べてから行こうか」
「そうやな、その方が時間かからんでええな」
「うん、侑士が作ればすぐだよ」
「誰がお前に作れ、なんて言うかいな」
「それが彼女に向かって言う言葉?」
「それはちょっと違うで。『料理の苦手な』彼女に言う言葉やからな」
「すっごい傷ついた」
「それはごめんな〜」
「悪いなんて思ってないくせにっ」
「はは、そんな怒るなって」
「ふんっ」

ぷんぷん怒っとる。
でもな、今日はご機嫌やで。
さっきからずっと俺の服の袖つかんどる。
これはずうっと変わらん。
たぶん一生変わらんのやないかな。
それから、俺らは水月の家へ寄って、昼ご飯食べて(もちろん俺が作ったで)お泊まり用の荷物を持って出かけた。
目指すは、表参道。
珍しく、そんなおしゃれなとこに行くんや。
あの例の革のバッグの店があるねん。
店っちゅうか、ショップとか言うんよな、今時は。
今日は水月のリュックを買う。
ホワイトデーのお返しや。
何がええのか結構迷っとって跡部に聞いてみたりしたんやけど、あいつに聞いてもやっぱり意味なかった。
お返しどうすんのや、って言う俺の質問に「お返し?俺」やって。
俺ってなんや、って聞いたら「バレンタインデーのプレゼントが由衣だったから」やって。
こんな阿呆に聞いた私がバカでした。
勝手にやっとれ、バカップル。
でも「本人に聞けばいいじゃねえかよ。遠慮するような仲じゃねえだろ」って付け足してくれたんは、まあ評価したる。
それで、思い切って聞いてみた訳や。
答えてくれるかどうかは難しいところやったけど、なんとか励まして答えさせた。
俺とおんなじ店のリュック、って小っさい声で答えてくれて、俺を喜ばしてくれました。
やってなぁ、俺と秘か〜にお揃いのリュックがええやなんて可愛いすぎるやろ。

「侑士、嫌じゃない?」
「なにが」
「同じお店のとか持つの」
「なんで嫌やねん。思いっきりお揃い持ちたいくらいやで」
「いいの?」
「ええに決まっとるやろ。そんな心配せんの。それにここにもう、お揃いあるやん」

右手を出す。
俺は卒業してからはずっと指輪してるねん。
ちょっとまだ恥ずかしい感じもするけど、そのうち慣れるやろしな。

「そっか、そうだね」
「嬉しそうやなぁ」
「うん、お揃い、嬉しい」

満面の笑み、ってこういうの言うんやろな。
顔中笑顔、って感じで俺を見上げとる。

「あ、侑士、お店そこだよ」
「あ、そうか。よくここまでひとりで来れたな」
「ちょっと大変だったんだよね〜」
「大変?」
「え、あ、いいの、それは」
「なんか気になるんやけど」
「い、い、のっ」

なんか気になることを言いながら店に入っていく。

「こんにちは〜」
「いらっしゃいませ。あれ、水月ちゃん、どうしたの」
「今日は私のを買いに来ました〜」
「リュック?」
「はいっ」
「もしかして、例の彼氏くんかな」
「あ、はい、そうです。忍足先輩です」
「忍足です、はじめまして」
「どうも、店長の白井です」

なんや、店の人とえっらい親しげなんやけど。
2回来たくらいでこんなんなるんやろか。

「君がそうなんだ。なるほどね〜。こんなにかっこいい彼氏なら頑張って買いに来ようと思う訳だ」
「ダメ、ダメですってば」
「あれ、内緒なの?」
「あの・・・もう思いっきり聞こえてますけど」
「聞こえちゃったってよ?」
「え〜、ダメ〜」
「ダメってなに」
「ダメ、言わない」
「じゃ、俺から言おうか?」
「お願いします」
「ダメだってば!」
「君は黙ってなさい」
「えぇ〜」
「大変だったんだよね、水月ちゃん?」
「もうやだ〜」
「最初はね、9月の初め頃だったかな。高校生の女の子が店を覗いててね」

「それでね、何度も何度も店の前を通っては覗いてて」

「で、その日はそれで帰っちゃったんだけど」

「次はね、それから1週間くらいしてからだったかな。また覗いててね」
「それって営業妨害やないの」
「そんなことはなかったよ。で、その日は3回目くらいにやっと入って来たんだけど、見てるだけで帰っちゃった」
「いつ買うねん」
「だって〜」
「まあ俺も、この仕事長いから話しかけない方がいいだろうな、って思ってそっとしといたんだよ」

「そしたら、次の日、ちゃんと来てくれたんだ」
「で、買うたんですか」
「いや、まだ」
「まだ?」
「まだ。今度は迷っちゃって、ね?」
「だって、どれがいいのか分かんなかったんだもん・・・」
「最後の2つを1つにするのが大変で。結局その日は決まらなかった」
「ほんまにご迷惑をおかけしました」
「あはは、いいんだって。それで、次の日、決まったんだよね。あれに」
「はい・・・」
「忍足くん、ちゃんと気に入ってくれたんでしょ?」
「はい、使てますよ、きっちり」
「あれ、かっこいいもんね、長く使えるよ。もし壊れたりしたら持ってきてくれれば直せるしね」
「ほんまですか、ならもっと使い倒します」
「そうしてよ。革は使った方がいいからね。ところで、彼女ちゃんあっち行っちゃったけど」
「都合が悪いと逃げますねん」
「逃げてないですっ。リュック見てるのっ」
「どれがええの」
「これかこれ」
「また迷うんかい」
「縦か横か、だね、それだと」
「はい、どっちがいいのかなぁ」
「水月ちゃんには横って言うか、正方形に近い方がバランスがいいかな」
「そうですか?」
「うん、まあ好みでいいとは思うけど」
「俺も横の方が似合う思うよ」
「ホント?」
「ん、ホント」
「なら、これにする」
「早いな」
「自分のだから簡単でいいの」
「なら、これお願いします」
「はい。今日はホワイトデー?ラッピングする?」
「いらないです。あ、してもらった方がいい?」
「いらないやろ。一緒に買うてるんやから」
「うん。あ、じゃあラッピングはいりません」

俺が金払ってる間、店ん中を見て回ってる。
気、遣てるんやろな。
一応プレゼントやから。

「きちんとした子だよね。君に気を遣って」
「はい。俺はそんなんええんですけど」
「こういう所に来るの、苦手なんでしょ?」
「そうですねん。初めての所とかダメで」
「相当、頑張ったと思うよ。この辺りってちょっと敷居が高いって思われてるから」
「俺も貰った時、驚きました」
「君になら、頑張り甲斐があるんじゃない」
「そうだとええですけど」
「そうだと思うよ。はい、じゃ、これ」
「ありがとうございます。水月、」
「あ、は〜い」
「ほな、これ」
「うん、ありがとう」
「なんだか見せつけられちゃうなぁ」

なんや店の人達に冷やかされる感じで店を出た。

「頑張ったんやな」
「なに?」
「誕生日ん時」
「うん、ちょっとね」
「ありがとな」
「でも、あげたかったんだ。欲しいって言ってたから」
「ん、大切にするよ」
「私も、するね」
「お揃いやしな」
「うんっ」
「お茶でもするか?それともまっすぐ帰る?」
「帰りたいな」
「ん、なら帰ろか」
「うんっ」


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