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□君のいる日常 43
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水月がちょっとずつ忙しくなってきとる。
と言っても、まだそれほどでもないんやけどな。
水月が受験生ってこともあるし、去年と違ってレポートの練習もないから高校テニスの取材は全国大会が始まってからってことになっとるんや。
でもな、全国各地から予選の経過がメールで送られて来とる。
そうや。
全国各地の去年の部長らからや。
頼みもせんのに送られて来とるらしい。
水月はすっごい喜んどるけど俺にしてみたらちょっとばかし複雑やで。
やって、考えてみい。
自分の彼女に全国各地の男連中から山のようにメールやら写真やら送られて来るんやで。
で、それ見て彼女は大喜びで返事書いてんのやもん。
分かってはいてもなんや妬けてしまうねん。
それプラス手塚や、手塚。
3月からな、手塚の記事を毎月書いとるんよ。
インタビューしてそれを1ページにまとめる、っちゅう形で。
手塚は日本にはほとんどおらんから、会って話ができん時は電話なんよ。
ほとんど電話やね、今んとこ。
なんや楽しそうなんよ、その電話が。
ぺっちゃくっちゃぺっちゃくっちゃ長電話しよる。
こないだなんか、このうちでしとった。
俺の目の前で。
楽しそうにぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。
ま、座っとったのは俺の膝の上やったんやけど。
もちろん水月は真面目ちゃんやから一生懸命逃げようとしとったけど、そんなん俺が離さへん。
結局ずっと俺の膝の上で手塚と楽し〜く話しとった。
フランスで手塚が見つけた古本屋の話。
おいおい、テニスの雑誌やで。
ええんかい。
この前はオーストラリアのなんちゃって日本料理店のすっごい和食の話やったな。
ようするにテニスの話は毎回ほとんどなしやねん。
それがどうも評判がいいらしい。
分からんでもないけど。
やって、手塚がそんな話をする相手なんて水月くらいしかおらへんもん。
水月の100倍は真面目やからな、あいつは。
そうそう、和食の話ん時にな、自分が作るとなぜかなんちゃって和食になってしまうて書いたんよ。
自分で書いとんのやから誰も文句は言わんけど。
そしたらな、プロテニスの編集部に「中嶋さんにあげて下さい」って料理の本がたっくさん送られてきた。
それ見て「いくらなんでもこんなに簡単なのじゃなくても大丈夫なのに〜」なんて言っとったけど、俺に言わせればちょうどええ感じやったで。
もちろん本人には言っとらんよ。
へそ曲がってしもたら大変やからな?
そんな感じで手塚も人気上昇中やし水月も結構な人気者になっとるみたいや。
アスリートの方もな、今はまだスケートはほとんどオフシーズンみたいなもんやから書いてへんけど、スケート特集号はすごかったんやで。
ものすっごい売れたんやて。
水月は由衣ちゃんの人気のせいやって信じとるけど、山中さんはそれだけやないって言っとった。
俺もそう思っとる。
ホントにいい記事やったんや。
内藤さんの写真もすっごくよくて。
当たり前やけどな。
その道のプロなんやから。
ただ、選んだのは水月やったってこともあって、記事の内容とぴったしで。
由衣ちゃんがどんだけ努力してあそこまでになったかってことがほんまよく分かった。
それと、由衣ちゃんの普通の女の子としての生活もちゃんと書いてあってな。
跡部とのこともや。
もちろん跡部も由衣ちゃんもOK出してるから何の問題もないよ。
プライベートな由衣ちゃんて今まであんまり表に出とらんかった。
由衣ちゃんを守るためでもあったんやろうけど、今回水月の撮った由衣ちゃんの素顔がな、大評判やったんや。
練習見とる跡部もいい顔しとった。
写真て愛情なんやな。
水月の由衣ちゃんへの思い、跡部への思いが伝わってくるもんやった。
でもな、俺が一番好きなんは最後のページの写真やねん。
正確に言うと、これ撮ったんは俺やねん。
水月のカメラで俺が撮った。
タルトがいっぱい乗っとるお皿を持って笑っとる由衣ちゃんと水月。
最高の笑顔なんやで。
頑張ったご褒美を持って笑っとるふたり。
そしてその笑顔はな、俺と跡部に向けられてるねん。
せやからな、誰が撮ったどんな写真よりふたりともええ顔しとる。
そんな訳で、この写真はアスリートの読者にも大評判で水月の人気は鰻上り。
ちょっと自分で墓穴掘った気もしとる。
人気者の彼女を持つと微妙やで、ほんま。
俺のことでしょっちゅう悩んどる水月の気持ちがちょっと分かる気がするわ。
あ、でも誤解せんといてや。
俺はそんなんで小っちゃくなる男やない。
うちの本棚にな、俺と水月の夢の棚があるねん。
そう、夢の棚。
まだがら空きなんやけど、いつかここをいっぱいにしよな、って約束してん。
今は水月の『プロテニス』と『アスリート』が数冊と、俺の『この読み』が1冊。
『この読み』が来た時な、水月が喜んだなんてもんやなかったよ。
ちっぽけなサークルで出しとるちっぽけな雑誌やけどな。
それでも、俺が書いたもんや、って言って喜んで。
がら空きの棚のど真ん中に、わざわざ表紙をこっち向けて置いて。
俺は黙って見とったんやけど。
ホントにな、嬉しそうに嬉しそうに、大切そうに置いてくれた。
それ見てて思い出した。
前に内藤さんと話したこと。
水月が活躍しとることを俺よりもむしろ水月の方が気にしてる、ってことについて。
内藤さんはこう言った。

「まったく気にしない子だったらどうかな」

って。
人間の気持ちってのは言ったり来たりなんや、って話してくれた。
そん時の水月を見てて、ほんまにそうなんやな、って思ったんや。
あれ。
俺なんでこんなこと考えとるんやろ?
あ、俺、映画見とったんやった。
あんまりつまらんかったんでついつい水月んこと考えてしもた。
俺な、最近ひとりで映画見たりするんよ。
去年は水月と一緒に行っとったけど、今年は俺がひとりで行くことも多いんや。
もちろん水月が見たいやつは一緒に行くよ。
今日のはな、俺ひとりで来てん。
そしたらまあ、はずれやった、って訳や。
そらしゃーないわ。
そういうこともある。
そんな時は水月のこと考えるに限る。
時間なんてあっという間やで。
でもなんや、考えとったら会いたなってしもた。
そうや、行ったろ。
バスで帰れば氷帝の前を通るねん。
いきなり行ったら驚くやろな。
喜ぶで〜。
よしっ、そうと決まれば善は急げや。
俺はいそいそとバスに乗り込んだ。


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