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□君のいる日常 134
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「なんか今日はあっという間だ〜」
「そりゃそうやろ。いつもはひとりなんやから」
「うん、ホントにありがとね」
「俺も楽しかったからおあいこや」
「ホントに侑士も楽しかった?」
「弁当の箸が割れんとか、最後に食べようてとっといたおかずを落とすとか、熱いから気をつけろて言うとんのにコーヒーで舌をやけどするとか、そんなん見てたら一瞬も飽きんで」
「私は全然楽しくないことばっかだよ」
「俺が楽しいからええの。でも、箸は俺が割ったげたし、おかずは俺のエビフライをあげたんやし、コーヒーは・・・ん、帰ったら治したるでな」
「どうやって治すの?」
「決まっとる、チ、」
「言わなくていいよっ」
「つまらんの。あ、なんやったら、今ここで治したげよか」
「いい」
「つまらんの」
「家の方がいいもん」
「なんで?」
「いいのっ、なんでもっ」
「はいはい、なんでもええねんな。お、ほんまにもう着くで。下りる仕度しよ」
「は〜い」

まず、網棚の上からコートを取って、それを着せる。
それからマフラーを巻いてやって、帽子を被す。
な〜んか、周りのおっさんらの注目を浴びとるけど、そんなん知るか。
羨ましければ、自分の奥さんにやったれ。
そしたら多分、奥さんらもな、俺の奥さんの100分の1くらいは可愛くなると思うで?

「手袋は?」
「ここ、ポケットの中」
「ちゃんとしてき。外は寒いで」
「うん。でもこっちだけにしよ〜」

俺と一緒の時はいっつもな、左手だけはめるんや。
右手はせんの。
俺と手をつなぐんに、手袋越しでは嫌なんやて〜。
あはは〜、ええやろ〜。
こんなこと言われてみたいやろ〜。

「ほい、下りるで。足下、気をつけてな」
「うんっ。わあ〜、寒〜い」
「俺にくっついとれ」
「は〜い」

楽しい〜。
楽しいで〜。
皆さ〜ん、俺は幸せで〜す!

「ねえ、車はどこに置いてきたの?」
「今日は車はないねん」
「なんで?壊れちゃったとか?」
「いや、無事やで」
「じゃあ、なんで?」
「電車の方がこうやってくっついて帰れるやろ」
「こうやって・・・あ、うんっ、そうだね!くっついてられるね!」

大成功や〜。
ものすっごく嬉しそうな顔して俺にくっついとる〜。
勝った、絶対に勝ったて思うで、間違いない!

「結構、混んでるね」
「せやな。ちょうど仕事終わりの時間なんやろ」
「私達ってさ、そういうの、ホントに関係ない生活してるよね」
「ほんまやな。いつの間にかこうなってしもたもんな」
「うん。でも幸せなことだよね、それってさ」
「ああ、ほんまにな。普通はなかなかこんな風にはいかんよ」
「侑士のお陰だな」
「なに言うとんの水月がおるから頑張れとるんやで?」
「じゃあ、おあいこってことにしよう!」
「ん、そうしよな」
「侑士、今日はありがとね。すっごくびっくりしたけど、すっごく嬉しかったよ」
「俺はすっごく楽しかったで」
「うん。お弁当は美味しかったしね」
「それはお前限定の感想やろ」
「そうかなあ。侑士だって美味しかったでしょ?」
「もちろんな。美味かったは美味かったけど、俺はふたりで食っとればなんでも美味いねん」
「そっか、そうだよね〜。そうじゃなかったら、最初の頃の私の作ったのなんか食べられないよね〜」
「そんなことないて。まあ、確かにな。ちょっとだけおかしなこともあったけど、でもいつやって一生懸命作ってくれたやろ?気は心やで」
「それって褒めてるの?なんか微妙なんだけど」
「微妙に褒めてるねん」
「なによそれ〜、あんまし嬉しくないよ〜」
「じゃあ、これで許してな」
「わ、いい、いいっ。許す、許すからっ」

俺が電車の中でぐぐ〜っと顔を近づけたもんやから大慌てや。
あはは、可愛いなあ。
こんなん、前はしょっちゅうやっとったよなあ。
最近は車が多いからな。
車ん中ではさすがにこんなんは無理やから。
水月、乗っけて事故るなんて死んでもできんもん。

「ねえ、侑士」
「ん?」
「電車、混んでてよかったな」
「なにこそっと、ものすんごいこと言うとるねん」
「だってさ〜、混んでるからこうやってられるんじゃん」
「ま、そうやけど」

「こうやって」ってのはな、かなり混んどる電車の中で俺の腕ん中にすっぽりはまっとるて状況のことや。
俺としてはかなりわざとやけど、まあ混んどるせいと言えば言えんこともない、っちゅうことやね。
相変わらず小っこいなあ。
ほんまに腕ん中にすっぽり、やで。
まるで誂えたみたいに、ぴったりなんや。
きっと神様が誂えてくれたんや。
そうや。
きっとそうなんや。
水月は俺専用なんや。
そして俺は水月専用。
俺らは互いのために生まれてきたんや。

「侑士?なに考えてるの?」
「帰ったら教えたる」
「うん、約束だよ」
「ああ、約束な」

俺の腕の中で笑う水月。
勝つも負けるも、もうええかもしれん。
俺はお前のために、お前は俺のために。
それで十分やんな。


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