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□君のいる日常 133
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「まったく、正月になんでこないに汗びっしょりにならなあかんのや」
「お前がバカみたいに張り切るからだろ」
「最初に張り切りだしたんはお前やろが。それにしても、お前が下手くそで笑たけど」
「うるせえ。やったことないんだから、しょうがねえだろ」
「お坊ちゃんは違うよなあ」
「だから、うるせえってんだよ」
「でも何気に日吉が一番張り切っとった気がするで」
「父親になる、ってことでじゃねえのか」
「はあ〜、しかし久々に体を動かすときっついわ」
「最近は行ってねえのか?」
「ん?ああ、氷帝か。さすがに冬場はな、そんなに用はないで、行っとらん。また予選が始まる頃には呼び出しがかかるんやないんかな。俺やって暇やないんに、便利に使いよって」
「いつも暇そ〜に買い物してるって聞きましたけど」
「誰に」
「宍戸先輩から、っていうか、長太郎経由ですけど」
「暇そ〜に買い物しとるんやなくて、暇を見つけて買い物に行っとるのや。そう言っとけ、ぼけ」
「先輩達、タオル、使って下さい」
「ああ、かなえちゃん、ありがとな。で、俺の奥さんはどこやの」
「子供達とあっちの部屋で、」
「あっち?」
「そのうち分かるよ、侑士くん」
「ふうん。なんや分からんけど、ま、ええか」
「お昼の仕度、できてますからどうぞ」
「かなえちゃん、悪いな。あんまり無理せんといてや」
「お昼ごはんの仕度くらい、どうってことありませんよ。由衣ちゃんも手伝ってくれたし」
「手伝ったのか?」
「近くで見てただけ。あんまり手際がよくって見とれちゃった」
「だろうな」
「なによ」
「なんでもねえ」
「若、運ぶの手伝ってよ」
「うん、今、行くよ」
「俺もやるで」
「先輩は座ってて下さい」
「ええからええから」

今日は、日吉んちにみんなで来とるんや。
二世帯住宅が出来上がってな。
いつもの年は、跡部んちに集まることが多いんやけど、今年は新築のお祝いも兼ねてここに来てん。
昨日は渋谷の家に泊まったから、そっから直接ここに来た、っちゅうことや。
この正月は水月と一緒にそれぞれの実家を泊まり歩いて、なんやすっごく楽しいねん。
結婚したんやな〜、って実感が湧きまくっとる。
ちくわも楽しそうや。
普段は俺らがどっか行く時は留守番が多いやろ。
せやから、今回はすんごく嬉しそうやねん。
犬もそういうの、あるんやな。
でもって、今朝になって俺らがここに来るて知った拓巳も一緒に来とる。
景士と遊びたいて言うから、連れてきた。
それにしても、何しとんのやろな。
もう昼飯やていうんに。
ああ、俺らな、羽根つきをやっとったんや。
それもな、男3人のガチのバトルやで。
あ〜、疲れた。
順位は日吉、俺、跡部。
跡部は羽根つきをやったことがほとんどなかったらしいねん。
まあ、できん訳やないけどもな。
で、なんだかんだで最近では一番運動しとらんやろ。
せやからなんとか俺が2位にすべり込んだ感じやね。
なんで羽根つきなんかやることになったかって言うと、昨日の話をしたら、日吉が物置の中から羽子板やら羽根やらを見つけてきてな。
よくまあ、そんなもんとっといたと思うで。
小学生の頃のやで。
でも、これで小さい水月や日吉やかなえちゃんが遊んどったんか、って思ったらなんかちょっと感激してしもた。
なんかこの正月は、感激したりとかばっかやな。
そうや、今度、こういう気持ちを書いてみよかな。
ちょっとクールを気どっとる男が、思わずうるっとしてしまう話。
お、ええかもしれんで。
よし、メモメモ・・・

「水月〜、お昼だから、こっちに来なよ」
「は〜い」

廊下の向こうの方から水月の声がして、ぱたぱたいう足音がいくつも重なって近づいてきた。
ついでに、ちゃっちゃいうちくわの足音も聞こえとる。
それから水月と一緒に、顔やら手やらにクレヨンをつけた拓巳と景士がリビングに走り込んできた。
正確に言うと、景士はまだ走れんから、景士を抱いた水月と拓巳とちくわが走り込んできた。

「できたで〜」
「できたて〜」
「で、や。て、やないで」
「できたて〜」
「けいじくんはしゃーないなあ」
「しょうがないよ。まだ、小さいんだから。たっくんだって、2才の頃は上手に喋れてなかったんだよ?」
「そうやの?」
「そうだよ。みんなそうなの」
「ふうん。みんなそうなのか。あとべ、けいじくんはいつじょうずになるねん」
「え?」
「あ〜、拓巳。跡部にそんな難しいことを聞いたらあかん」
「じゃあ、ひよにきく」
「若じゃあ、もっと無理だよ、たっくん」
「まあ無理っぽいけど、先輩よりはいいと思う」
「てめえ、適当なこと、言ってんじゃねえよ」
「すいません」
「はは、それは・・・うん、由衣ちゃんやろ」
「なんで私?」
「こん中で唯一、子育て経験者やろ」
「でもさ、今、子育て中な訳で、景士より大きな子とのことなんか分からないけどな」
「それもそっか・・・なら・・・ねーねに聞け」
「なんでお前じゃねえんだよ」
「俺にも分からんもん、そんなこと」
「じゃあ、つべこべ言ってんじゃねえよ」
「ねーね、いつじょうずになる?」
「そうだなあ、いつかなあ。うん、あのね、みんなのお喋りをいっぱい聞いて、『僕もお喋りがしたいな〜』って何度も思うようになったら、だと思うよ」
「たっくんも、おもったんやろか」
「うん、思ったと思うよ」
「わかんないよ?」
「ん?忘れちゃったってこと?」
「うん」
「そう・・・それはね、あのね、小さい子はね、大きくなるためにいっぱいいっぱい覚えることがあるの。だから、覚えることに一生懸命だから忘れちゃうこともあるんだよ」
「おぼえるのはだいじなこと?」
「うん、大事だよ。たくさんのことを覚えないとね、おっきくなれないの」
「たっくん、おぼえられる?」
「大丈夫。たくさんごはんを食べて、遊んで、お昼寝もいっぱいして、お父さんやお母さんの言うことをよく聞いてたら、覚えられるよ。できるでしょ?」
「できるっ!」
「じゃあ大丈夫。たっくんは、ちゃんと大きくなれます」
「わ〜い。にーに、たっくんもにーにみたいにおおきくなれるって!」
「そうか、頑張ってな」
「は〜い」

ええこと言うなあ。
ほんまにこういうことを言わせたら抜群やねん。
これなら、いつでもお母さんになれると思うで。
なあ、水月。

「なんだか私、母親になる自信を軽〜く失った気がする」
「それを言うなら、私でしょ?私は既に母親なのよ?でも絶対にあんなこと言えないわよ?どうしたらいいのよ」
「まあ、かなえちゃんは家事全般が大得意やし、由衣ちゃんはスケートが上手いんやからええんちゃうの」
「それってやっぱり、私に対しての慰めにはなってない気がする〜」
「お前にできるのはスケート『だけ』ってことを言われた訳だ」
「ひど〜い」
「俺はそんなつもりで言うてへんで」
「ほんとかな」
「ほんとやって、信じてやあ」
「お正月だから信じてあげる」
「で、できたの?水月」
「うん、できたよ。ね、たっくん、景ちゃん」
「「は〜い」」
「じゃあ、ほら、パパ達にあげなくちゃ」
「はいっ、じゃあ、あげます!まずは・・・」

拓巳と景士が水月から画用紙を渡されて、何かやるみたいや。

「まずは・・・えっと、まずは、」
「第三位、だよ」
「あ、うん。だいさんいは、あとべけいごくんです。はい、けいじくん、もっていき」
「んっ」

景士が画用紙を持って、よちよちと跡部のとこまで歩いてくる。
それから、それをよむ。
まあ多分、よんどった。

「ぱぱ、あちょべけご。がんばまった。はい」
「俺にか?」
「はい」
「ありがとな」

そこには、拓巳が書いたらしい字で、一応賞状みたいなことが書いてあって(書く内容は水月が教えたんやと思う)クレヨンでしっちゃかめっちゃかに色が塗られとる。
塗ったんは景士なんやろな。
はは、これを作っとったんか。
かなえちゃんは家事やらなんやらが得意、由衣ちゃんはスケートが得意、水月はこういうんが大得意。
ほんまによくできた3人組やな。

「じゃあ、次はにーにだよ」
「にーにはたっくんがあげます!だいにい、おしたりゆうしくん。あなたは・・・あなたは、あれ?どこ?」
「ここや、ここ」
「あ、そうか。えっと・・・あなたはがんばってはねつきでだいにいになりましたので、これをしょう、しょう、しょう?」
「ひょうします、や」
「うん、これを、ひょうします。はい!」
「ん、さんきゅな。ふたりで作ってくれたんか」
「うんっ」
「大事にするでな。景士もさんきゅな」
「んっ」
「じゃあ、次は・・・どっちが持ってくの?」
「ふたりでや!」
「そっか、じゃあ、はい、どうぞ」

景士に画用紙を持たせて、拓巳がその後ろからそっと歩いてくる。
小さい子はかばってやらな、ってことは分かっとるんやな。

「たっくんがよむから、けいじくんがわたしてな」
「んっ」
「だいいちい、ひよしわかしくん。あなたははねつきで、みごとだいいちいにかがやきましたので、これをひょ、ひょ、ひょうしますっ」
「はい」
「ありがとう。なんかほんとに嬉しいんだけど」
「このふたりに勝ったの初めてだもんねえ」
「羽根つきやけどな」
「なんでもいいです。勝てただけで」
「来年は負けねえ」
「来年もやるんだ?」
「やるみたい」
「きっとこれから毎日練習すると思うわね」
「俺もしよう」
「やだ〜、日吉くんたら〜」
「ね、本当にお昼にしようよ」
「あ、しようしよう!ねえ、これ全部、かなえが作ったの?」
「まさか。お母さんにも手伝ってもらったよ」
「それもそっか。でも、すっごい美味しそう」
「美味いよ」
「やだ〜、日吉くんたら〜」
「お前、さっきからそればっか言っとるで」
「あれ、そう?」
「ほら、たっくんも景ちゃんもこっちに座って」
「「は〜い」」
「由衣、お前はそっちでいいぜ。俺が景士を見るから」
「どうもありがと〜」
「先輩がお父さんっぽい〜」
「ぽいじゃなくて、お父さんだろ」
「日吉くんも来年は、そういうこと言うんだね〜」
「なんか実感ないけど」
「実感なんかなくたって、実物がやってくるから大丈夫よ」
「そうなんだ・・・」
「そうよ。大丈夫大丈夫。心配いらないって」

水月がそっと俺の顔を見る。
俺はそんな水月にそっと笑い返す。
そうや、大丈夫や。
きっとな、もっともっと楽しくなるだけやで。
そんな俺らを4人は、なんも知らん振りして見守ってくれとるんやろな。
ほんまにええ仲間やな。
ちょっとムカつく時もあるけどな。

「でもさあ、景士、『跡部景吾』なんてよく言えたよね?」
「練習したんだよね〜」
「うん、たくさんしたんやで!」
「そうなんだあ」
「でもね、『パパは跡部景吾』って教えたからだと思うんだけど、パパって言ってからじゃないと言えないの」
「あ、だからさっき、『パパ、跡部景吾』って言ったんだ」
「そうなの〜」
「正確に言うと、『ぱぱ、あちょべけご』だったよね」
「あはは、かなえちゃん、よく聞いてたね」
「うん、でもちゃんと分かったけど」
「でもさあ、今はこんななのに、いつかさあ、『うるせえんだよ』とか言うんだよ、きっと〜」
「おたくの場合、それは絶対に言うやろな」
「ね〜、絶対よね〜」
「じゃあ、ここんちなら、『若、それやって』とか言うんじゃねえの」
「先輩がすっごく面白いことを言った気がする」
「気やなくて、言っとったで」
「雪、降ってない?」
「うん、まだみたい」
「お前らな」
「あ、思い出した!」
「なんや、いきなり」
「ねえ、日吉くん。日吉くんは、わざと負けてたの?」
「ああそれか」
「わざと負ける、って何をだよ?」
「あ、あのね、羽根つき!だっていっつも負けてたでしょ?それで、いっつも顔中に墨を塗られちゃってさあ」
「あ〜、あれかあ。うん、まあ、わざとっていうか、なんていうか、まあ、ね」
「なんやちっとも答えになっとらんやないか」
「つまり若はわざと負けてた、ってこと?」
「え、あの、さ。墨を塗られるのは男の方がいいだろう、って、さ」
「ちょっとそれって失礼じゃない?」
「え、あの、」
「男も女もないでしょ。結構真剣にやってたのに」
「それはそうだけどさあ、」

なんか雲行きが怪しいんやけど。
かなえちゃん、日吉の男心を分かってやってくれんかな。

「そんなこと言ってるかなえだってさあ、私のこと、騙してたじゃん」
「え、なに、騙してたって、どういうこと?」
「いっつもさあ、『水月は公平だから審判ね』って言って、羽根つき、させてくれなかったじゃん。あれって、私がへたっぴだったからでしょ?」
「え、っと?」
「形成逆転ね〜」
「水月、お前、羽根つきも下手だったのかよ」
「ちょっとだけ」
「あれはちょっとじゃなかった、」
「なに、日吉くん」
「どのくらいちょっとやなかったん」
「羽子板って小さいから、まず羽根が当たらなくて、」
「そんなことないもん〜。ちょっとは当たったもん〜」
「それこそ、騙してでも審判にしとかなかったら、毎回墨だらけだったわよ。それでもよかったの?」
「う・・・あ、侑士、」
「ん?」
「私も今日から練習する」
「なにをや」
「羽根つきっ」
「どこでやるねん」
「え、っと・・・あ、先輩のおうち!先輩、一緒に練習しようね!」
「お前とやっても俺にはなんの意味もねえだろが」
「なんで」
「俺も一緒に行くから平気や」
「本当?一緒に練習してくれるの?」
「ん、ええよ」
「侑士、ありがとう〜」
「な〜んかお正月から変なものを見た気がする」
「気じゃない。見てる、確実に」
「いつになったらこういうの、やめるんですかね」
「やめねえだろ。バカなんだから」

ふん、言うてろ言うてろ。
でもな、知っとるんやで?
日吉がさりげな〜くやけど、ずうっとかなえちゃんのことを気遣っとんのも、跡部がこっちもさりげな〜く由衣ちゃんを休ませようとしとることも。
ぜ〜んぶ、お見通しやねん。
ふふん、参ったか。
でもな、こうとも言える。
そん中でも、俺の気持ちが一番やってな。
そりゃそうやろ。
俺ほど、自分の奥さんを愛しとる男はおらんでな。
な、そうやんな、水月?

「ね〜、これ、すっごく美味しい〜」
「お前な、」
「え、なあに?」
「はは、なんでもあらへんよ。いっぱい食べ」
「は〜い」


End.

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