X

□君のいる日常 132
2ページ/4ページ


「寒ないか?」
「うん、平気。歩きにくいけど」
「我慢しなさい」
「してるじゃん」
「ええ子やね」

父と弟が帰った後、ふたりでお買い物。
本当は忍足がひとりで行くつもりだったのだが、お願いポーズで押し切られた。
だって、鼻のかみすぎで鼻先が赤くなった顔で真下から見上げられて「今日はずっと侑士といたいのに」なんて言われたら・・・NOと言える人間なんて絶対にいない。
ましてや忍足に言えるはずなんて、もっとない。
で、歩きにくいほどに重ね着させられて水月は買い物にやって来た。
忍足の手をしっかりと握って。
楽しくて嬉しくてその手を音がしそうなくらいに振りながら。

「わあ〜、人がいっぱい〜」
「そりゃそうや、大晦日やで」
「でもさあ、今は元旦からお店も開いてるじゃない?だったらこんなにみんなして来なくてもいいんじゃないのかなあ」
「お前も来とるけど?元旦から開いてるんやから、何も今日、しかも風邪ひいとるんに来なくてええんちゃうか?」
「あれ」

目をまん丸にして「あれ」とか。
可愛い。
可愛いんですけど〜。

「水月」
「なあに?」
「もうこっち向かんでや」
「なんで?なんで向いちゃダメなの?」
「可愛いから」
「チューしたい?」
「なに言うとるねんっ」
「なに焦ってんの。やっぱり侑士って自分が攻めてないとダメだよね〜」
「ならするで」
「いいよ〜」
「え?」

忍足のコートの襟元を掴んで引き寄せると、そのままほっぺたにチュッ。

「な、なにしとるねんっ」
「チューで〜す」
「て、天下の公道ですることやないでっ」
「とても侑士の言葉とは思えないね〜。ね、今日は食べ物だけ?」
「・・・・・・・・」
「ね〜、侑士、ねえってば〜」
「あ、え?なに?」
「もう、ちゃんと聞いててよね。今日は食べ物だけ買うの?」
「あ、ああ、それな。うん、そうやで。今日は食べもんだけ。あ、もちろんな、水月が買いたいもんがあるんならええんやで」
「ううん、ないよ。じゃあ、食料品売り場だね」
「ん、せやな」
「あはは、面白〜い。しどろもどろの侑士なんて滅多に見れないもんね〜」
「ふん、言うてろ」
「わあ、すっごい人!カート持ってく?」
「ん、持ってくよ。結構買うでな」
「なんか暑くなってきちゃった」
「汗かいとるやないか」
「だってホントに暑いんだもん」
「ならコートを脱いだらええよ。持っててやるで」
「うん・・・ねえ〜、脱げないんだけど〜」
「はは、おもろいなあ」
「笑い事じゃないよっ」

あまりにも重ね着しすぎてきつきつなのだ。
自分で着せておきながら、笑っている忍足を蹴るふりなんてしながら一生懸命脱いでいる。

「ほら、向こう向け」
「うん」

引っかかってしまっている袖を引っ張って脱がしてやり、コートを受け取る。
それからマフラーを直して、帽子を整えてやる。
それをスーパーの入り口を入ったところでやっているのだ。
はっきり言って、通る人達はみ〜んな見てます。
「ねえ、あれって・・・」とか「うわあ、かっこいい〜」とか「奥さん、可愛い〜」とかがあっちこっちから聞こえている。
ふたりの耳にはまるで届いていないのだけれど。
いつでもどこでも、大晦日のスーパーでも関係なしの、ふたりの世界。

「はい、ええよ(微笑み〜)」
「うん、ありがと(に〜っこり)」

好きにして、だよね。

「ねえ、電話、鳴ってない?」
「あれ、ほんまや。誰や、こないな日に・・・え、跡部やで、なんやろ・・・もしもし?なんや、なんか用か。あ、すまん、ちょっと聞こえんから移動するで、待ってや」

あまりの騒々しさに声もかき消されてしまうので少し隅の方に移動する。
瞬間的に水月の手を掴むのは、もちろん忘れない。
こういう人混みが苦手なのを、誰よりも知っているから。

「あ、ええよ。で、なに?・・・ああ、うん、まだ作っとらんけど・・・ん、ここにおるからちょっと聞いてみるな。水月」
「え、なに?私?」
「ん、そうや。あんな、シェフさんが揚げた天ぷらをな、俺らにも分けてくれるんやて。どうする?もらうか?それとも自分で作る?」
「それは絶対にシェフさんのがいいよ!美味しいに決まってるもんっ!」
「聞こえたか?・・・はは、今回は風邪って言っても食い気はたっぷりあるねん・・・せやな、とりあえず買い物から帰ったら連絡すればええか?ん、分かった。じゃあ、また後で」
「先輩、おうちにいるの?」
「ううん、ホテルやって。由衣ちゃんから連絡があったらしいわ。シェフさんが俺らや日吉んちにも分けられるようにたくさん作ったて」
「わ〜、日吉くんちも?みんな、ご馳走だね」
「あ、うちにはな、おせちのお重もあるんやて」
「本当?」
「ああ。日吉んちは多分、そういうのはもう準備できとるやろから、うちだけらしいで」
「わあ〜、嬉しい〜。伊達巻きもあるかなあ」
「毎年毎年あんなに食ってよく飽きんな」
「伊達巻き、大好きなんだもん。いいじゃんか」
「あ、なら、今年は買わんでもええな」
「買うよ?」
「なんで。入っとるで、絶対に」
「今日の分だよ」
「あ、せやったな。うちの奥さんは何故か大晦日から伊達巻きを食うんやった」
「なんか文句あるの」
「ないです」
「だったら早く行こっ」
「ん、ほら、手」
「うんっ」

高校生の頃とちっとも変わらず、忍足にぴったりとくっついて人波の中を歩いている。
ただ、あまりにも混雑しているので終いにはカートを押す忍足の腕の間に入ってしまった。
忍足に抱えられるようにして歩きながら、欲しいものをあれこれと指差すのだ。
もちろん忍足はかがみ込んで、その耳元でずうっと何かを話しかけている。
それに振り向いて答えながら、嬉しそうに笑う。
その繰り返し。
おそらく、ふたりの耳には互いの声しか聞こえていない。
人々の賑わいも、鳴り響く音楽も、何も聞こえない。
忍足には水月の声が、水月には忍足の声が聞こえるだけ。
正真正銘の、ふたりの世界。


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ