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□君のいる日常 41
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忍足が難し〜い顔をしてパソコンに向かっている。
水月は「あんな顔見たことないかも」なんて思っている。
ついでに「ちょっとかっこいいかも〜っ」とかも思っている。
この彼氏にしてこの彼女あり。
忍足は『この読み』の来月号に載せる書評を書いている。
そんなに難しい顔をする必要はないとも思うが、何しろ初めてな訳なのでついついそんな顔になってしまう。
そんな忍足をちらちら見ながら水月は洗濯を終わらせて、掃除機をかけていいものか悩んでいる。
で、たった今「迷惑に違いない」と勝手に結論づけて掃除はやめることに決めた。
だって「お掃除、あんまり好きじゃないし」なのだ。

「水月、掃除機かけてもかまわんよ」
「え・・・」
「さぼろうとしたやろ」
「う・・・」
「あかんで、今週は水月の番なんやからな」
「今やろうと思ってたとこだよっ」
「どうだかな〜」
「さあ、掃除機掃除機〜、っと」
「ばればれやで」

図星されて渋々掃除機を取りに行く水月の後ろ姿に声をかける。

「水月、掃除の前にちょっとこっち来てくれへん」

掃除機のしまってある収納の前から声がする。

「ちょっと待って〜。きゃあ〜っ」

悲鳴に続いて物が倒れる音。

「どないした?」

忍足が急いで行くとそこには掃除機やら何やらと一緒に床にいる可愛い恋人。

「ちゃんと他のもん押さえて取れて言うてるやろ。そこそんなに広くないんやから」
「侑士が呼ぶからだよっ」
「人のせいにすな」
「すみません」
「しょうがないな。掃除機は俺がやるから、ほら、どき」
「え、ダメだよ。当番私だもん」
「ええよ。その代わり言うたらなんやけど、書けた分見てくれへん?読んで意見聞かして」
「意見なんてないよ」
「井上さんに見てもろてたやない。そんな感じで見てや」
「無理だよ、そんなの」
「思ったこと言ってくれるだけでええから」
「なんかそう言うのやだ〜」
「つまらんこと気にせんで、俺のお願いや思って、な?」
「・・・掃除機やってくれるの」
「やる、やったるよ」
「じゃ、見てくる」
「ん、頼むな」

実は水月はこの週末、ものすごく気を遣っている。
普段から少なからず、自分の方が書くことに関して先に進んでいることを気にしているのだ。
だから初めて「何かを書く」ということをしている忍足に対して上からものを言ったような感じになったりしてはいけないと神経を張り詰めている。
もちろん、そんな水月の気持ちに忍足はとっくに気づいているので実際の所、このカップルには何の問題も起こらない。

「なに気にしとるんやろな。そう言うとこはほんまいつまでたってもアホやで」

そんなことを言いながら掃除機をかける。
忍足にしてみれば気分転換にもなるし、掃除は自分がした方が部屋がきれいになるので一石二鳥なのである。

「四角い部屋を丸く掃く、とは上手いこと言っとるよなぁ。そう言うんを実際に見たんは初めてやったけど」

リビングの向こうから声がする。

「悪口言ってるでしょっ!」
「言ってへんよ〜。水月はええ子やな〜って言っただけやで」
「嘘ばっかりっ!」

そんなことを叫びながらも水月はかなり真剣に忍足の書いたものを読んでいる。
何度も読み返して考えたりしている。
やはり、いざ読み始めれば夢中になってしまうのだ。
あまりに真剣で忍足が近づいてきたことにも気づかない。

「どない?」
「あ、ごめん。気がつかなかった」
「あかんかな」
「そんなことないよ。面白かった、」

ちょっと言葉を句切る。

「けど、何かあるんやろ。ちゃんと言うてくれんとダメや」
「うん・・・誰に読んでほしいのかな、って思った」
「誰に・・・」
「うん、対象が広すぎるかもって思って、」

言葉に詰まる。

「言ってええよ。ちゃんと言って」
「うん。そもそもこういう雑誌を買う人って本読む人じゃないのかな」
「そうやろね、普通は」
「だったら、もう少し『この本を読んでほしい』よりは『この本を選んでほしい』って思って書いたらどうかな・・・ごめんなさい、生意気言って」
「なんでそこで謝るん。そう言うんはなしや、言うたやろ」
「でも・・・」
「言ってくれた方が俺のためやねんで」
「うん、分かってるよ。でも慣れないんだもん、こういうの」
「そういうとこも水月のええとこやけどな。でもほんま、参考になったわ。もうちょっと頑張ってみるな」
「うん、お茶入れてあげるね。コーヒーと紅茶とどっちがいい?」
「水月お得意のミルクティーがええな〜。スパイス入っとるやつ」
「うん、分かった。すぐ入れるね」

またパソコンに向かう忍足。
水月はキッチンへ向かう。

「せやけど、さすがやなぁ。読んでほしいより選んでほしい、か。なんや頭ん中すっきりしたで」

さっきまでの難しい顔はどこへやら、俄然勢いがつき始めた。
そんな忍足の様子を見ながらミルクティーを入れる。
そして、それを邪魔にならないようにそっと机に置く。
それから自分はリビングのテーブルで勉強をし始める。
その一連の動作を見て忍足が言う。

「こっちで勉強したらええやない」
「邪魔になっちゃうよ」
「なんのためにこんなでかいの買うたんや」
「そっか」
「そうや。だいたい、一昨日から気い遣いすぎや」
「え、」
「ばればれやで」
「うそ〜」
「ホント」
「なんで〜」
「なんだってお見通しや」
「ずるい〜」
「ずるくないやろ。とにかくこっちでやり」
「は〜い」

嬉しそうに勉強道具を持ってくる。

「嬉しそうやな」
「だって、ホントはこっちでやりたかったんだもん」
「なら最初からやればええんや。変な遠慮はせんの」
「うん、今度からちゃんとそうする」

それからしばらく、自分のことに没頭するふたり。
こういう集中力はふたりともかなりのものだ。
跡部に言わせれば「お前達は安上がりでいいよな」である。
かなえには「たまにはどこか行こうとか思わないの?」なんて聞かれる。
でも、ふたりとも思わないのだ。
ここで、この部屋でこうしてふたりで勉強したり本を読んだりしてるのが一番幸せな時間なのだから。
「美しい関係だね」とは不二の弁である。
いかにも言いそう。
先に終わったのは忍足で。
水月の手元を覗き込む。

「何やっとるの」
「数学」
「どれ、見たるよ」
「うん」
「これ、どのくらいかかったん」
「30分くらいかなぁ」
「ふうん、だいぶ早く解けるようになったやない。しかもちゃんと合っとるし」
「ホント?よかった〜。侑士は?終わった?」
「ん、一応。見てくれる?」
「いいよ」

今度は水月が忍足のパソコンを覗く。
しばらく読んでから。

「うん、さっきのよりずっといいと思うよ。すごいね、侑士。初めてなのにすっごい上手」
「水月のおかげやで。さっきので、なんやすっきりして書けてもうた」
「サークルの先輩にも褒められるといいね」
「ん、でも初めてやからな。なんでもええよ、俺は。そうや、サークルで思い出したんやけど」
「なにを?」
「今度大学に遊びに来ん?」
「行ってもいいの?」
「ええよ。サークルのみんなが会いたいんやて」
「私に?」
「みんな書くのが好きやからな。女子高生ライターの中嶋水月に会いたいんやろ」
「え・・・」

水月の顔が少し曇る。
それを目ざとく見つける忍足。

「またそんな顔する」
「でも・・・」
「冗談や。誰も女子高生ライターなんて思ってへんよ。俺がべたべたに可愛いがっとる彼女を見たいだけや」
「だったらそういうの言わないで・・・」

涙が溜まってくる。

「ああ、ごめん、ごめんな。そう言うの嫌なんやもんな。ほんまごめん、泣かんでよ、な?」

曇った頬に自分の頬をそっと寄せる。
肩を抱いて言う。

「ごめんな。俺、これっぽっちもそんなこと思ってへんよ」
「分かってるよ」
「誰かて嫌やねんなぁ、さっきみたいなんは。せやのに、ごめんな」
「もう平気」
「ほんま?」
「侑士、あったかいから平気」

水月の言葉に思わず微笑む。

「そっか」
「うん」
「ならほら。これでどう?」

水月を持ち上げて自分の膝の上に乗せる。

「こんなに鍛えてどうするの」
「強ならなあかんやろ」
「なんのために?」
「水月を守るために決まっとるやん」
「すごいね」
「すごいんやで、俺の愛は」
「だ〜い好き」

忍足の首に抱きつく。

「機嫌直った?」
「うん。ね、」
「なん?」
「ホントに行ってもいいの?」
「もちろんや。盛大に見せびらかすんや」
「何を?」
「水月」
「それはいいよ」
「なんで。そしたら女の子寄って来んようになってええんやけど」
「寄って来るんだ、やっぱり」
「え、いや、そんなでもないよ」
「そういうの墓穴掘るって言うんだよね」
「泣きべそかいといて何言うとるん」
「侑士が好き、ってこと」
「あ〜あ、なんでこんな子を好きになってしもたんやろ。こんなに憎たらしくて可愛い子」
「憎たらしいの?」
「そうや。お前をどんだけ好きにさせたら気が済むねん」
「い〜っぱい」
「い〜っぱいな」
「うん、い〜っぱい。ね、侑士、」
「キス?」
「ううん、そうじゃなくて」
「うわ、俺これはずしたん初めてちゃうか」
「あのね」
「ん、なに」
「すっごく嬉しかった」
「何が?」
「書いたの見せてくれて」
「そんなん水月かていつも見せてくれるやない」
「それは私がそうなだけで、みんながそうとは限らないよ?」
「そらそうやけど」
「だからね。もし侑士が見せたくなかったら見せてって言わない、って決めてたの」
「そうやったん」
「うん。でもね、見せてくれてやっぱり嬉しかった」
「見せるに決まっとるよ。何のためにこんなに傍におるんや」
「それでもすごく嬉しかったの」
「俺は水月が俺のパソコンとかを俺のいない時に見たって何とも思わへんから」
「私だって平気だよ」
「そうやろ?お前が平気なことは俺も平気ってこと」
「うん」
「これからはつまらん気を遣ったりしないんやで」
「うん、もうしないね」
「ま、そうやって頭ん中で余計なことをぐるぐる考えてる水月を眺めてるんも面白くてええけどな」
「ちょっとむかつく」
「愛してる、っちゅうことや」
「なんかごまかしてない」

ぷっと膨れた水月の頬を指先でつつく。

「やあだ。さわんないで」
「俺のもんをいくらさわろうと俺の勝手や」
「もんじゃないもん」
「なんやそれ。侑士の水月やないん」
「そうだよっ」
「なんや怒っとるけどこっから降りはせんのやな」
「降りないっ」

じたばたと暴れながらも決して忍足の膝の上から降りようとはしない水月。
そんな水月を優しく抱きしめている忍足。
窓から差す光の中、ふたりだけど影はひとつ。
安上がりな日曜の午後。

「あっ、今度の金曜日、学校午前中で終わりだ」
「それがどうかしたん」
「遊びに来い、って言ったじゃないっ」
「あ、そうやった」
「いいよ、もう。かなえとどっか行くことにするから」
「そんな冷たいこと言わんでよ。ちゃんと俺んとこ来て?」
「何くれる?」
「キスしたる」
「そればっかり」
「コーヒー牛乳おごったる」
「カフェオレかもよ」
「もちろん、どっちでもOKや」
「じゃあ行ってあげる」
「決まりな」
「キスは?」
「するに決まっとる」


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