ショート小説集

□世界一の食事
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 当時は、どうせ九枚外れていたのだから残りの一枚も当たっているわけがないと思い探しもしなかった。なのに今頃になって発見されたのである。一枚だけズボンの中に入り込んでいたとは、謎以外の何ものでもない。
「さて、と」俺は煙草を灰皿で揉み消し、ベランダへ視線を移した。
 妻が、洗濯物を干していた。パート勤務のパン屋で使う作業着の皺を伸ばしている。
 宝クジが当たったのを報告したら、どんな反応を示すのだろう。驚くかな、それとも……。俺は手に持った宝クジとベランダを交互に見やりながら、ふとそんなことを考えた。
 そしてこれまたふと、あることを思い付いた。その思い付きはだんだんと膨れあがり、ついには俺の頭の中を支配した。実に馬鹿げたことである。
 しかし、言うだけいってみよう。俺はベランダに向かって声をかけた。「おおい、ちょっとこっちへ来てくれ」
「はあい」と間延びした返事をし、妻は小走りにやってきた。「なにか、用なの」
「うん。実はな」俺は上目使いに妻の顔をちらちら見ながら言う。「宝クジが、当たった」
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