Belphegor

Diver
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電車がくるまであと約5分。
飲みかけのジュースをぽいっとゴミ箱に投げてホームに向かう。


学校帰りに一人っていうのは逆に目立つ気がする。
カップルや友達連れの団体さんが目立つのは、私の気にしすぎなだけだろうか。

別に私だって友達がいないわけでもない。だけど、結局は息が詰まって安らぎの場とかそういうものじゃなくて。
ひとりの方が、気を使ったりしなくて逆に安定していたり。


それでも完全に世間をシャットアウトして生きていけるわけがない。


昔から、何事にもタイミングがある気がしてならない。
だからほら、今ならぜんぜん怖くなくってむしろ今しかないくらいに感じて。



できる。





「なに、そっから飛び込むの?」


「っ!?」





なに、誰この人。





「間違いなくぐちゃぐちゃだぜ。せっかく可愛いのにもったいねー」

「別に、見てただけ」

「変わった趣味してんな」





初対面のくせに失礼な。てゆーかティアラ乗っけてるあんたの方がよっぽど変でしょ。





「てゆーか、なんで付いて来るんですか。あっちいけー」

「アヤが死ぬかもしんねーから」


「…は?なんで名前」


「学生手帳とか、真面目に持ってんのはいーけど気をつけろよ。これ初歩的なスリの手口」

「い、いつの間に…返して」

「証明写真より実物のが可愛いじゃん」

「返せ!!」





証明写真なんて致命的なもの勝手にみるとか…常識のない人きらい、こいつ嫌い。

まあいいや、どうせもう会わないんだし。





「あれ、帰んの。電車は?」

「歩いて帰る。じゃ、これで」





ふーんとつぶやくと彼はばいばいと手を振った。あ、と思いついたように、オレはベルなって自己紹介。
意味ないけど、もう会わないし。







ヘイ、ガールなんてここ日本では聞きなれない言葉に思わず振り返ってしまった私がバカだった。





「すっげー偶然、また会ったな。てか運命?」


「…」


「ムシかよ」

「すいません今から学校なんで、ベルくん構ってたら遅刻しちゃうんでそれじゃ」

「死のうとしてたのにガッコーとか行くんだ、えらいじゃん」





いーこいーこって頭を撫でられる。
勝手に触んなうっとうしい。


でも、なんか嫌じゃない。






「ベルくんは大人なのに仕事とか行かなくていいんですか?あ、もしかしてニート?」

「しし、うっぜーガキ。オレは出張でここまで来たの。イタリアからな」


「ベルくんイタリア人なんだ。道理でナンパが上手いわけだ」


「ナンパじゃねーし。あとイタリア人じゃねーし」

「じゃあどこ出身?個人的にはイギリスっぽい気がする」


「うーん…国籍は内緒ってことで」





すっと弧を描く唇に人差し指をそえて。前髪越しに見える意地悪く笑う瞳に、なぜか惹かれていった。



ナンパと手口変わんないのに、ただ話すだけで満足げな顔をするベルくんがなんというか、不思議に思えて。

クラスの男子しか見たことがないのもあって、大人の余裕とかそういう雰囲気に呑まれていった。
らしくもなくメアドとかほいほい教えちゃってあれ私こんなゆるかったっけ?





それから数日、毎朝こうしてベルくんと少し話してから登校するようになった。

学校では彼氏でもできた?なんてからかわれるくらい、悔しいけど楽しそうな顔をしちゃっているらしい。


恋とか、そういう感情なのか分からないけどベルくんと話すのが毎朝の楽しみになったのは事実。ほんと悔しいけど。

ベルくん面白いしカッコいいし大人っぽいしなんか無邪気で可愛いとこもあるし、しょうがないよね。


でも今日の朝はなんとなくベルくんがおとなしくって。
雰囲気で覚悟はできていた。





「オレ明日帰る」





ほら、仲良くなんかするんじゃなかった。
だって最初から分かってたんだもん、ベルくんは出張、イタリアからの、年上で、すぐにお別れだって。





「そう」

「なーんだ、泣いてくれるかと思ったのに」





ベルくんが笑う。
私は笑えない。





「もしアヤさえよかったらまた電話とかメールとか送るから。ちゃんと返せよ」

「めんどくさい」

「言うと思った」





じゃあな、元気で学校行けよっていつもみたいに見送られて、何も考えないように足だけ見つめて前に進む。


できなかったけど。





「、ベルくん!」

「あ?早く行けよ、遅刻するぜ」


「私、この前死のうとしてた、ベルくんと初めて会ったとき」


「うん知ってる」

「あの時が人生で一番の死に時だと思ったの、今しかないってくらいタイミングだったの。でも、ベルくんが止めてくれて、うざかったけど優しくて、それで…期待させんなばかあっ」





叫ぶみたいに一気に出したら涙が溢れちゃって、通勤ラッシュな時間帯のただでさえ人通りの多いこの道ではあまりにも目立ちすぎた。


そしたら初めて彼が焦った顔をして、こっち来いってぐいぐい腕を引っ張って人目に付かないところに連れて行かれた。





「なんだよお前、ほんとに泣くなよ」

「ベルくんが中途半端なことするから!もういい、ベルくんと会えなくなっちゃうなら死んでやる!」

「ばか言うな」





気が付いたらぎゅうっと抱きしめてくれていて、心音が心地いい。





「ベルくんと一緒にいると楽しかったけど、もう楽しくなくなっちゃうんだもん。やっぱり死んどけばよかった、なんで邪魔したの?」

「可愛い子が死のうとしてたから」

「嬉しくない」





はいはいって、なだめるように頭をぽんぽん撫でてくれる、こういう優しさは初めて見た。
誰かに頭撫でてもらうのなんて何年振りだろう。もう思い出せないくらい昔の話。





「逆になんで自殺なんか図ったんだよ」

「つまんないから、ただ80年もずるずる生きて歳をとるだけの人生なんてくそくらえよ。どうせ誰も私なんて見てないし、だからいっそもう死んじゃおうかなって。少しは世界も変わるかなって。」





今まで本音を話せるくらい気の置けない人なんていたっけ。
この私が人なんか頼っちゃってる。





「お前が死んだくらいで世界なんか動くわけねーじゃん。そんなに影響力あんの?むしろ害なくね」





痛いところをつかれた。まったくもってその通り。
私はただの女子高生で人前に出ることなんてすべて避けてきたし、今この空間にだって私のことを知っている人はベルくんとあたしだけ。

結局私は言い訳ばかりでこの世界から逃げて、楽を選んでるだけだった。





「でもさ。オレの世界にはお前が必要。じゃなければ死のうとしてるやつなんて止めなかった。ましてや赤の他人なんて」





泣きすぎたのと何故か頬が熱くなるのを感じてぽわぽわする頭。
出来そこないなりにぐるぐる考えた。





「それ本当?告白だって思ってもいい?」

「いいよ思って。オレくち下手だからそれでお願い」





どうしたらいい?私も好きだって伝えなくちゃ。
でもベルくんの両想いだなって言葉でかき消された。

あれベルくん知ってたの。なんだ、自分でも気づかなかったのにばれてるじゃん。





「で、まだ死ぬだなんてこと考えてんの?」

「う…えと…」

「一緒に来いよ」



ぶくぶく堕ちて息もできない



両の手を広げるあなたの胸に飛び込んだ。物語はこれから。



2012.05.16


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