君のいる日常 T

□君のいる日常 7
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「おい、今日の放課後お前の女連れてこい」
「女て水月んことか?」
「他にいるのか」
「いるわけないやん。でもなんか女とか言われてもぴんとこんのやもん」
「なんだかお前も理屈っぽくなってきたな」
「失礼やで」
「とにかく、今日の放課後に中嶋を連れてこい」
「最初からそない言えばええんちゃうの。で、理由はなに?ここには理由がない限り来ない、って決めてるみたいやねん」
「めんどくせえな。俺が用がある、って言えよ」
「用て、なに。まさか実は水月に惚れたとかちゃうやろな」
「お前の女に手を出すほど不自由してねえよ。それに、ああいう小動物系は好みじゃない」
「あのちまちましたとこがええんやないかい。あの可愛さがお前に分かってたまるか」
「なぁ、跡部も侑士も遅刻するぞ」
「とにかく、連れてこいよ、分かったな」
「はいはい」

と言う訳で。
忍足と一緒にテニス部の部室に向かう水月。

「今日はえらく素直なんやな」
「なにが?」
「いつもやと、部室に行くのは公私混同だからダメ、とかいろいろ言って来てくれないやろ」
「だって跡部先輩のお願いなんでしょ」
「俺のお願いはしょっちゅう却下されてんのに、なんで跡部のだとええんよ」
「跡部先輩だから」
「彼氏は俺やで。今朝かて、」
「あんなお願い聞ける訳ないでしょ」
「なんでや。おはようのチューしてってお願いして何が悪いん」
「悪いです」
「お前朝っぱらからそんなこと言ってんのか」
「あ、宍戸先輩こんにちは」
「中嶋、悪いこと言わないから早いとこ別れろ。バカがうつるぜ」
「やっぱそうかな」
「なに言っとんのやっ。それにバカやのうてアホやっ」
「もう少し静かに入ってこれねえのか」
「あ、跡部先輩こんにちは」
「あぁ中嶋、悪かったな」
「いいえ、跡部先輩のお願いですから」
「だから、なんで跡部のお願いだと聞けて俺のはダメなんやって話や」
「俺のとお前のじゃ質が違うってことだろ」
「その通りです、跡部先輩!」

最近、跡部と水月は忍足をかまいたいポイントがお互いに似ていることに気づき、すっかり意気投合している。

「ずいぶん今日は楽しそうだね」
「あれ井上さん、今日取材とかありました?」
「やあ、忍足くん。どうも。今日は取材じゃないんだよ」
「井上さん、こいつが中嶋水月ですよ」
「あぁ、そうなんだ。はじめまして、中嶋さん。月刊プロテニスの井上です」
「あの・・・?」
「井上さんが水月に用事なん?」
「中嶋、こちらは月刊プロテニスの井上さんだ。テニス部もずっとお世話になってる」
「こんにちは。あ、はじめまして。中嶋水月です。あの、でもなんで私なんですか?」
「実はこれを読んでね」

手には数枚の紙・・・?

「うわ、それ『ラケットグループのなんとか』やん」
「ええぇ〜そんなの読んだんですか。そんなのダメですよ。返して下さいっ」
「井上さん、それ読んで意味分かったんすか?」
「あれを読んで中嶋を尋ねてくるってかなり不思議ですよね」
「でもさぁ、意味不明で面白いって言えば面白いC〜」
「みんな何気にひどくないですか?」

いつの間にかやって来ていたメンバーが口々に騒ぐ。

「うるせえ、黙れ」
「あはは、みんなちょっとひどいんじゃないのかな。僕にはじゅうぶん面白かったよ、これ」
「そ、うですか?」
「うん。面白かったんで、他にもいろいろと跡部くんに見せてもらったんだ」

― 「なんで跡部がいろいろ持ってるんや」
「俺が生徒会長だってこと忘れたのか。学校新聞なんて生徒会室に山積みだ。こいつらが出し過ぎなせいで」
「なるほど」 ―

「あの・・・それで何か・・・?」
「中嶋さんはスポーツの記事を書くのが好きなの?この1年くらい多いよね」
「あ、はい。でも最初の頃は先輩のアシスタント、って感じだったんですけど。書いてるうちに楽しくなって、最近は自分から書かせてもらってます」
「うん。そんな感じだね。段々ノッて来てる感じがするよ」
「そんなこと分かるんですか?」
「そりゃ、一応プロなんで」

水月の目が輝き出す。
そんな水月を見つめる忍足の目は温かい。
メンバー達も話の成り行きに興味津々。

「それでね、中嶋さん。ちょっと唐突な気もするんだけどね」
「はい」
「“同じ年代の目線から見た選手達”を書いてみないかな」
「私が書くんですか?」
「そう。もちろん、ちゃんと取材してね。それに、本に載る時には僕らの“指導”をきっちり入れた上で、になるけど」
「なんで私なんですか?他にもいっぱいいるんじゃないですか?新聞のコンクールとかもあるし・・・」
「まぁね、これが僕の目に触れた、っていうのは偶然と言えば偶然だけど、でもこんなこと普通考えないし、考えても書けないと思うんだ。それにね、」

少し考えて、井上は続ける。

「他のも読んだけど、中嶋さん、どんなスポーツでも、ものすごくルールとか知ってるよね。それに一番いいなと思ったのは、
失敗しちゃった選手や、負けてしまった選手にすごくちゃんと話を聞いてるよね。これって結構難しいんだよ。誰だって聞きづらいからね」
「ルールは、やっぱり知らなくちゃダメだと思って覚えました。でも覚えてるうちに楽しくなっちゃって・・・」
「あえて負けてしまった選手達に話を聞くのはなんでかな。話してもらうの難しいし、勝った選手の話の方が紙面的には華やかじゃない」
「あの・・・学校のスポーツって負けると終わり、ですよね。続きはない、って言うか。それに、1回も試合に出ないで終わる人もいっぱいいて、」

水月は言葉を選びながら一生懸命話す。

「もちろん、スポーツって厳しい世界だから仕方ないんですけど、でも、負けても、何か残るものがあってもいいんじゃないかと思って、」
「うん」
「あ、もちろん勝ったチームもちゃんと書いてますよ。テニス部とか。最後負けちゃうこと多いんですけど」
「おい、聞き捨てならねえこと言ってんじゃねえよ」
「前から聞きたかったんですけど、なんで最後負けちゃうんですか」
「だから、失礼なこと言ってんじゃねえ」
「はは、やっぱり面白いねぇ。中嶋さんのそういうところが興味あるんだ」
「私、面白いですか?」

全員が「お前が面白くなくて誰が面白いんだ」と思うが、もちろんいつもの通り、言わない。

「すごく真剣に真面目に真正面から相手にぶつかってるのに、落としどころがちょっとずれてるところかな」
「ずれてる・・・」
「あ、いや、いい意味で、だよ。あくまでも」


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