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□君のいる日常 98
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う〜んと、これは・・・ん〜、え〜、分かんない〜。
ま、いいや、後で決めよっと。
えっと、これは?
え〜、これも決まんない〜。
じゃ、これもあっとで〜。

いよいよ来週やねん。
俺らの引っ越しな。
先生らは5月になってすぐに引っ越し完了して、二世帯同居を始めとる。
周り中から心配されとった先生のお袋さんと貴子さんの嫁姑問題は意外や意外、ものすんごく上手くいっとるみたいや。
先生のお袋さん、つまりはおばあちゃんやけどな、小学校の先生やったんやて。
だからな、働く女性の応援なら任せろとばかりに家事をほとんど一手に引き受けてくれとるらしい。
でもこのおばあちゃんがそれはそれは活動的な人やねん。
カルチャーセンターやら、お稽古事やら、それはまあ出かけまくっとるんや。
「やっと遊ぶ時間が持てるようになったんだから有意義に使わなくちゃ!」って言うて。
せやからな、実はおじいちゃん大活躍!なんやな。
ほんまにどこもかしこも女は強い。
で、俺んちはと言うと・・・女は可愛い。
可愛いんやで〜。
ほらな、やっぱり俺んちの女は超超超可愛いね〜ん。

「なんで俺の可愛い水月ちゃんは、いろ〜んなもんに埋もれとるんやろね?」

今な、荷造り中やねん。
とりあえず自分のもんをそれぞれやっとるとこ。
俺の方はだいぶ片付いてきたから見に来たんやけど・・・案の定や。
自分の周りをいろんな物でい〜っぱいにして座り込んどる。
俺な、しばらく見てたんや。
そしたらな、何かを手に取るやろ。
そして考える。
まあ多分、これはいるのかいらんのか、って考えとる。
そうしたら普通はな、いるもんは段ボールへ、いらんもんはゴミ袋とかそんなとこに行く訳や。
ところが、この俺の可愛い可愛いお姫様は、や。
しば〜らくそれを手に持ってじ〜っと考えると、何故か、な〜ぜ〜か、それを自分の隣に置くねん。
それも、ほとんどが隣に置かれる運命になっとるみたいでなあ。
せやからいつの間にか座っとる場所の周り中にいろんなもんが山積みになっとる、っちゅう訳。

「え・・・わあ、なんで?」
「俺の見てる限り、ぜ〜んぶお前が置いとったで」
「うそ〜」
「そんなつまらん嘘はつかんし」
「どうしよう・・・」
「俺に聞かれてもなあ」
「だって、分かんないんだもん」
「いるかいらんか?」
「うん」
「しゃーないな。手伝うたるから、ほら、ちょっとどいて」
「わ〜い、やった〜!侑士、大好き〜」
「こんな時ばっか言うんやない」
「いつも言ってるじゃん」
「そうでした」
「そうだよ」
「じゃあ、言葉以外でちゃんとして」
「え〜、また〜?」
「そう、また〜」
「いいじゃん、そんなの」
「なら、手伝うのなしな」
「え、ダメ、手伝って、手伝ってよ」
「じゃあ、ほら」
「卑怯者」

ちょっと膨れながら俺のほっぺたにチュッ。
んふふ、チュッ、やて。
ん〜、ほっぺたやつまらんなあ。
そうやな、こんなんあかんわ。

「ほっぺたは却下な」
「なにそれ〜」
「手伝わんよ?」
「う〜」
「ほら、早よ〜」
「どこにすればいいの」
「どこって・・・ここや」

俺の方からしてやった。
不意打ち食らって、びっくりしとる。
あ〜、もうこれやから、やめられんの。
こいつの彼氏はやめられん。

「びっくりするじゃんっ」
「ええやんか。水月やってその方がええやろ?」
「ええけどっ」
「はは、怒るなや。で、どっからやる?」
「ここら辺からお願いします」
「よし、なら、これはいるん?」
「分かんない」
「それじゃあ、どうにもならんやろが」
「だって分かんないからそこに置いてあるんだから分かんないよ」
「ややこしいな。じゃあ、質問変えるで」
「うん」
「これは去年、着たんか?」
「こないだの冬ってことだよね」
「そうや」
「えっとね・・・1回くらいしか着てないみたい」
「なんで1回しか着んかったん」
「首のとこがちくちくしてやだったの」
「あ〜、そういうの嫌いやもんな。なら、もう着んのやない」
「うん、着ないと思う」
「ならなんで迷っとったん?」
「見た目が好きなの」
「見た目、なあ。じゃあ、もうひとつ質問な」
「うん」
「見た目が好きやからまた着るとしたら、ちくちくは我慢できるんか?」
「できないと思う」
「じゃあ、見た目は好きでもこれはもういらんのやない」
「うん、そうだ。そうだね!侑士ってすごいねえ」

ものすっごく尊敬の眼差しで見つめられとる。

「それほどでもないで」
「だって、すごいじゃんか。あんなに迷ってたのに、すぐ決まっちゃったんだもん」
「屁理屈には理屈やねんで」
「屁理屈じゃないっ」
「え?まあちょっと違うけど、似たようなもんや。ほら、膨れんで。次、行くで」
「う〜」

そないな感じでかれこれ2時間。
水月の方もあらかた片付いた。

「結構あったね」
「そうやなあ。いつの間にか増えとったんやな」
「うん。最初の頃なんかさ、どこもスカスカだったのに」
「ほんまやで。よくまあこんだけ入っとったと思うわ」
「うん、ホント。3年間てすごいね」
「寂しいか?」
「ううん、平気。だってね、こういういろんな物は全部は持ってけないから捨てたりしなくちゃだけどさ。でも思い出はね、」

そう言うと水月は少し広くなった気もする部屋を見回した。

「思い出も持ち切れないくらいいっぱいあるけど、でもそれは全部ここに入れてけるでしょ?」

そう言って、にっこり笑て、胸の前に手を重ねた。

「よくもまあ、そんなことが言えるもんやで」
「だって〜」
「大好きや」

少し広くなった部屋で並んで座りながら水月を抱きしめた。
水月も俺の腕ん中できゅっと丸くなっとる。

「ねえ、侑士」
「なん?」
「あっちのおうちはここよりずっと広いよね」
「そうやな、かな〜り広いわな」
「うん。でもさ、今までみたいにくっついてていいんだよね」
「なに言うとんの。そんなん当たり前やろ。俺らが離れとる必要がどこにあるねん」
「費用対効果が悪いかな〜って」
「お前な、面白すぎやで」
「最近覚えたから使ってみたかったんだよね〜」
「まったく。せっかくいいムードやったんに」
「え、やだ。ムードは別っ」
「いいムードやったらどうしたいん」
「こうしたい〜」

今度は水月がちょっと顔を上げて唇を重ねてくる。
それに応えながら、さっきよりもしっかりと抱きしめる。

「水月、もしかしていつかな。跡部んちみたいなお屋敷に住むことがあってもな」
「なさそう〜」
「もしかしてやからええのや」
「うん」
「もしそんなことがあってもな。俺はこうやって一年中お前を抱きしめときたいで」
「うん、私も。私もそうしてたいよ」
「大変やで?」
「何が?」
「嫌やて言うてもずっとなんやから」
「言わないもん」
「しょっちゅう言うくせに」
「あれは建前なの。本音は違うの」
「どう違うん?」
「ずっと一緒にいたい。いつもいつも一緒にいたい」
「ん、せやな」
「でもいつもは無理だから、お出かけする時はいっつも侑士にもらったのしてくんだよ」

ブレスレットを指差す。

「俺もそうやで」
「ブレスレット?」
「まあそれもあるけど、これや、これ」
「え〜、それ〜?」
「そうや。やってこれは正真正銘、初めて水月が俺にくれたもんやもん」

ミサンガや。
あん時のミサンガや。
高3の夏に水月が俺のために作ってくれたあれ。
俺な、今でもしてるねんで。
はっきり言うて、ぼっろぼろなんやけど。
もちろん時々は洗てるで。
でもなあ、何度か切れよった。
そのたんびに直してるねん。
あ、俺がや。
俺がちまちまと直しとる。
それでも見た感じぼろぼろなんは隠しようがないんやけど、外すつもりなんてさらさらない。

「でもさあ、それが写真とかに写ってるとすっごく恥ずかしいんだけど」
「写真て、インタビューとかのか?」
「うん、そう。こんな感じにさ、手とか挙げてると時々写ってるじゃんか〜」
「そんなとこよく見てるな。あ、それでか」
「なに?」
「あんな、時々手紙に書いてあるねん。『あのミサンガはどんなお願いをしたんですか』とかって」
「そうなの?」
「そっか、みんなそんなとことか見てるんやな。よし、今度なんかの時にはその話、しよ」
「え〜、やめてよ〜」
「ええやんか。彼女が俺に『最後まで頑張れますように』って作ってくれたんや、って言うんやから」
「私が作ったのばれるのやだよ」
「普通にばれとるやろ」
「え、なんで?」
「お前の他に誰が作るねん。それともあれか。お前以外の子に作ってもらってもええ言うことか?」
「やだ。絶対やだからね!」
「なら、恥ずかしいとか言わんの。俺の宝物なんやから」
「もっと上手に作ればよかった・・・」
「それは無理やろ」
「即答?」
「やって、俺がいなかったら出来上がらんかったで?」
「そうだった・・・ダメだな〜。私、何年経っても何も変わってないや」
「つまらんことで落ち込むな。いつまでも可愛くて最高やで」
「侑士しか言わないよ、そんなこと」
「俺が言えば十分やろが」
「あ、そうか」
「そうやろ?」
「うんっ」
「よ〜し、今日の分はだいたい終わったから、気分転換に買い物でも行くか」
「うん、行く〜」
「晩飯、何がええ?」
「えっとね〜、お好み焼きがいいな。侑士特製のお好み焼き!」
「キャベツ刻むんは俺な」
「なんで」
「そこはまだまだ譲れんの」
「なんでよ〜」


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