U

□君のいる日常 38
1ページ/4ページ


フランスから帰ってきてから1週間。
水月は順調に原稿を書き進めている。
とは言っても、まだ一気に書き上げる自信もないので、時々山中にチェックしてもらいながら書いている。
今日も編集部に行っている。

「そろそろ帰ってくる頃やろか」

今日は忍足は一緒ではない。
いつもいつも一緒では水月のためにならないと、今回はあえて一度も一緒には行っていない。
本当に、そういう気遣いは天下一品の忍足である。
では何故ここに、忍足のマンションに水月は帰ってくるのか。
実はかれこれ5日ほど、水月はここに泊まり込んでいる。
最初はもちろん自分の家で書いていたのだが、貴子が2日で音を上げた。
学校があればそれなりに規律を守って書くのだが、何しろ今は春休み。
書き始めれば夜も昼もなく、食事もほったらかし、お風呂は・・・になってしまう。
しかも今回はアスリートのスケート特集号のメインである早川由衣のそのまたメインページを書いているのだ。
夢中にならない訳がない。
で、貴子が「忍足くんのところに行って」と言った次第。
忍足としてみれば、願ったり叶ったり。
だって大好きなのだから。
そういう何かに夢中になっている水月が。
それで結局3日目に、渋谷の車でパソコンやら10数冊はあるノートやら何やらと一緒に水月はここにやって来た。
それからはリビングのテーブルをいろんなもので占拠して、夜も昼もなく夢中で書いている。
ただし、ちゃんとごはんも食べているし、お風呂にも入っているし、ちゃんとベッドで寝てもいる。
忍足グッジョブ。

「それにしてもなぁ」

忍足は独りごちる。

「貴子さんもなんやな。『書く人って苦手なのよね』ってどないやねん」

そうなのだ。
音を上げた貴子が忍足に電話してきて言ったのだ。

「私、書く人苦手なのよね〜」

と。

「だんなさん思いっきり書く人ですやん」
「そうなのよね。それだけだって困ってるのに娘までなんて本当に困っちゃうわよ」
「あの、ここに将来書く人になりたい奴もおるんですけど・・・」
「そうなのよ。本当にどうしよう。あ、将来ね、私のことあなた達のうちに引き取るとかしなくていいから」

忍足絶句、であったのだ。

「まったく親子揃って変わりすぎや。でもま、そのおかげで水月んことずっと見てられるんやからええけどな」

いそいそと夕ごはんの仕度なんかしている。

「キッチンやで、キッチン。ほんま可愛いったらないわ」

独り言絶好調。

「早よ帰って来んかなぁ。ええもんあるんに」

そう、ええもん。
今日早く帰ってこないかと首を長くしているのには訳がある。
水月に見せたいもの。
それが今日届いた。
リビングの一角に鎮座しているそれは・・・机。
ここで使う家具は、あまり贅沢をしないようにと人から譲ってもらったりしながら揃えた。
ソファとテーブルは、これまたこの時期に引っ越した姉の彼氏から。
引っ越しなんてそろそろ結婚するんかな、なんても思っているのだが。
本棚は渋谷から。
冷蔵庫は何故か跡部から貰った。
「もっとでかいの買うからやる」らしい。
さすがにベッドは新調したけど。
だって、だって〜。

「これは重要やろ」

ですねん。
さよか。
で、机。
でも机はこだわりたかった。
机は大切だと思ったから。
ふたりにとって大切だから。
だから探した。
そして見つけた。
ふたりの机。
それが今日、届いたのだ。

「早よ、来んかな〜」


次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ