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□君のいる日常 106
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俺、なんか間違うたかなあ。
う〜ん、いや、別になんも間違えてへんよなあ。
それなんになんでこないなことになっとんのやろ。

「こんにちは、忍足さん」
「こんにちは・・・」
「この辺に来たら会えるかな〜、なんて思ったら本当に会えちゃいました〜」
「そうなん・・・???」

この、今、たった今、俺んちの近くのスーパーの前で挨拶してるんは相原麻衣子っていう女優さん兼モデルさん兼タレントさんな子なんやけど・・・

「忍足さんのおうちってこの近くですよね」
「そうやけど・・・?」
「あ、何で知ってるのかって思ってるでしょ」
「まあなあ」
「忍足さんのエッセイに、氷帝学園だって書いてあったし、スーパーが近くて公園もあるって書いてあったでしょ?だからこの辺かな〜って」
「探偵さんみたいやな」
「そんな〜。この間、言ったじゃないですか。私、忍足さんの書いたもの、ぜ〜んぶ読んでるって」
「そうやったね」

この間ってのはな、雑誌の対談記事やねん。
今、何かと話題の男と女を組み合わせて対談させる、っちゅう企画。
それに俺とこの麻衣子ちゃんが組み合わされて対談したんや。
なんでこの子やったかって言うと、この子な、「本読み女子」やねん。
ものすっごく本が好きなんやて。
ついでに俺のファンを公言しとる。
19才で大学2年生なんやけど、ばりっばりの国文学科で書くんも読むんも大好き、みたいな子で。
ブログとかも大人気なんや。
最近では書評なんかも書いとるし、実は、俺の「LuRa」の連載を集めた短編集の2冊目のやつの帯に推薦文なんかを書いとったりもした。
そんなこんなで、俺と対談てことになったみたいやねんけど・・・
でも、なんかちょっと展開が変なことになっとるねん。
インタビューやらなんやらがあると、まあいろんな人とアドレスの交換なんてするやろ。
でもまあ、あんなん社交儀礼や。
交換したってその後、メールが来るなんてまずない。
でもなあ、この子は違て。
次の日に「昨日は楽しかったです〜」ってメールが来て。
それに適当に返信したら、その後なぜか俺とメル友状態になっとるねん。
なんで俺がこの子とメル友になるんかよう分からんのやけど、悪い子やないから無下にもできんし、なあ。
そのせいでな〜んか水月からはへ〜んな目で見られとる気がするのは絶対に気のせいやあらへん。
そして、今日や。
俺がいつものように気分転換も兼ねて買い物に来たら、挨拶されてん。
う〜ん、これはどう考えても、なんかかなりまずいんちゃうか。
俺の数多い、いやいやいや、それほど多くもない経験から言うても、こういう行動を取る子のほとんどは、俺に気があるっちゅうことやろ。
それは、まずいやろ。
いやあ、ほんまにまずいねんで。
何しろついこないだ、取材ん時に知り合うたヘアメイクさんに興味持たれてしもて。
俺は何にもしとらんで。
神様に誓ってなんもしとらんのやけど、ちょこっとややこしいことになりかけてん。
もちろんならんかったけど。
やって俺には全然その気はないんやから。
例えどんなに美人さんでボンキュッボンッでも興味はゼロや。
でもそのせいで、俺はかなえちゃんに怒られ由衣ちゃんに怒られ、水月には半日くらい口きいてもらえんでどんだけ悲しかったと思うねん。
やっとそれから立ち直ったとこやのに・・・この事態はなんやねん。
あ〜、もう、俺はなんも間違っとらんからなっ。

「じゃあ、私はこれで帰りますね〜」
「え、帰る?」
「やだなあ、まさか『おうちに連れてって』なんて言いませんてば」
「あ、いや、そんなん思ってへんよ」
「忍足さんて意外とうぶなんですね〜」
「うぶ・・・」
「あはは、冗談で〜す。それじゃ、また」
「ああ、またな」

くるっと向きを変えて帰って行くんを俺は多分、呆然として見送ってた思う。
はっきり言って、かなりほっとしとったんやけど、でもな、実はこっからが本番やったんや。


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