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□君のいる日常 99
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新しい部屋での生活にも慣れてきて。
仕事も勉強も順調で。
相変わらず仲良しで。
ただ、どうにもこうにも忙しくて。
すれ違っている。
ある朝は。

「今日は何時頃帰ってくるん?」
「え?あ〜、えっと〜、ごめ〜ん、ちょっと分かんな〜い。後でメールするから〜。行ってきま〜す!」
「あらまあ、行ってもた。あんなに慌てて弁当は持ったんかいな」

お弁当は絶対に忘れない水月ではある。
またある日は。

「ね、侑士。今度の日曜日なんだけどさ」
「日曜日?何かあるん?って、おっと、悪い。もう出かけな。帰ってから聞くわな」
「うん、行ってらっしゃい。気をつけてね」

こんな感じ。
悪気はないのだ、ふたりとも。
ただ、とにかく水月はほとんど外を飛び回っていて家にいないし、たまにいても今度は忍足が出かけていたり。
どちらかと言えば、水月が忙しすぎている。
卒論に取りかかり始めていて、どうしても大学にいる時間が長くなっているのだ。
その分、家にいる時間が少なくなってしまっている上に、またひとつ仕事が増えた。
本当は今年は増やすつもりはなかったのだ。
卒業するまでは今のペースで、と思っていた。
ただ、自分でもやってみたいと思う仕事の話が来てしまい、悩んだものの、忍足の後押しもあってやることにした。
世間一般でアーティストと呼ばれるような人達へのインタビューだ。
月刊誌の連載。
写真家、イラストレーター、書道家、陶芸家、音楽家等々。
名前を聞いただけで嬉しくなってしまうような人ばかりで水月が夢中になってしまうのも無理はない。
しかも、取材の内容もずばり水月好みなのだ。
まあ、依頼する側が水月の好みを十分承知した上で依頼してきたのだから当然と言えば当然である。
何度かそのアーティストの仕事場なり作業場なりを訪れた上で、インタビューするというもの。
もちろん、それを記事にするのは水月本人だ。
この依頼の内容を聞いた時、忍足はある意味、唸った。
そこまで整えた上で仕事の依頼が来るほどになっているのかと。
分かってはいるが、自分の恋人の凄さに改めて感じ入った忍足であった。
で、水月。
今日は午前中に少し大学に顔を出してから、その新しい仕事の打ち合わせで出版社に来ている。
いよいよ来週から始まるのだ。
第一弾は今すごく人気のある書道家。
来週、仕事場の方に出向いて見学させてもらうため、その打ち合わせだ。
水月にしてみたら、スポーツ関連ではない仕事は初めてなので、緊張しながら臨んでいる。

「それでは、このスケジュールで来週はお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
「そんなに緊張されなくて大丈夫ですからね。基本的にアーティストとスポーツ選手って似てると思いますよ」
「そうですか・・・?そうだといいんですけど。あの、もし私が何か失礼なことを言ったりしたら、教えて下さい。お願いします」
「そんな心配いりませんってば。皆さん、割と気さくなんですよ。そう思ってない方が多いとは思いますけど」
「はい・・・でも私、あの、すっごく失礼らしいんです・・・みんなにいっつも言われてしまって・・・」
「そこが中嶋さんのチャームポイントじゃないですか」
「それ、褒められてますか?」
「褒めてますよ。そこを見込んでお願いしたんですから」
「それって喜んでいいのかなあ」
「是非、喜んで下さい」
「はい・・・」
「じゃあ、下までお送りします」
「あ、いえ、大丈夫です。ひとりで行けますから」
「いいのいいの。私も外の空気が吸いたいし、ね?」
「あ、はいっ。そうですね。じゃあ、是非お願いします」

担当の編集者は須崎という女性で、ここではかなりのベテランだ。
実は水月、初めて会った時からちょこっと憧れていたりする。
水月がそういう感情を表すのは結構珍しい。
あまりそういう風に人を見ないのだ。
そのことには忍足も気づいていて、少し面白がったりもしている。

「何だか人がいっぱい・・・?」
「本当だ。何かしら・・・あ、多分原因はあれじゃないかしらね。ほら、見て」
「えっと・・・?あ、ええっ?」
「待ち合わせされてたとか?」
「いいえ、そんなことないんですけど」
「紹介していただいてもいい?」
「あ、はい、もちろんです」

普段はいるはずのない数の人間でざわめいている玄関ホールから見えたもの、それは。
街路樹に寄りかかって本を読んでいる忍足の姿。
ちょっとキメ過ぎの感もあるが、まあ多分、他にすることもなかったのだろう。
人気のイケメン作家がそんな所にいるのだから、出版社の人間が立ち止まってしまうのも仕方がない。
そのざわめきの中を更にざわめかせながら須崎と一緒に外に出る。

「侑士、どうしたの?」
「あ、終わった?」
「うん、終わったけど・・・あ、あのね。こちらが『月刊 Art』の須崎さん」
「あ、はじめまして、忍足侑士です。中嶋がいろいろとお世話になってます」
「須崎です。お世話になるのはこちらですから、よろしくお願いいたします。でもホント、凄いわあ。噂では聞いていたけど」
「凄いって?」
「『忍足侑士は実物の方が断然凄い』って。もっとも、中嶋さんもそうね。ふたりとも実物の方が断然、だわ」
「いや、こいつは『実物の方が断然面白い』やないですか」
「もう、ちょっと、変なこと言わないでよね」
「ああ、ごめんごめん。憧れの須崎さんの前で変なこと言うたらいかんよなあ」
「もう、もっとダメだよ、それ〜」
「憧れ?」
「そうですねん。もうここんとこずうっと『須崎さんて素敵〜』って言いっ放しなんやから」
「ダメだよ〜っ」
「何だかものすごく嬉しい。実際は普通にお局だったりするのに」
「お局なんかじゃないですっ」
「そんなに力説せんでええんちゃう」
「あ、そっか」
「やっぱり『実物は面白い』、ね」
「やだ、もう〜」
「忍足さん、今日は?」
「あ、この辺にちょっと用事があって。今日は確かここに来とるなあって思ったもんで待っててみたんですけど、すいません、余計なことして」
「全然かまわないですよ。私もお会いしたかったですしね。中嶋さん、では、来週の方、よろしくお願いしますね」
「はい、分かりました。じゃあ、今日はこれで失礼します」
「お気をつけて」
「はい、ありがとうございます」

ふたりできちんと頭を下げて立ち去る。
その後ろ姿を見送りながら「『忍足侑士あっての中嶋水月。逆もまた然り』っていうのは本当ね」とつぶやく。
ついでに「目の保養しちゃった〜」なんても思っている。
相変わらず、水月と一緒の忍足は、凄い、のだ。


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