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□君のいる日常 77
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「ただいま〜」

って・・・あれ?
もう帰っとるはずやねんけど、まだなんかな。
飛行機遅れたとか?

「寝とるやん」

今日は水月が帰ってくる日やったんやけど、柏原さんから編集部に来てくれって言われてしもて迎えに行けんかったんや。
もちろん、水月はそんなことでふくれたりはせんよ。
「自分で帰れるから大丈夫だよ。柏原さんとちゃんとお話ししてきてね」って可愛らし〜く言ってくれた。
なんでこんなに可愛いんやろねえ。
あれは世の中の可愛さをぜ〜んぶ使てるね。
うん、使てる。
間違いない。
って、なんの話やっけ。
あ、そうか。
迎えに行けんかった話やな。
ほんまは何が何でも行きたかったんや。
何しろ今回は九州と四国を一度に回るっていう超難関やったんや。
もちろん今年も、いくつかの学校が集まって取材を受けてくれとるねん。
それでもなあ、移動やらなんやらで結局今回は1週間行きっきりやった。
さすがに最後の2日くらいは電話の声が息切れしとってなあ。
ついて行かんて決めたんは俺やけど、ほんまに今回ばかりはすぐにでも飛んでってやりたかった。
もしそんなことしたら怒られる思うけど。
「ちゃんと自分のことやらなくちゃダメでしょっ」とか言うてな。
でもな、まさか彼女を迎えに行くから日にち変えてくれなんて言えんもん。
せやから、我慢した。
もっとも、今日帰ってくるって柏原さんに言ったら「じゃあ、他の日にすればよかったね。次からはそういうの言ってくれていいから」なんて言われたけど・・・ええんやろか。
分からん。
今度、渋谷先生にでも聞いてみよかな。
うん、そうやな、そうしよう。
さすがにこういう場合はバカ親父やなくなって、ちゃんと教えてくれるからな。
でも日に日にバカ親父の比率が高くなっとる気がするのは気のせいか?
気のせいちゃうよなあ。
絶対に人気翻訳家よりバカ親父の割合が増しとるで。
困ったもんやわ。
一応、俺の憧れの人やったはずやのになあ。
でまあ、水月は頑張って羽田からひとりで帰ってきた訳や。
相変わらずおっもいスーツケース(ニューヨークん時よりはさすがに軽いで)を持ってな。
で、どうやら、家に入ってリビングまで来たとこで力尽きたみたいやね。
なぜか俺の足もとに転がっとる。
スーツケースやないよ。
水月が、俺の可愛い可愛い水月が転がっとるの。
ちくわが俺の周りをくるくる回っとるところを見ると、ちくわをサークルから出して感動のご対面をしてそのまま寝た、ってことなんやろね。

「ちくわ、こういう場合は姉ちゃんに何か掛けたらなあかんのやで?」

俺に無理難題を言われて首かしげとるけど、たぶんちくわも一緒に寝てたんやろな。
しっかし、可愛い寝顔やなあ。
リビングのテーブルにもぐるみたいにして寝とるんよ。
起きる時に頭ぶつけんとええんやけど。
とりあえず寝せとくかな。
まだ夕飯までは時間あるしな。
買うてきたケーキをキッチンのカウンターに置いて、ソファに畳んで置いてあるタオルケットを取って水月に掛けてやった。
あ、これ、眠ってしもた水月用のや。
冬は毛布になる。
普段はちくわが寝とったりもする。
それを取って掛けたげた。
結構難しかったで。
ちょっと目を離した隙にさっきよりもテーブルの真下にもぐり込んでしまっててなあ。
これは絶対に起きた時に頭ぶっつけるで。
う〜ん、どないしたもんやろね。
ま、見とけばええか。
起きそうになったら引っ張り出してやれば大丈夫やろ。
リビングのテーブルの下で寝る恋人を見ながら(なかなかできん経験やで、これは)俺はバッグん中からさっき柏原さんから貰ってきたもんを出す。
あ、このバッグ、水月に貰ったあれやで。
初めての誕生日ん時に俺のために水月が買うてくれたやつや。
他のも持ってるけど、やっぱりこれが1番なんや。
水月に貰たから、ってだけやないんよ。
何しろ、使い勝手がええねん。
かっこもええし。
それやからもう使いっぱなしでなあ。
でもほんま丈夫なんや。
さすがに多少傷ついたりはしとるけど、型崩れなんて全然してへんのやで。
かなり重たいもん入れたりしとんのに。
まあ、ちゃんと手入れはしとるけど。
俺、そういうの好きやねん。
1週間に1度くらいは手入れしとるよ。
そういう時には水月のリュックとかブーツなんかもやったるねん。
俺がそういうことやってるとな、水月も一緒にやり始める。
結構あいつもそういうん好きでなあ。
でも必ず、自分のやなくて俺のをやり始めるから聞いたことがあって。
そしたらなあ・・・そしたら、「侑士の持ち物を触ってるの大好きなの」やって。
やって〜。
どっからそんな言葉が出てくるんやろ。
俺のことが好きとか、俺に触っとるのが好きとかやなくて、俺の持ち物を触っとるんが好き。
必殺技やろ、ほんまに。
う〜ん、いつかこれ使わしてもらお。
どっかに書いとこ。
おっと、そんなことどうでもええんやった。
こっちや、こっち。
俺が手元に目をやったそん時やった。
ものすっごい音がした。
ごちっ、とも、ごとっ、とも、ごてっ、とも聞こえるようなものすごい音。
それと同時にテーブルの下から俺の大好きな子の声がする。

「いたあ〜い」

あ、しもた。
見とくの忘れた。
あ〜、やっぱりぶつけたかあ。
そりゃそやで。
何しろほんまに真下におったんやから。

「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない〜」
「ああ、ほら、動くな。今、出したげるから」

起きようとしてまた頭をぶっつけそうになっとるんを制して、水月の腕を掴んで引っ張り出す。

「なんで、こんなとこにいるの〜」
「それは俺が聞きたいわ。帰ってきた時には既にそこにおったで」
「うそ〜」
「そんなうそついても俺には一文の得にもならん」
「う〜」
「どれ、見せてみい」
「ん・・・」

見事におでこが赤くなっとった。
これはこぶんなるかもしれんなあ。
まったくどんだけ思いっ切りぶつけたんや。

「冷やしといた方がええかもな」
「そんなに〜?」
「こぶんなるかもしれん」
「ええ〜、やだ〜、こぶ〜」
「しょうがないやろ。お前がそんなとこに入るんが悪い」
「う〜」
「ちょっと待っとき。冷やすもん持ってくるで」

とりあえず、熱が出たときの冷却シートを持ってきて貼ってやる。
おもろい。
おもろい上に、可愛い。
寝ぐせついた髪して、痛さで涙目になって、おでこにシート貼っつけて。
くくっ、あははっ、可愛い〜っ。

「笑わないで」
「やって、可愛いんやもん」
「痛いの」
「痛いの痛いの飛んでいけ〜」
「バカにしてるでしょ」
「しとらんよ。何言うとるん。ほんまに可愛いて思っとるんに」
「起こしてくれればよかったじゃん」
「あんだけすやすや眠っとったら起こせんよ。気をつけててやろうとは思ったんやけど、ごめんな。つい目、離してしもて」
「侑士〜」
「なんや、急に」
「会いたかった〜」
「俺もやで」

座ったまま俺に抱きついてきよる。
もちろん俺も抱きしめ返す。
俺にやって1週間は長かったで?
ちくわには目の毒やけど、ま、ええわな。
とっくに慣れっこやろしな。

「キスしたい」
「あれ、言われてもた」
「考えたんだ〜」
「なにをや」
「最初に『侑士、』って言うからばれるって」
「あれま、ほんまやな。分からんかったわ」
「やった〜っ。これからはこの手で行こうっと」

にっこにこやで。
ふん、そんなん次からはおんなしや。
次からは全ての前に俺が言うたるから、まあ見とれ。

「1週間もそんなくだらんこと考えとったんか」
「くだらなくないもん。大問題だもん。ずうっと言わせてもらえなくて」
「よかったなあ、言えて」
「やっぱりバカにしてる」
「してへんて。で、しなくてええの?キス」
「するっ。してっ」
「それなら、遠慮なく」

1週間分のキスや。
ちくわ、目、つぶっとれよ。


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