ぽかぽかと暖かい春先。眠くなりそうな平和な空の下、万事屋ではお馴染みの3人がそれぞれ好きな時間を過ごしていた。
ピンポーン...
「誰か来たヨ。行け、雑用」
「新聞だったら、うち全社取ってますから〜って言えよ、雑用」
「はいはい、雑用行きまーす」
いつもの雑用扱いをヒラリとかわし、ドアへ向かおうと席を立つ新八。
「おい、いるんなら早く出ろよな。この腐れ天パ」
「「「……」」」
しかし、今ドアの前にいる筈の訪問者は、足音ひとつ立てず既に万事屋に上がり込んでいた。
「いやいやオメェ、今の早さじゃあ24時間体制でドアの前に立っとかない限り誰も出れねぇから。銀サンん家コンビニになっちゃうから」
「こんにちは、名無しさんさん。今日はどうしたんですか?」
「名無しさんなんか手に持ってるネ!その紙袋何か?!」
訪問者とは、銀時の古くからの友人名無しさん。
綺麗な顔立ちとは裏腹に、攘夷時代の影響かなんとも男勝りな喋り方をする。しかし、万事屋一行もそんな彼女の突然な訪問に慣れているのか、各々の反応を示した。
「これか?私が居候していると言った和菓子屋の女将がくれたんだ。皆で食べようと思って持ってきた」
「うおおっまじでかッ!神様仏様名無しさん様ぁ──!!」
「さっすが姉さん!!一生ついて行くアル!」
そう言って早速飛び付く銀時と神楽。律義にもお茶を煎れに行った新八も、「僕の分もとっといて下さいよ―?!」と叫ぶ。
そんな和やかな空気に触れ、名無しさんは思わずクスッと綺麗な笑いを浮かべた。神楽と和菓子争奪戦を繰り広げていた銀時はふと、その女神の様な笑顔を見てしまい…みるみるうちに頬が紅潮していくのを感じ、慌てて菓子に集中し、ごまかした。銀時のその様子に気が付いたのは、お茶を運ぶ途中に銀時とぶつかりそうになった新八のみ。
激しい嵐の後、和菓子は一瞬で消えた。菓子が無くなった後もしばらくは世間話を楽しむ面々。が、神楽の定春との散歩に行くと言って出掛けたのを機に、新八も気を遣い「タイムセールスがあるんですよ」と出て行った。残されたのは呑気に茶をすする名無しさんと、気が気でない銀時。
(と、とりあえずなんか話題話題…)
「あ、そう言えばオメェん所の菓子屋、茶店始めたろ?最近どぉよ」
「上々だ。少なくとも銀の万事屋よりは、な」
悪戯な笑みで唇を動かす名無しさん。
無理矢理切り出した話題だったが、予想外に名無しさんの艶やかさに見惚れる。攘夷時代、彼女をそんな眼で見たことはなかったが…。10年という月日の中、再会した時の驚きと胸の高鳴りは、現在も衰えることを知らない。
「っけ。可愛いげのねぇ…それじゃあ一生男が出来ませんよ〜?」
「いや…実は先日、ある殿方から誘いを受けた」
「ぶっ!」
銀時、1000のダメージ。
「ま、まじでか…物好きな野郎だなぁオイ」
「ははは、なんとでも言え負け犬が。今度その方の豪邸で食事をと招かれている」
どうだ羨ましいだろう?と勝ち誇った名無しさんの顔を恨めしく見つめる銀時。
が、間もなく名無しさんは眉を下げた。
「本当は…行きたくないんだ」
銀時、800の回復。
「なんだよ。折角のありがてぇ話じゃねーか」
「別に……私は、こういう万事屋の様な場所で、好きな奴とのんびり過ごせればそれだけで幸せなんだ。だが、女将の所に何時までも厄介になるのも心苦しいし」
はかなげに苦笑を漏らす名無しさん。
銀時は腰をあげ彼女の真横に移動し、彼女の頭にぽんと手を置いた。
「じゃあ、此処に住んじゃえば?」
「え?」
「こういう所がいいんだろ?此処なら誰にも気ぃ遣わせねぇし、新八も神楽もおめぇの事気に入ってるし」
そう言って銀時は笑うと、ポカンとしている名無しさんの頬に優しく唇を押し当てた。
「名無しさんは俺の惚れてる女だから特別に家賃はタダ。どう?」
意味を理解した名無しさんの顔が、たちまち湯立つ。それでもゆっくり、そしてしっかりと頷いた。
それは、ある、夏の様な春の日
(…アツいあるな)(これから毎日アツくなりそうだね)
(061215)