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□君のいる日常 76
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明日は水月の誕生日や。
とうとう水月も二十歳になるねん。
なんやちょっと信じられん。
水月が成人やなんて。
まあ、そんなこと言うたかて実際は俺と1才しか違わんのやけど。
俺は親かって話や。
でもなあ、なんか水月に対してはそないな感情の方が先に立ってしもて。
日吉やかなえちゃんなら、そんなもんやろ、って思うくらいなんに。
俺ももう少し水月んこと対等に見んといかんのかもしれん。
対等は対等なんやけど。
別に下に見とる訳でもないし。
でもなあ、なんかこう守ってやらな思ってしまうねん。
好き過ぎなんや。
ほんまに好きなんやもん。
好きやから守りたい。
傍にいたい。
突き詰めればそれだけや。
傍にいたい。
でもなあ。
去年の誕生日は俺がアメリカで、今年の誕生日は水月が大阪や。
高校テニスやねん。
今年は近畿ブロックから取材が始まっとる。
今年もぜ〜んぶ行くんやて。
しかも今年はほとんどひとりで行くらしい。
日程の調整なんかは井上さんがやってくれたんやけどな。
ひとりで行くて聞いて、俺も最初はちょっと心配やった。
でも井上さんによれば、中嶋水月はもう十分認知されたから大丈夫や言うことやった。
水月は張り切っとるよ。
3日間やて。
それがちょうど7月3日をはさんでしもた訳。
水月はさかんに謝っとったけど、そんなんしょうがないもんな。
俺やってそんなことで文句は言わん。
でもなあ、やっぱり今年は一緒にお祝いしたくてなあ。
あれ、今何時や。
お、そろそろやな。
今日は三重で、三重と和歌山の代表校を取材してから奈良に行って泊まって、明日は奈良、京都、滋賀の代表校の取材。
それが終わったら明日は大阪のじいちゃんちに泊まる。
明後日は大阪で大阪と兵庫の学校を取材して、東京へ帰る。
そんな日程や。
じいちゃんちに泊まるんは今年は遠慮せんとちゃんと自分で頼んどった。
1日しか泊まらんてのがじいちゃんらには逆に不満やったみたいでな。
ほんまに水月のことを可愛がってくれとるんよ。
で、明日が7月3日やねん。
水月の20回目の誕生日。
お、電話や電話。

「俺やで〜」
「いつも思うけど、その電話の出方さあ、ちょっとバカっぽいよ」
「自分の彼氏をバカっぽいとは何事や」
「だって、ホントにちょっともったいないんだもん」
「誰に対してもったいないねん」
「誰だろ」
「お前の方がよっぽどアホやな」
「なにそれ〜。切る、もう」
「ちょっと待て。早まるな、こらっ」
「うっそだよ〜ん」
「ふん、言っとれ」
「ねえ、侑士。お誕生日会は明後日だよね?」
「そうや。1日遅れやけどケーキ作って待っとるよ」
「侑士が作ってくれるの?」
「他に誰が作るねん」
「すっごく嬉しい〜。何ケーキ?」
「それは内緒や。見てのお楽しみ」
「そだね。楽しみにしてるね」
「ああ、しとってええよ。腕振るうからな。そうや、プレゼントもな」
「うんっ。楽しみにしてま〜す」
「こうご期待やで」
「嬉しいなあ〜」
「水月」
「なあに?」
「疲れとらんか?」
「疲れてるかどうか分かるんじゃなかったの?」
「分かっとるよ、もちろん」
「じゃあ聞かなくてもいいじゃん」
「水月がほんまのことを言うかどうかが重要やろ」
「なんだかテストされてるみたいだなあ」
「やってなかなかほんまのこと言わんやろ」
「言うよ、ちゃんと言いますっ」
「なら、どうや?疲れとらんか?」
「ちょっとだけ疲れてます」
「よろしい。ほんまのこと言うたね」
「うん。でもね、今年は去年と全然違うんだよ」
「どう違うん?まあ、俺は日本におるって違いはあるけどな」
「うん。あのね、」

ああ、ええなあ。
水月の「あのね」。
大好きや。
ほんわかして幸せな気持ちでいっぱいになるねん。
水月の「あのね」。

「ねえ、侑士、聞いてる?」
「ああ、ごめんごめん。聞いとるよ。何が違うん?」
「あのね、」

ああ、好きやわあ〜、ってあかんあかん。
ちゃんと聞かな怒られる。

「侑士がね、東京駅で『頑張ってな』って言ってくれたでしょ?」
「ああ、言うたね」
「それがね、去年と全然違うんだ」
「そうなんか。なら次ん時は『きっと君は来な〜い〜』ってBGM付きにしたげるでな」
「それちょっと違うと思うよ」
「そっか、だめか。残念やな。ならなんて言おか」
「『頑張れ』で十分です」
「なんかつまらんなあ。ま、次までに何か考えとくわな」
「変なこと言わないでね。台無しだから」
「何が台無しなん」
「だってさあ、すっごいかっこいい彼氏がホームで手を振ってくれるんだよ?できれば黙っててほしいかも〜」
「な〜んか俺、今すっごい傷ついた」
「あ、ごめん。ごめんね。侑士、ごめんね?」
「ああ〜だめや〜もう立ち直れへん〜」
「どうしたら立ち直る?ね、どうしたらいい?」
「ホームで『水月、愛しとるで〜』って叫ばしてくれたらええよ」
「やだ、そんなの絶対やめて」
「アホ。そんなこと言う訳ないやろ。残された俺の方が恥ずかしいわ。でも、歌は歌うからな、覚悟しとけよ」
「ええ〜、他のにしてよ〜」
「他の?」
「うん、他の」
「じゃあ・・・チュッてさして」
「・・・・・・・調子に乗ってるでしょ」
「うん、乗ってる」
「侑士ってさ、ホントに私のこと好きだよね」
「え、なに。いきなりなんや」
「ねえ、好きだよね?」
「好きやけど、なに?」
「じゃあ、そういうことしないでね?」
「あっ、お前、こらっ、適当なこと言うんやない」
「勝った〜!」

まったく。
最近ずっとこんな感じなんや。
俺がすっかりやられてしまっとるねん。
でもま、俺をコケにするくらい元気なんやったらそれが一番や。
もっともまだまだ先は長いんやから、しっかりサポートしてやらな。

「じゃあ、侑士、もう切るね」
「ああ、ケーキ楽しみにしとってな」
「うん。でも明後日でしょ?」
「ん?ああ、そうや。明後日やで」
「よかった。間違っちゃったら大変だもん」
「間違えんよ。水月のスケジュールなんかもう全部頭ん中に入っとるで」
「大袈裟だなあ」
「大袈裟なもんかいな。俺の生活は水月を中心に回っとんのやから当然や」
「ありがとね、侑士」
「ええねんよ。ほな、また明日電話してな」
「は〜い。あ、明日はおじいちゃん達と一緒だよ」
「そうやね。よろしく言うてな」
「は〜い。じゃあね」
「ああ、おやすみ。ちゃんと寝るんやで」
「うん。おやすみなさい」


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