超短編小説集

□やってきたもの
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「ちょっと、待ってくだされ」老人は慌てて、顔を近づけながら言ってくる。
 しかし、待つわけがないのである。俺はそんなお人好しじゃない。そのまま腕を引いていく。
「あれっ」あともう少しといったところでドアが動かなくなった。下を見ると、老人の爪先が挟まっている。ぜったいに、ワザとである。「じいさん、足をどけてくれないかなぁ」
「嫌じゃ」老人はキッパリと撥ね付けた。「なにがあっても引き下がれん。そんなことしたら、日本男児の恥じゃ」
「わけの分からないことを言わないでくれよ」俺は渋面を作って見せた。老人への当て付けである。「押し売りなんかする方が、よっぽど恥じゃないか」
 ノブを掴んだまましゃがみ込み、老人の爪先に手をやった。えいっ、と押してみる。
 ビクともしない。枯れ木のような体のどこにそんな力があるのだろう。
 見上げると老人は仁王立ちしていた。
「年寄りだと思って舐めたらいかんぞ」高笑いする。「わははははっ」
 俺はちっと舌打ちした。いっしゅんこの老人をぶん殴ってやろうかとも思ったが、さすがにそこまでは出来ない。いくら押し売りとはいえ、殴ってしまえば傷害罪だ。捕まってしまう。
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