Belphegor

breathe
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ベルくんが帰ってこなかった。


イケメンさんにはよくあること、どうせそこらで可愛い女の子でもひっかけて朝帰りでしょって。
思ってたのに。朝どころか昼にも夜にも、とうとう3日経った今日にも帰ってこなかった。



Sランクの任務に出かけたんだ、確か。
いつもみたいに寝ぼけてる私に憎まれ口たたいて、ムカつくくらいの無邪気な笑顔見せて。
嫌がる私の頭をくしゃっと撫でて。



それで、なんて言ってたっけ。
行ってきますとかなんかそんな感じの、いたって普通ないつも通りの。






考えたくないことが頭をよぎる。
信じたくない。だってこれじゃあまるで。



ああもうなんか、嫌だなあ。




安いドラマでそういうシーンでも泣かない演出がよくあって、恋人なら普通泣き崩れるだろーなんて思いながら見てたけど、やっと今分かった気がする。
ヒロインはそれで済ませたくなかったんだ。


だって泣いたりしたら、認めることになっちゃう。
ベルくんが死んだんだって。




息が詰まった。
一番触れたくなかったものに自ら踏み入れてしまった。






「べ、る…」






神さまは酷い。
涙どころか、大好きだった人の名前を呼ぶのも必死なくらいに、心臓を締め付ける。





スクが言った。
覚悟を決めろって。


いつも怒鳴ってばかりのくせに、凄く静かで。
ルッス姐とかもう動揺を隠してるのばればれで、いつも以上に世話焼いてくるし。



最初から分かりきっていたことと言われたらそれまでだ。


『一緒にくる?』だなんて言葉に任せてついてきたあの日から覚悟だってしていたはず。


なのに何処かで信じてたんだ。
何だかんだ強くて優しいベルくんはいつまでも私のことを守ってくれるんだって、証拠があるわけでもないのに理想ばかり追い続けて…



私は何を見ていたんだろう。




なんだっけこの感覚、しばらく感じてなかった無味無臭。


あ、死にたい。


ベルくんがいてくれたから、ちょっとはマシになれたのかもって思ってたけどなんか、もういいや。




この先どうしようとかそんなこと考えていたら、何だか外が騒がしい。
もうやだ、今は何も聞きたくない。


そうやって耳を塞いでも聞こえてしまうのが、よく通るルッス姐の声。
なんだか凄く呼ばれている気がするけど、今は何もしたくない。考えたくない。
ごめんなさい、放っておいてください。






「アヤちゃん!ちょっとアヤちゃん!」

「ってーな、触んなカマ!」






思わず立ち上がった。
壊れちゃうんじゃないかってくらいの勢いで自室のドアを思いっきり開く。






「んもう、昔っから口だけは達者なんだから!」

「うぜーうぜー」

「ベル、く…」

「あ…」






私の姿をとらえた瞬間足を止めた。
ルッス姐がほらほらってベルくんを私の部屋に押し込む。


仲よくやりなさいよって手を振って去っていった。






「ベルくんだ…」

「…よお」






ベルだ、ベルくんだ。
なんだか珍しく傷だらけの。






「どうしたのそれ、怪我」

「…別に、油断した」

「すぐ治るの」

「わりと」






ふーんて、とりあえず返事を返して、返しながら頭の中を整理する。
よかった。ベルくん生きてた。ぼろぼろだけど。

って、そうじゃなくて。
近くにあったクッションで殴りかかる。






「もう、もう!」

「いってー」

「ベルくんのあほ!ばか!どれだけ心配したと思ってるの!?ケータイ出てくれないし全然帰って来ないし、もしかしたらベルくん死んじゃ、ったんじゃないかって…ベルくんなんて大嫌い!」

「ごめん」

「嫌いだもん、!」

「ごめん」

「っ…もう、死んじゃえ、ベルくんなんか…」

「でもオレが死んだらそれ拭えないし」






彼の優しい手が瞼をなぞる。


もうさ、そういうとこずるいんだよ、好きな人にこんな優しくしてもらって堕ちない人なんていない。
無駄に慣れてるしやっぱり他に女の子いるんじゃないかって不安にさせられて。






「ベルくんが、悪いの」

「うん」

「いつも中途半端なことするから」

「うん」


「浮気、するし」


「してないよ」

「してるもん」

「誰と」

「知らない、けど…でもメイドさん部屋に入れてた」

「あー…」


「ベルくんなんか知らない」


「違うってほんと、アヤがいんのに浮気とかありえねーだろ」

「最近朝帰りも多かった」

「そうだけど、浮気なんかしてねーよ。信じろって」


「…じゃあ証拠は?証拠がなかったらベルくん訴える」


「訴えるとか、ガキかよ」






ベルくんは呆れたような顔をして笑った。
けど、二粒目がこぼれた瞬間、ちゃんと向き合ってくれた。






「ったく、泣くなよ。オレが悪いみてーじゃん」

「そうだも、ん」

「…しょうがねーな」






軽くため息をついてポケットから何かを取り出した。






「ん、これ。顔あげろよ」

「ぐすっ…いらない」

「あげろって、もしくは手出せ」

「んん」






駄々をこねたら無理やり手を引っ張られて。


その薬指には私の指なんかには不釣り合いなくらいの指輪がはめられていた。






「…ベルくん、これ」

「ほんとは誕生日に渡そうと思ってたんだけど」

「ゆ、指輪」

「浮気とかするわけねーじゃん、寝んの削って用意したんだけど。あ、いらないとか言うなよ。材料費にデザイン費に、高くつくぜ」

「え、えっ」

「あげく寝不足でこのざま。責任とれよな…って、泣くなよ」






違うよベルくん、泣いてないよ。
とにかく恥ずかしくって情けなくって申し訳なくって。

でも嬉しい。


あーもう、消えてしまいたい。






「ベルくんごめんなさい」

「いいよ、もう。分かってくれたんならそれでいいよ」


「おかえり、なさい」

「ただいま」


「それと、だ、大好き…です」

「ん、知ってる」

「まじめに言ってるんだけど!」

「はいはい。てゆーか内側見てみろよ、指輪の」



stay with me



「すて、うぃず…"オレについて来い"?」
「あーそれもありだな」
「んー?…あれ!?ももも、もしかしてベルくんこの指輪!」


"そばにいてください"なんて。



2012.08.20


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