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□君のいる日常 125
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あれ、なんか水月が俺を呼んどるみたいやけど。
え?
どこにおるんかな。
えっと・・・

「侑士〜、起きて〜、こんなとこで寝てると風邪ひいちゃうよ〜」
「あ、れ・・・」

なんか水月が俺を呼んどるような気がしたと思ったら、俺、寝てたみたいや。

「よく寝てたよ〜」
「ごめんな、うたた寝してしもた」
「ううん、いいよ、全然平気。ねえ、何か夢、見てたでしょ。名前、言ってた」
「水月って?」
「うん。よかったね、違う人の名前じゃなくて」
「アホか。俺は新婚さんやで。なんで他の名前言わなあかんねん」
「分かんないじゃん〜。ちょっと早まったな〜なんて思ってるかもしれないし〜」
「お前はそんなこと思うとるん」
「思う訳ないじゃん」
「俺も思う訳ないやろ」
「怒ったの?」
「怒っとらんよ。それこそアホやな」
「アホじゃないのに〜」

水月が笑いながら、ソファでいつの間にか眠っとった俺の顔を覗き込んどる。
可愛いな。
綺麗にしとる水月もええけど、俺はやっぱりこういう、素の水月が大好きやわ。

「何の夢?」
「ん?結婚式とか披露宴とか二次会とか」
「全部じゃん〜」
「全部おさらいした感じやね」
「飽きない?」
「飽きるかいな。もっかいやりたいくらいやわ」
「帰ったら、ビデオ見よっか」
「そうやな。水月の写っとるとこだけ早送りして見よ」
「やだ、全部見たいよ」
「お前以外なんて見たない」
「もう〜」
「なあ、おいで」
「うん」

水月が俺の上に乗っかってくる。
はあ〜、幸せや〜。

「侑士」
「ん?」
「ホントにありがとね。あんな素敵な結婚式をプレゼントしてくれて」
「ええねんて。俺はお前が喜んどるのを見るんが一番幸せなんやから」
「でもホントに楽しかったよ」
「そうか。頑張った甲斐があったな」
「うん、ホントだよ」
「水月」
「なあに?」

いつもみたいに俺の胸の上で手の上に顎を乗っけて俺を見る。
可愛い。
ほんっまに可愛い。

「可愛いな」
「意味分かんない」
「やって可愛いんやもん」
「侑士は格好いいよ」
「ありがとな」
「ねえ、なあに?さっき何か言おうとしたでしょ」
「うん。あのな、新婚旅行、こんなんでほんまによかったんかな」
「全然こんなんじゃないじゃん。すっごい楽しいよ?」
「うん、まあそうなんやけど、」
「侑士は楽しくないの?だったら、これからさ、」
「いや、そうやないよ。俺もすっごく楽しいで」
「じゃあ、なんで?」
「あのな、楽しいは楽しいんやけどな」
「うん」
「でもなんか、これやと東京にいる時と何も変わらんような気もしてな。せっかくの旅行なんやから、もっとこう、な」
「確かにそうかもしれないけど、私は侑士とこうやっていられるのが一番楽しいし、それに、ホテルとかじゃないからホントの意味でゆっくりできていいな」

俺らは、新婚旅行の真っ最中やねん。
イギリスにおるんやけど。
でもな、ホテルとかに泊まって観光しとるんやないねん。
ロンドンの郊外の一軒家におる。
これが綺麗な庭付きで、暖炉もあって屋根裏部屋もある、っちゅう水月のストライクど真ん中〜!な家でな。
手塚が用意してくれたんや。
手塚のスポンサーさんの持ちもんなんやて。
それを2週間使えるようにしてくれた。
普段は、語学研修とか出張とかの時に社員さんが使ったり、接待なんかで使たりするらしい。
何で手塚がこんなことをしてくたんかって言うとな、手塚は結婚式には来れんかったんや。
もうツアーが始まっとるやろ。
ちょうど試合と重なってしもてな。
手塚はその大会はキャンセルして日本に帰る、って言うたんやけど、そんなん水月が即却下や。
「そんなことしたら、絶交ですよ!」って言われて、その話は終了した。
あっという間やった。
あいつもほんまに、こいつに弱い。
それで、この家を用意してくれたって訳や。
ホテルよりいいだろう、ってな。
水月が喜んだんは言うまでもないんやけど、せやから何だか、ちっとも変わらんねん。
新婚さんやけど、なんやこう、普段とどっか違うんかいな、って気がしてしもてなあ。
水月が楽しんどるんは、ちゃんと分かっとるんやけど。

「侑士が考えてくれた新婚旅行だよ?楽しくない訳ないじゃん」
「それならええけどな」
「でもさ、侑士はホントにこれでいいの?毎日、私の行きたいとこに行ってるだけな気がするよ」
「お前の行きたいとこが俺の行きたいとこやからええの」
「すぐそう言うけどさあ〜」
「やって、ほんまやもん」
「でもさあ、昨日なんて川を見てただけだよ?」
「まあ、確かに半日くらい川っぺりに座っとった気はするな」
「お買い物に行く人に笑われたもんね」
「行きも帰りも座っとるんやもんな」
「うん、自分でも笑っちゃったけど」
「でも、あそこでそうしたかったんやろ?」
「うん」
「なら、ええやない。ええ思い出や」
「じゃあほら、やっぱりいいんだよ。いい新婚旅行なんだよ」
「ほんまや」
「でもやっぱり、私だけじゃない?」
「お前の興味のあることに付き合うとるんは、俺にもええことなんやで」
「?」
「言い方がちょっと悪いかもしれんけど、ああいう川があるなんて、俺、知らんかったもん」
「普通は知らないか」
「好きな人は知っとるやろうけどな」
「うん」
「俺の財産になるいうことや」
「あ、書く時の?」
「そうや。ずうっと川っぺりに座っとって、道行く人に笑われるなんて、なかなか経験できんで」
「なんだかバカにしてない?」
「しとらんよ」
「そうかなあ」

水月が首を傾げとる。
今日で5日目やねん。
俺らはな、行き帰りの飛行機は除いて、ぴったり2週間ここにおることになっとる。
ただ、何も予定は入れてないんや。
毎日、朝起きたらその日のことを考えることにしとる。
まあ、前の晩に考えることもあるけど。
水月の夢やったアフタヌーンティーにも行ったで。
しかも、かなり高級なホテルの正式なアフタヌーンティーにな。
ちゃんと綺麗なカッコして出かけてった。
水月はもちろん大興奮で、それ見てるだけで俺も楽しかったけど、違う意味でも結構ええもんやった。
なんか雰囲気がよかったな。
お茶も、スコーンもサンドイッチもケーキも全部美味かったし。
水月は帰ったらあれを家でやるんやて。
なんて言うんか知らんけど、スコーンとかを乗せる銀の台みたいなのあるやろ。
あれをここへ帰ってくる途中で、デパートに寄って買うとった。
「サンドイッチは作ってね」とか言いながら。
相変わらずサンドイッチはいまいち不得意やねん。
ほんま、可愛いわ。
その他にも行きたかった美術館やら博物館やらに行って、で、昨日はとある川で半日座っとった訳。
その川はな、水月が好きな絵の舞台なんやて。
その絵描きが、そこで描いたらしいていうことやねん。
そこに行きたくて、昨日、行ったんや。
で、半日座っとったの。
時々「お腹がすいちゃった」とか言うて、近くの店にお菓子を買いに行ったりしながらな。
俺はその隣で本を読んだり、昼寝したりしとった。
楽しかったで。
跡部とかに話したら「わざわざイギリスまで行って、くだらねえことしてんじゃねえ」とか言われるやろけど、何故か俺らにはそういうんが死ぬほど楽しいことなんやな。
でもまあさすがに、半日川っぺりに座っとるっちゅうのはどうなんや、って思ったんやろな。
心配そうな顔しとる。

「心配すんな、アホ」
「アホじゃない〜」
「毎日楽しくて死にそうやで」
「本当に?」
「本当や」
「だったら侑士も心配しないでね。私、結婚式も披露宴も新婚旅行も、ぜ〜んぶ、ホントに嬉しくて幸せだから」
「分かった。なら、もっともっと楽しもな。明日からはアイルランドやしな」
「うん、すっごい楽しみ〜」

にっこにこや。
明日からは2泊3日でアイルランドに行く。
俺らの間では「妖精さんに会うツアー」ってことになっとる。
決めたんは・・・言わんでも分かるか。
俺の胸の上で、明日からのことをあれこれ喋っとる。
なあ、水月、俺、ほんっまに幸せやで。
そっとほっぺたを撫でると、不思議そうな顔をする。

「帰ったら忍足水月になっとるんやな」
「うん、嬉しいな〜」
「俺はこの旅行で確信したで」
「分かった。私を喜ばすのは超簡単!とかでしょ」

うふふ、とか笑いながら、「そうだ、きっとそうだ!」とか言っとる。

「そんなんやないよ」
「じゃあ、そうだなあ・・・ん〜と、あ、そうだ!私はやっぱり侑士のことがだ〜い好き、とか?」
「そんな決まっとるもん」
「そっかあ。じゃ、なに?分かんない、教えて」
「俺らの家庭は絶対に楽しいもんになる、ってこと」
「家庭・・・」

なんや今度は、「家庭・・・そっかあ、家庭かあ。家庭なんだね〜」とか言うとる。
ちょっと首を傾げながら。

「家庭がどないしたん」
「え?あ、あのね、侑士と私は家族なんだな、って思ったの。だってそうだよね。私と侑士は家族なんだよね!」
「水月・・・」
「なんか、すっごく、すごくすご〜く嬉しい〜。どうしよ〜、ホントに嬉しい〜。もしかして結婚したことよりも嬉しいかも〜」

俺の胸の上で、嬉しい言うてジタバタしとる。
なあ、水月。
反則やで。
こんなん反則や。
俺と家族になったのが嬉しいやなんて。

「水月、」
「やだ、どうして?なんで泣くの?」
「やって、お前、反則や」
「侑士・・・」

水月が少し上に上がってきて、俺の頭をそっと抱いた。
それから耳元で囁く。
心地いい声で、囁く。

「今まで、今度は夫婦になるんだな、っては思ってたけど・・・ねえ、侑士」
「ん、」
「私は侑士と家族になれて、ホントによかったな」
「俺もや」
「うん。楽しくてあったかくて幸せな家族になろうね」
「ああ、なろな」
「だからもう泣かないで」
「初泣きや」
「結婚式でもちょっとウルウルしてたじゃん〜」
「え、ばれとったん」
「知ってるよお。一番近くにいたんだから〜」
「でも俺は耐えたで。誰かさんと違てな」
「なによ、それ〜」
「ふふん、俺は強いねん」
「どこが〜?すぐ泣くくせに〜っ!」
「それはお前の前やからや」

そう言って、唇をそっと重ねる。

「ずるいよ」
「ええの。新婚さんやから」
「変な理屈」
「なあ、水月」
「なあに?」
「いっぱい抱きしめたらあかん?」
「え、まだ明るい、よ?」
「明るくちゃダメなん」
「ん〜・・・いいことにする。新婚さんだから」
「変な理屈やね」
「いいの。でも、あのね、」
「なに?」
「ここじゃなくて、2階のお部屋がいいな。ダメ?」
「俺はここでもええけど、2階でもええことにする。新婚さんやから」
「そっちの方が変な理屈じゃんっ」
「はは、ええの。新婚さんやから〜」
「もう〜」

そのまま起き上がって水月を抱いて立ち上がる。
2階の部屋ってのはな、俺らが使てる寝室や。
暖炉があって、ちっちゃいけどバルコニーも付いとる。
ちなみに「これはベランダじゃなくてバルコニーね!」と言ったのは・・・もうええね。

「侑士」
「ん?」
「ホントにありがとう」
「もうええよ」
「ううん、ずっと言うよ。ずっと忘れないもん。思い出すもん。侑士が私にしてくれたことぜ〜んぶ」
「でも記念日にはせんのやろ?」
「うん。だって忘れないんだからいらないもん」
「せやね。水月」
「なあに?」
「俺の家族になってくれてありがとな」

はは、今度は俺の勝ちや。
泣いてしもた。

「お姫様を泣かしたらあかんな」
「そうだよ・・・」
「ではお姫様、お部屋へどうぞ」
「変なの〜」

こっから先は、今日はなしな。
何しろ新婚旅行やから、こっから先はふたりの時間やねん。
今度はまた、東京やろな。
ま、俺らはこんな感じで仲良うしてくで、これからもよろしくな。
あ、そうや、お土産は何がええ?


End.

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