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□君のいる日常 131
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「由衣ちゃん、やったな」
「あ、侑士くん、ありがとう〜」
「俺ももうずっと由衣ちゃんのスケートを見てきたけどな、今日はほんま、泣きそうやったわ」
「わ〜、侑士くん、ほんとに嬉しい〜」
「わ、由衣ちゃん、それはあかん、あかんって」
「いいじゃないの。私と侑士くんの仲でしょ」
「どんな仲なんだよ」
「あら、妬けちゃう?」
「妬けねえよ」
「私に何か言うことはない訳?」
「あ?まあ、よくやったな。あれだけ若い連中の中で一児の母、ってのもちょっとキツいよな」
「それって褒めてる?」
「一応」
「なんだかちょっと腑に落ちないけど、ま、いいわ。ありがとっ」
「わ、よせっ、よせって」
「ええなあ。俺の奥さんはどこや」
「あそこで泣いてるけど」
「へ?」

由衣ちゃんが指差す方を見たら、ロッカールームの隅っこで水月がかなえちゃん相手にぐじゅぐじゅ泣いとる。
どないしたんや。
由衣ちゃんの2度目のオリンピックが泣くほど嬉しいんか?

「どないしたんや。そんなとこで。嬉しくて泣いとんのか?なんや、かなえちゃん、そんな怖い顔して」

かなえちゃんが俺んこと睨んでこそっとこう言った。
「何、寝ぼけたこと言ってるですか」。
あ、そっか。
そうか。
つまり、日吉は成功したいうことやねんな。
そっか、そうやんな〜。

「水月、なんで泣いとんの」
「侑士・・・ごめんなさい・・・あの、ね、」
「俺になんか謝らなならんことしたん?」

あれま、本気で泣き出してもた。
やり過ぎたかなあ?

「ほら、こんな嬉しい日にそんな顔しとったらあかんやろが」
「でも・・・」
「何があったんか言うてみ?大丈夫やから」
「侑士にもらったコート、なくしちゃった・・・」



「ちょっと、あれって先輩があげたのだったの?」
「そうみたいねえ」
「若は知ってたの?」
「さすがにそれは知らなかった」
「でも、今朝、会った時に『今日のコートとブーツ、すごく合ってて可愛い』って言ったら、『侑士が選んでくれたの〜』って言ってたわよ」
「つまり、先輩は『わざと』自分の買ってあげたコートを水月に着せたってこと?なんでまた」
「そりゃあ、効果倍増を狙って、じゃない?」
「やるなあ、先輩」
「う〜ん、さすが侑士くん」
「感心するとこかよ」
「そうだよ、あんなに泣かせちゃって」
「だからあなた達は永遠に侑士くんにはなれないのよ」
「そうそう」
「なりたくねえよ」
「俺もちょっと遠慮します」
「だ〜か〜ら〜、私達も永遠に水月にはなれないってことね〜」
「ほ〜んと〜」
「なんだよ」
「俺、飲み物かなんか、」
「若、逃げる気」
「逃げないよ、逃げないけど、」
「ね、それより、まだ続いてる〜」
「うわ、ほんとだ」



「ごめんなさい、あれ、侑士が、リンクは寒いから、って言って買ってくれたのに、」
「そんなんええて。それにな、大丈夫や。きっと見つかるよ。最後に着とったんはどこか覚えとる?」
「うん・・・あの、ね。全部終わってリンクからこっちへ来たらね、人がいっぱいで、それに暖房もきつくて、それで、脱いで、ベンチに置いて、それで、」
「戻ったらなかったんやね」
「うん・・・どうしよう。見つからなかったらどうしたらいい?」
「大丈夫や。きっとな、誰かが届けてくれとるよ、大丈夫。明日になれば出てくるて。それにな、もし出てこんとしても、気にせんでええよ」
「でも、あれ、は」
「水月がそこまであのコートを大事に思ってくれとるだけで十分や」
「怒ってない?」
「こんなことで怒るかい」



「そりゃ怒らないでしょよ。自分でやってんだもん」
「それにしても、よく思いつくわよね〜。いつもいつも」
「先輩の頭の中って、どうなってんだろ。覗いてみたい気がする」
「水月ちゃん水月ちゃん水月ちゃん水月ちゃん、ってとこかな」
「でも、あれだけ仕事してますよ?」
「だから不思議なのよ」
「全部水月なんじゃねえの?」
「何が?」
「だから、あいつの書く話に出てくる女だよ」
「あ、」
「わあ」
「ほんとにそうかも」
「家に帰ったら読もう、若」
「うん、そうしよう」
「うちもそうしようよ」
「お前は明日も滑るんだろが」
「あら、忘れてた」



「さあ、皆さん、今日のところは撤収しましょう!水月さん、コートのことは本部に伝えておきましたから、大丈夫よ。きっと出てくるから」
「ありがとうございます、お手数おかけしてすいません」
「ほんとに、こういうとこは全然あの頃と変わらないのにね。今じゃ人妻だなんて信じられない」
「可愛いですやろ?」
「旦那様は少し変わって欲しい気もするわねえ」
「なんですか、それは」
「楽しいクリスマスになりそうね」
「え、」
「わ、た、し、も、協力者よ?」
「うわあ」
「?」
「あ、なんでもないで。よし、水月、外は寒いでな。これ着てき」
「ダメだよ。侑士が風邪ひいちゃう」
「平気やて。俺のがよっぽど丈夫やで」
「寒いのは私の方が得意だと思うよ」
「そうか?ん、ならな。ふたりで着てこ。それならええやろ?」
「うんっ、そだね!」



「石田さ〜ん、こっちへいらっしゃ〜い」
「結局、ふたりの世界なんだから」
「そのためにこんなに頑張った私達ってなんていい友達なんだろ」
「でも、いいお友達ができたから、由衣もここまで来られたんじゃない」
「うん、ほんとにそう思う。その中に石田さんも入ってるからね」
「あらやだ。目から水が・・・」
「やだなあ、何、泣いてるのよ〜」
「だって今までどれだけ女王様の我が儘に、」
「ちょっとっ、私のどこが我が儘なのよ」
「全部?」
「石田さん、本当にありがとうございます。ずっとこいつの我が儘に付き合って下さって」
「いいえどういたしまして」
「何よ、何なのよ〜」
「でもほんとだろ。ここにいる誰かが欠けても今のお前はねえよ」
「うん、そうなんだけど・・・でもさ、それを景吾に言われるのは何だかかなり納得がいかない」
「いっとけ」
「え〜」
「じゃあ、俺達も帰ろうか」
「うん、そうだね。あ、若、この荷物、持ってくれる?」
「うん、そっちも貸せよ。全部持ってあげるよ」
「わ、ありがと。パパは優しいね〜」
「若くんもパパかあ」
「あそこんちはまだなのか」
「私が終わるまでは、じゃないのかな」
「子供が生まれてもああかな」
「変わんねえだろ、基本的に」
「変わったらつまんないか」
「うん、ずうっとああがいいな」
「疲れますけどね」



「ほれ、ちゃんと入れ」
「入ってるよ」
「寒いのはあかんで」
「ん〜と、もっとくっつけばいいのか」
「そうやで〜」
「侑士、なんか嬉しそうだね」
「ん?やってなあ、最近はなかなかこんなんしてくれんのやもん」
「今日は特別だからね。コートがないからだからね!」
「はいはい、分かりました。今日は俺が運転してくけど、ええよな」
「うん、お願いします。さすがにちょっと疲れちゃった」
「少し眠ってけばええんやない」
「そうしようかな」
「ん、そうし」


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